第150話 マーギンス領

 「ここがマーギンス辺境伯の......立派なお屋敷ね!」

 「ひゃい! ありがとうございましゅ!」


 現在、僕らは帝国西部領フォールナムに隣接するマーギンス領地に訪れ、その地を統べるマーギンス辺境伯の屋敷の門前に居る。


 まだ馬車から下りていなくて、この場には僕と皇女さん、女執事のバートさんにロティアさんの四名が居る。


 御者はロティアさんの家の者が担っていて、外套を羽織っているオリバーさんも馬を並走させていた。


 ニコラウス隊長とケビンさんは先にボロン城へ向かい、タイミングを見計らって皇帝に今の皇女さんの状況を伝えるそうだ。


 なぜタイミングを見計らうのかというと、単純にどこに闇組織の息が掛かった者が居るかわからないからだ。


 皇女さんがマーギンス辺境伯に匿ってもらっていることを少しでも長く隠していたいしね。


 で、そのタイミングとやらの基準はオーディーさんが遠征から帰ってくる頃合いを狙ってである。


 無論、フォールナム邸を出発する前に、他の貴族に皇女さんがマーギンス領へ向かうことは伝えていない。


 だからお忍びの意も込めて、人数を絞ってこの地へとやってきた。


 「それにしてもマーギンス領に来るのは初めてね」

 「は、はい。何もない農村地ですので、来ない方がよろしいかと」

 「そ、そう」


 皇女さんは遠くにある屋敷を目にして立派とか褒めてたけど、今僕らが居る位置は屋敷からうんと離れたところの門前だ。


 門番っぽい人が門を開けてくれたけど、屋敷の玄関まで二百メートル以上はあるんじゃなかろうか。マジで広い敷地である。


 このまま乗ってきた馬車で向かうからマシだけどさ。


 「クリファ卿とお話するのは、これで二回目かしら?」

 「ふぁい! 父様も喜んでおりました!」

 「緊張しすぎよ......」


 ここに来るまでの四日間、ロティアさんはずっとこんな感じだ。皇女さんと話す度に緊張しまくっている。


 皇女さんも彼女の緊張を和らげるために、やや砕けた口調で話しかけているのだが、あまり効果は見れない。


 パーティーのときはこんな子じゃなかったんだけどな。


 おそらくあの襲撃で逃げずに留まった皇女さんに憧れてしまったんだろう。僕も関心しちゃったし、気持ちはわからないでもない。


 で、なぜマーギンス邸に来たのかというと、皇女さんに来てもらうようお願いしてきたこのご令嬢が、マーギンス辺境伯領主のご息女だったからだ。


 僕らがフォールナム邸を出発したのは四日前のこと。


 当初、誘われた時は耳を疑われたが、他に行く宛も無かったし、なによりマーギンス辺境伯は皇女さんの話を聞く限り、最も信頼のおける貴族の一つだからだそうだ。


 なんでも、このマーギンス領地は帝国内で最もモンスターの襲撃数が多い場所らしくて、それを数年間に渡ってこの領内で退いているのが、マーギンス辺境伯とのこと。


 要はモンスターの討伐数で辺境伯まで上り詰めたんだ。


 んで、別に他の貴族との縁も薄い。


 当たり前といえば当たり前かな。こう言っちゃなんだけど、他の貴族からしたら仲良くしても見返りが少ないもん。


 というのも、元々この地はだだっ広い農地だけが取り柄らしく、モンスターの襲撃があっても特に対策をしなかったみたい。


 それがいけなかったのか、昔はそれが悪化してモンスターが住み着いてしまい、手に負えなくなったらしい。


 が、当時、名高い騎士が大規模なモンスター狩りをして領地を取り戻し、そのまま領地経営も任されて今に至るのだとか。


 言うまでもなく、その騎士がここの領主である。


 「やっと着きましたね、殿下」

 「長かったわね」

 「の、乗り心地の悪い馬車で申し訳ありません」


 皇女さんが座り続けて固まってしまった自身の身体を解しながらそんなことを呟くと、ロティアさんが申し訳無さそうにそう言った。


 一応、フォールナム邸に居た貴族たちには黙って発ったからね。


 少しでもバレる可能性を消すために、こうしてマーギンス家の馬車に乗ることになった次第である。


 ちなみにレベッカさんを閉じ込めているあの氷の棺は布を巻いて馬車の上部に括り付けてある。


 すごく目立ったけど、一応ここへ到着するまで問題は起きなかった。


 やがて立派な屋敷の入り口前に到着した僕らは、そこで待っていた人物とご対面した。


 「殿下! お久しぶりでございますッ!!」

 「ご、ごきげんよう。クリファ卿」


 クリファ卿と呼ばれる巨漢はこの地の領主だ。彼の傍らには数名の使用人がこちらに向けて頭を下げていた。


 クリファさんは、ロティアさんと同じく紫がかった青色の髪の持ち主で、ちゃんと貴族らしい格好をしている。


 が、言葉遣いと言うか、第一印象からしても貴族には見えないオーラが滲み出ていた。


 皇女さんは別にそんなこと気にした様子はないけど、それでもあんなバカでかい声で挨拶されては引き攣った笑みを浮かべてしまう。


 「ちょ、ちょっと父様! 声が大きいですわ!」

 「あ! 申し訳ございません! つい、いつものくせで! はははは!」

 「「「「......。」」」」


 そうか、この声量が平常なのか......。


 その後、僕らは屋敷の中にお邪魔し、応接間へ案内された。

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