第149話 ご令嬢のお誘い

 「ああもう駄目だぁ!!」

 『だぁ!』

 『だー』


 現在、僕はフォールナム邸にある医務室にて、そんな投げやりな言葉を口にしていた。


 【幻想武具リュー・アーマー】の<討神鞭>から貰った核のせいである。


 自分あるいは他者を対象に、“状態を転写”する能力を実験しているのだけど、全然上手くいかずに困り果てていた。


 試すこと三時間は経っただろうか。もうほんっと思いつく限りのことは色々と試したんだ。


 「もうこれ教会に行くとか、他の人に任せた方がよくありません?」

 『いや、今から戻っても間に合うかわからねぇ。自分で言うのも何だが、俺様の加減抜きの猛毒はいつ死んでもおかしくねぇんだ』


 さいですか......。


 さすがにレベッカさんをこのまま見殺しにしたくはないから頑張るけど、やっぱり発動条件のヒントも無しじゃ難しいなぁ。


 現状、僕が使える【固有錬成】はトノサマゴブリンから奪った【力点昇華】だけだ。


 一番最初に奪った【固有錬成】だから、もしかしたら時間経過で使えるようになるのも、僕にとっての発動条件の一つなのかもしれもない。


 『仕方ありません。奥の手を使いますか』

 「え、あるの?」

 『どうした? 坊主』


 姉者さんの一言に、僕は思わず反応してしまって声を出してしまう。


 僕のそんな言葉に、<討神鞭>が何かあったのかと聞いてきた。


 <討神鞭>には魔族姉妹の存在は内緒にしてるから、できるだけ怪しまれないよう、彼女らとの会話を避けてきたのだが、うっかり声を出してしまったのが悔やまれる。


 「な、なんでもないです」

 『奥の手って、冷凍保存か?』

 『はい。と言っても、いつもの“攻撃”用とは別に、完全に“保存”用ですが』


 え、なにその今の状況に打って付けの魔法。


 二人の会話を聞くと、どうやらその魔法は【冷血魔法】の一種で、主に対象の状態をそのまま冷凍して氷の中に閉じ込めるものだとか。


 攻撃用との区別は一言で言ってしまえば、殺すための凍らせ方か、状態維持のための凍らせ方かで違うらしい。


 ではどのようにして状態を維持し続けているのか。それが保存用たらしめる、魔力による一時保持能力だ。


 レベッカさんが今こうして猛毒に侵されている状態でも生きていられるのは、彼女が持てる魔力を全て無意識に生命活動維持に降り注いでいるからだ。


 その役割を姉者さんが言う冷凍保存の魔法で肩代わりし、猛毒の進行を鈍らせて状態の保持を可能とさせるらしい。


 アレか、ドラ◯ンボールに出てくるメディ◯ルマシーン的な役割か。尤も、その中に閉じ込めたからといって回復するわけじゃないけど。


 僕はさっそくその提案を<討神鞭>に提案してみた。


 『そういえばそんな魔法もあったな。......大丈夫か? それ』

 「お、おそらく。いまのところ、“転写”の【固有錬成】が使えないので、問題は先送りになりますが、今はその方法が適切かと」


 しばし沈黙を貫いた<討神鞭>は溜息を吐いた後、僕がその魔法を使うことに許可を出した。


 『元々このままじゃ危ねぇのは変わりねぇんだ。頼んだぞ!』

 「わかりました」


 なんというか、こう主人のためを思って葛藤している様を見ると、本当にレベッカさんのことを大切に思っているんだな、と関心してしまう。


 僕は同じく左腕の支配権を有する姉者さんに任せた。


 僕の左手はレベッカさんの胸の中心の方へと伸び、魔法を唱える。


 『【冷血魔法:氷刻之棺】』


 魔法発動後、手のひらから生成された薄浅葱色の魔法陣がゆっくりと回転しながら冷気を放ち、ものの数十秒でレベッカさんの身体を氷の中に閉じ込めた。


 いつもの歪な氷漬けにした形ではない。名前からわかるように、まるで棺の中に彼女を閉じ込めたような造形だった。


 透き通った氷でできた棺の中、レベッカさんを冷凍保存することに成功した模様。


 彼女の容姿も手伝ってか、一つの芸術品を完成させた気分だ。


 病衣でなく裸体のまま冷凍保存すれば、毎日のオカズに成りえたに違いない。ぐへへ。


 「ふぅ。これで大丈夫そうです」

 『レベッカ、早くお前を治してやっからな! 待ってろよ!』


 <討神鞭>は涙を流しているわけじゃないけど、まるで号泣しながら言ったかのように上ずった声で、そんなことを氷の中で眠る主人に告げた。


 さて、問題を先送りしただけだし、早いとこレベッカさんを完治させないとな。


 なんたって彼女がこうして眠っている間は、僕しか護衛がいないわけだし。


 いや、護衛騎士は居るよ。でも<屍龍ドラゴンゾンビ>戦で手も足も出なかったところを目撃した僕からしたら、悪いけど、とてもじゃないが頼れる存在とは言えない。


 それほどまでに、レベッカさんという存在は大きかったんだ。


 僕はそんなことを思いながら、少し前にこの場から離れてもらった皇女さんたちの下へ向かうのであった。



*****



 「こ、これは......話では聞いてたけど、なんか不安になるわね」

 「ま、まぁ、だぶん大丈夫ですよ、きっと」

 「そこは断言しておきなさいよ......」


 皇女さん一行を医務室へ呼び戻した僕は、皇女さんの不安そうな様子を目にして、嫌な汗を額に滲ませていた。


 こうするしかなかったんだ。力不足で申し訳ないよ。


 皇女さんはレベッカさんを収めた氷の棺に触れながら、なんとも言えない表情で彼女を見つめていた。


 「でも困ったわね......レベッカという主力が居ない今、敵が襲ってきたら大変だわ」

 「そうですね......」


 レベッカさんが活動できない現状に加え、オーディーさん不在の今が本当に危うい。


 一人の護衛役として彼女の安心を確約したいところだが、如何せん、<4th>との戦闘で苦戦した僕が言える言葉には力不足しか感じない。


 最後は善戦してたけど、それでも次また狙われたら皇女さんを護り切れるかも怪しい。


 まずはなんとしてでも皇女さんを安全なところ......特に<4th>の能力が及ばないところに避難させたいな。


 となると帝国ボロン城は怪しいか......。どこに闇組織の連中が潜んでるかわからないし。


 かと言って、どこかに隠れているのもなぁ。


 皇女さんは王国との戦争を阻止するって言って聞かないから、大人しくしてくれないのは確かだ。


 一番いいのはオーディーさんが魔物の軍勢を撃退して、すぐに戻ってきてくれることだよね。


 「ろ、ロトル殿下はいらっしゃいますか?」


 するとコンコンとこの部屋の扉をノックする音が聞こえた後に、少女の声が部屋の外から聞こえてきた。


 僕は警戒するが、姉者さんから魔力探知で特に強敵というほどの者ではない、と知らせを受けたので、敵であったとしても対応できる気がした。


 そんなことを知らない護衛の騎士が、腰に携えている剣に手を掛けながら扉の方へ近づいていく。


 またこの場で最も優先すべきである護衛対象の皇女さんは、いつの間にか僕の背へと隠れるようにして移動していた。


 は、早いな。


 見れば、近くに控えていたバートが、真っ先に僕の方へ向かった皇女さんを見てショックを受けていたことに気づく。


 まるで私の可愛い妹が自分ではなく、赤の他人を頼ったことに衝撃を受けているみたいだ。


 その、すみません......。


 「失礼いたします。ロトル殿下」

 「ろ、ロティアさん?」


 護衛騎士のケビンさんが扉を開けると、中に入ってきたのはロティアと呼ばれる少女だった。


 皇女さんは僕の後ろから隣へと移った。


 ご令嬢というに相応しい格好だが、先の闇組織による奇襲に巻き込まれたからか、薄汚れている感じだ。まだ着替えてすらいないのだろう。


 ロティアというご令嬢は、少し紫がかった青色の髪を肩の位置まで伸ばしている。皇女さんよりやや年下で、クリっとした紫色の瞳が愛らしい子だ。


 パッと見、大人しそうという印象を抱く。


 というかこの子、パーティーの際に皇女さんに毒料理を勧めてきた子じゃないか。


 尤も、本人は毒料理が毒料理と知らなかった被害者みたいだが。


 皇女さん含め、そんな子がこの場にやってくることが珍しかったため、皆して疑いの眼差しをご令嬢に向けた。


 「要件は何かしら?」

 「そ、その、先程はありがとうございました」


 「あ、ああ、解毒のことね」

 「は、はい!」


 どうやら律儀にもお礼を言いに来たらしい。


 皇女さんの言う解毒とは、言うまでもなくパーティー会場で振る舞われた毒料理の解毒についてである。


 オカシクナリ草という毒草が混入した毒料理を食べた貴族たちは、モドリ草という毒草を摂取させて解毒させたのだ。


 幸いにもモドリ草はこのフォールナム邸にあったので良かった。


 ちなみにモドリ草は毒草で、いくら事情を聞かされたからと言って、いきなり摂取しろと言われたら、貴族連中から文句が来ると思ったが、そんなことは全く無かった。


 というのも、あの場に居た全員が皇女さん(護衛役の僕とレベッカさん)に命を救われたようなものだから、疑うことをしなかったのだ。


 無論、あの場には闇組織の息が掛かった貴族連中も居た。


 でも皇女さん側へと寝返ったんだ。


 そりゃそうだろう。闇組織が裏切って殺しに来たんだから、退路を断たれた意も込めて皇女さんに寝返るしか無い。


 また無関係だった貴族連中もそう。


 見捨ててもおかしくなかった皇女さんがあの場に留まり、身の危険を無視して共闘したんだ。


 皇女さんの支持は爆上がりした上に、寝返ってきた貴族連中からも闇組織の情報を多少なりとも得られたという結果になった。


 そんな貴族連中の一人であるロティアというご令嬢は、キラッキラした目で皇女さんを見つめている。


 「ろ、ロトル殿下はこれからどうなさるおつもりですか?」

 「え?」


 急なドストレートな質問に、皇女さんは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。


 今まさにその話をする予定だったからね......。


 すると何をそんなに緊張しているのか、ご令嬢は目を瞑ったまま、声を大にして言った。


 「も、もしよろしければ私の家にお越しいただけますか?!」

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