第147話 いつだって煩悩が働く者
「大丈夫かしら......」
皇女さんはそう呟きながら、医務室のベッドで安静にしている病衣姿のレベッカさんの額を撫でた。
現在、<4th>率いる闇組織の連中との戦闘を終えた僕らは、今はその事後処理を行っていた。
事後処理と言っても、このフォールナム邸のパーティー会場に集まっていた貴族たちが集ってやってくれたので、皇族である皇女さんがするようなことは特に無い。
僕も彼女の護衛なので、この場から離れることはなかった。
「一応、徐々に回復しているそうですが、この状態は見ていて辛いですね......」
「ええ......」
レベッカさんの様態は、一言で言ってしまえば深刻だった。
顔色は血の気を感じさせないほど青白い。腹部以外に外傷らしい外傷は無いのだが、彼女を蝕んでいるのは目に見えるものばかりではない。
治療してくれた医者によると、レベッカさんは腹部に穴が空いていたらしい。止血だけしていたのだが、あんな激戦だったんだ。傷口が開いて再び出血するのも無理はない。
おまけに盲目と麻痺が彼女から視界と身体の自由を奪っていたとのこと。
麻痺は治療できたが、盲目の方はここでは完治させられないらしく、帝国王城に戻って腕の良い医者に見せるか、教会に言って浄化魔法を使ってもらわないと回復は見込めないと言われてしまった。
そして一番厄介なのが猛毒。
これもボロン城に戻ってから調べないとわからないらしいが、おそらく完治させられる見込みが薄いらしい。
というのも、あまりにも毒のレベルが高すぎるのが原因だ。
相当腕の良い浄化系魔法を使える人に対処してもらわない限り、レベッカさんにかかった猛毒は解毒されない始末である。
「殿下、そろそろお休みになられては......」
「いいえ。もう少しレベッカを看病していたいわ」
「殿下......」
バートさんがそんな皇女さんの振る舞いに心配する様子を見せた。
ちなみにこの場には皇女さんと僕の他に、女執事であるバートさんと皇女さん直属の護衛騎士三名が居る。
バートさんは特に怪我はしてなかったけど、護衛騎士はパーティー会場の外で敵と戦っていたからか、あちこち怪我をしていた。
「レベッカさんがここまで追い込まれていたなんて......。いったいどんな強敵だったんでしょ」
僕のそんな焦燥感を滲ませた声に答えてくれたのは、護衛騎士の中でも隊長であるニコラウスさんだ。
相変わらず真っ白な髭を生やしていてダンディである。
「我々はレベッカ殿から預かっていた武器を返してから別行動を取っていたので、その後、彼女が如何な敵と戦ったかまではわかりませぬ」
「そうですか......」
「が、それまでのレベッカさんは傷一つ負った様子ではありませんでした」
「となると、問題はその後ですよね......」
レベッカさんの武器と言ったら、二本の鞭だ。
一本は【蜘蛛糸】と呼ばれる魔法具で、重要なのはもう一方の鞭だ。
真紅の輝きを放つ鞭――【
『“
『おそらく“話さない”ではなく、“話せない”のでしょう』
“話せない”? どういうこと?
そんな僕の疑問を察して答えてくれたのは姉者さんだ。
『“
ああ、そういう。
そいうえばルホスちゃんが闇奴隷商に捕まる前に持っていた【
魔力を供給しないと意思疎通ができないんだっけ。
『なら姉者が魔力あげればいいんじゃね?』
『私も【
『ん? どゆこと?』
『“
『ああ〜、そもそも持ち主以外と契約する気が無かったら魔力貰わないか』
『そういうことです』
なるほど。“
でもどっちにしろ、誰かがどうにかしないとレベッカさんの命の危機に関わるんだし、少しでも情報が欲しいところだな。
肝心のレベッカさんはまだ目覚めそうにないし。
「とりあえず、やってみるだけやってみよっか」
『そだな』
『わかりました。できるだけ永久的に所有権貰えるように頑張ります』
「「「「「?」」」」」
目的違うからね。話聞くだけの仮契約を目指すだけだからね。
僕の一言にこの場に居る全員が首を傾げた。何をする気だこいつ、と言わんばかりの視線を僕に向けてくる。
僕は<討神鞭>が置かれている机まで行き、その赤色の鞭の柄に左手を乗せた。
その瞬間、左腕から魔力が流れるのを感じた。
流れたということは、姉者さんの魔力を吸ったということだ。
つまり契約成立である。
どうやらこちらを拒絶しなかったらしい。
『ぷはー!! 助かったぜッ!!』
鞭から発せられた男声が医務室に響き渡った。
一応、姉者さんが契約したけど、魔族姉妹の存在を極力隠したいため、僕を通して話せと指示があったので、僕が話すことになった。
『坊主の魔力かッ?! 超美味かったぞ!! いやほんとマジで!! レベッカなんかよりもな!!』
ま、魔力に味なんてあるの?
僕は<討神鞭>の絶賛に苦笑で対応しつつ、あまりゆっくりもしてられないので聞き始めた。
「<討神鞭>......さん? 早速ですみませんが、何があったのか聞いてもいいですか?」
『ああ、レベッカの怪我のことだよな。アレは俺様の状態異常攻撃を食らったからだ』
え、どういうこと?
続く話はこう。
レベッカさんはパーティー会場の外で待機していた十数体の人造魔族を一人で相手にしていたらしい。
だから到着が遅かったのね。
彼女は時間が惜しかったから、<討神鞭>を使って速攻で屠っていったらしい。
もちろん人造魔族はどいつもこいつも【固有錬成】持ちだ。それでもレベッカさんは善戦していたとのこと。
問題はそのうち一体の人造魔族だ。
なんでも対象の“状態”を入れ替える【固有錬成】を使ってきたようで、レベッカさんが状態異常を与えた人造魔族の“瀕死状態”と、彼女の“無傷の状態”を入れ替えたみたい。
<討神鞭>はこれを“転写”系の【固有錬成】って言ってた。
それでレベッカさんは危機的状況だったんだけど、なんとか敵を全滅させ、僕らと合流したのが一連の流れだった。
「壮絶な戦いだったんですね......」
『おうよ。瀕死状態をレベッカに転写されたときはマジで死ぬかと思ったぜ』
レベッカさんは状態異常攻撃に長けた人物だ。そんな彼女が他攻撃対象者に付与させていった状態異常を返されたとあっては、さすがの彼女でも命の危機だろう。
その状態異常攻撃が【
一言で片付けるのなら、相性最悪の敵だったということだ。
仮に僕がその“転写”の【固有錬成】持ちの人造魔族と戦ったのなら相性最高だっただろう。
転写されようと妹者さんの【固有錬成】がある僕は常に全回復するのだから。
『そこで、だ。坊主にはレベッカを直してもらいてぇ』
すると<討神鞭>が僕にそんなことを言いながら、くねくねと蛇のように動きながら、レベッカさんの下へ向かい、彼女の病衣に忍び込んだ。
僕も含め、この場に居る誰もがそれを目にしてギョッとした。
レベッカさんの病衣の中でもぞもぞと蠢く様は、少なからず彼女に刺激を与えているようで、顔色の悪い彼女に若干の色を与えた。
彼女の口から漏れる息に艶が含まれていて、僕はその色気に当てられて、つい険しい顔をしてしまった。
『おい、鈴木。あっち向け。ぶっ殺すぞ』
「マイケル、どこ見てんのよ。殺すわよ」
「......僕が死んだら困るのは僕だけじゃない」
『最低な奴だな......』
「最低ね......」
うっせ。
見れば周りに居る護衛騎士たちはそんなレベッカさんを目にして、瞬時に彼女を視界に入れないよう背を向けた。
さすが騎士。紳士だな。損しとけ。
あ、いや、違った。白髭のニコラウス隊長だけは僕と同じく険しい顔をしてレベッカさんを見ていた。
変態爺だったのか。
それを察したバートさんが変態爺に注意すべく、名前を呼んだ。
「ニコラウス殿」
「いやはや、年を取ると耳が遠くて困りますな」
「......。」
この爺、叱られても見る気だな。彼となら仲良くなれそう気がした瞬間だった。
やがて<討神鞭>は主の病衣から姿を見せ、どこからそんな物を取り出したのか、と問い質したくなる代物を僕に渡した。
僕はその生温かなものを手にして驚愕する。
「こ、これは......」
その生温かなものは......核だった。
ビー玉サイズと、今まで僕が取り込んできた核より小さなもので、色は黄緑色に透き通っていた。
そして話の流れから察するに――
『それが“転写”の【固有錬成】を持つ奴の核だ。......頼む、それでレベッカを助けてくれ』
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