第151話 護衛役は部屋まで一緒

 「改めまして......ようこそお越しくださいましたッ! どうぞごゆっくりとお過ごしくださいッ!」

 「だ、だからお声が大きいですって! 父様!」

 「「「......。」」」


 本当に声でかいなこの人。これからこの声量で話し込むとなると先が思いやられる。


 現在、僕らはマーギンス邸の応接間に居た。


 クリファさんとロティアさんは同じソファーに座り、対面するかたちで皇女さんは座っている。


 僕とバートさんは彼女の後ろに控えていて、オリバーさんは先に屋敷の案内をここの使用人から受けているため、この場には居ない。


 ちゃんとした護衛騎士だからだろう。屋敷だけではなく、領内のことを少しでも教えてもらって、護衛に役立てるのが彼の仕事だ。


 僕? 僕は皇女さんが離してくれないから、そんなことをする必要はない。


 でへへ。僕に甘えているのかな? もしくは闇組織に常に狙われているという危機感からかな?


 ......後者なんだろうなぁ、きっと。


 「いやぁ! パーティーに参加できずに申し訳ない! 申し訳ないッ!!」

 「父様......」

 「「「「......。」」」」


 再度、大きな声で謝罪の言葉を放ってきたクリファさんに苦笑してしまう皇女さん御一行である。


 一人娘であるロティアさんも半ば諦めと申し訳無さで顔を歪ませていた。


 クリファさんは一際真剣な面持ちになって続けた。


 「話は既に聞いております。私があの場に居たら防戦一方にはならなかったと思われます。殿下を危険な目に遭わせてしまい......誠に申し訳ありません」


 頭を深々と下げる様は、やはり元は騎士だったからか、誠実さが伝わってくるものであった。隣に居るロティアさんも倣って頭を下げた。


 クリファさんが来れなかったのは、タイミングが悪かったからだ。


 ちょうど領内に強力なモンスターが発生したとからしく、その討伐に向けて指揮を取っていたらしい。


 今は事態はかなり落ち着いたみたいだが、領主が直々に指揮を取るのは素直に関心する。 


 そんな謝罪を受けた皇女さんも真剣な態度を取って答えた。


 「面を上げなさい、クリファ卿。あなたが謝る必要はございません」

 「しかし......」


 「元々、闇組織の連中が私を狙って行動したのです。ご息女のロティアさんが無事だったとは言え、巻き込んでしまったこちらが謝るべきです」

 「い、いえ! そんなことは決して! ああ! 頭を下げないでくださいッ!!」


 相手の誠意に応える。皇女さんは本当に誰に対しても相応の態度ができてすごいなぁ。


 皇女さんは下げた頭を上げ、顔の向きを変えずに僕を見やった。


 「それに......私には頼れる護衛がおりますので、ご心配は無用です」


 少し頬を赤く染めながらそんなことを言うもんだから、言われたこっちが勘違いしちゃいそうだ。


 僕に惚れちゃったのではなかろうか。


 そんな自惚れが僕の心臓をドキドキと跳ね上がらせる。


 『おい。なにデレッとしてんだ。こんなガキのどこがいいんだよ。あ?』

 『童貞は必死なんですよ。一種の解けない“状態異常”なんですから大目に見ましょう(笑)』

 「......。」


 はぁ。うるさいのが居なければなぁ。


 これが魔族姉妹の存在に助けられているから、強く言えないんだよね。


 寄生されているのは僕なのに、いつの間にか魔族姉妹に依存しているんだ。たまげたなぁ。


 「ほう。それは頼もしい限りですな......冒険者か?」


 するとクリファさんが目を細めながら、僕にそう聞いてきた。


 「はい。いつかSランクになる予定のDランク冒険者です」

 「ぶはははは! Sランクを目指すか! それは強くあらねばならなんな!!」


 僕の返答に、豪快に笑い出したクリファさんは、バンバンと自身の膝の上を叩いていた。


 なんか全然貴族に見えないな......。


 一応、初代マーギンス領主の次代がクリファさんと聞いているけど、礼儀作法とか気にしなさそうな感じだ。


 僕はもちろんだけど、皇女さんも気にしていなさそうだから別にいいか。


 バートさんだけは若干嫌そうな顔してるけど(笑)。


 ちなみに初代領主は七年前に他界したとのこと。詳しくは聞いてないけど、殉職らしい。


 「それでクリファ卿、レベッカのことで頼みたいことがありまして......」

 「ええ、わかっておりますとも。既に私の方で何名か腕利きの者に依頼を出しました」

 「助かります」


 皇女さんはぺこりと軽く頭を下げてお礼を言った。


 レベッカさんIN氷の棺は客室のベッドに運んである。<討神鞭>も一緒だ。


 僕が“転写”の【固有錬成】を使えない以上、レベッカさんにかかった状態異常を治すには他者の力を借りなければならないんだ。


 本当、僕は力不足だよ......。


 「長旅で疲れたことでしょう。今のところはこれくらいに止め、また後ほど今後のことについて話しましょうぞ」

 「お気遣い痛み入ります」

 「わ、私がお部屋までご案内いたします!」


 気遣ってくれたクリファさんに従い、僕らはしばしの休息を取ることにした。


 しばらく借りることになる部屋は客人用のもので、ご令嬢自ら案内してくれた。


 その後、護衛の僕と女執事であるバートさんまで部屋を与えてくれたのだが、皇女さんは僕の部屋に関しては必要ないと言い出した。


 なんでも、いくら信頼のおけるマーギンス領主が住む屋敷だからって、護衛を自分から離したくないのだとか。


 命を狙われているから怖いのはわかるけど、ここの領主に対して少し失礼な気もするのは僕だけだろうか。


 まぁ、僕は全然いいけど。


 ちなみにバートさんはいつも通り皇女さんの世話をすることだけを任されているので、僕のように朝から晩までずっと一緒にいるわけではない。


 むしろこの屋敷の一時的な使用人として働く方向で話が進んだ。


 人手不足というわけじゃないけど、皇女さんがここの仕事を手伝いなさいと命令したので、バートさんは渋々これに応じる他ない。


 また護衛騎士のオリバーさんは帝国王城から出発して今の今まで休むこと無く気を張っていたからか、色々と限界だったらしく、今日のところはゆっくりと休むことになった。


 ニコラウスさんが聞いたら、怠けるなと怒られそうな体たらくだ。


 まぁ、元々護衛騎士が三人しか居なかったことに加えて、パーティー会場外では人造魔族と戦っていたみたいだし、そりゃあ疲れるか。


 食事、入浴等を済ませ、今は少し早めの就寝時となった。


 「それでは殿下。おやすみなさいませ」

 「ん」


 女執事のバートさんは部屋の扉の前でそう口にした後、僕をキッと睨んでからこの場を後にした。


 ......なんで僕を睨んだんだろ。


 もしかして皇女さんに群がるハイエナに思われたのだろうか。


 皇女さんはベッドへ倒れ込むようにして寝っ転がった後、枕に顔を埋めながら僕に言った。


 「い、言っておくけど、二人きりだからって襲わないでよね」

 「......。」


 僕は彼女らからどんな存在に思われているのだろうか。思わず問い質したくなってしまう。


 僕が童貞だと伝えれば安心してくれるだろうか。それとも余計に不安にさせてしまうだろうか。


 ちなみに今晩は姉者さんが【探知魔法】を常時発動させておくらしいから、誰か近づいてきたら知らせてくれるので、僕も安心して眠れる。


 と言っても、皇女さんとは違って僕はソファーで寝るから、熟睡できそうにないけど。


 「......ねぇ、マイケル」


 すると既に眠っていたと思った皇女さんから名前を呼ばれてしまった。


 「どうかしました?」

 「マイケルは......裏切らないわよね?」


 何を聞かれるかと思ったら、またそんなことを......。


 『んだぁ? このガキは何をそんなに怖がってんだ?』

 『さぁ? 皇族だからか、そういう人間関係に神経を使っているんじゃないですか?』


 『こんなこと聞いたって意味ねぇーだろ』

 『ええ。所詮は口約束きやすめですよ』


 魔族姉妹が反応して、無意味な質問に悪態を吐いていた。


 たしかに無意味だ。


 僕が味方にしろ敵にしろ、結局答えは決まって“裏切らない”に尽きるのだから。


 むしろ質問した内容の本質について答えるべきだろう。


 「はぁ」

 「ちょ、ちょっと。なんで溜息を吐くのよ」


 面倒だな、と思いつつも僕は言った。


 「殿下が僕にそんなことを確認するってことは、全然わかってないんですよね」

 「......何をかしら?」


 僕は彼女が信用してくれることを願って、必要なことを一つずつ話すようにした。


 「まず僕は闇組織の敵です。あっちも僕のことをそう認識しています」

 「そ、そうね」


 「で、帝国の貴族間の関係は一切ありません。元々王都で冒険者してましたから」

 「うん」


 「またズルムケ王国から来たと言いましたが、別に王国の味方でもありません。戦争が起きたら関わらないで逃げる一択ですね」

 「......それって戦争が起きたら、私を見捨てるってことよね」


 「いや、殿下を逃がすくらいは手伝いますよ」

 「そう......なら私が逃げたくないって言ったら?」


 「置いてきます」

 「......。」


 「言っておきますが、僕が守りたいと思っているのはあなたの命です。皇女としての矜持や愛国心を支えるために、力を貸すことはできませんよ」

 「すごく......あなたらしい答えだと思うわ」


 「そうですか? まぁ、ですから、裏切る裏切らないは殿下の捉え方ですね」

 「ありがと」


 皇女さんは最後にそう言い残して眠りについた。


 僕の返答に納得が言ったのか、質問したときの不安そうな声とは違って、やや明るい感じだったので、僕はこれで良かったんだなと思ってしまう。


 なんというか、やけに人間関係を気にするお姫様だなぁと思いながら、僕も眠るのであった。

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