第146話 転写

 「ほんっと邪魔だわぁ」


 時は遡ること、鈴木と<4th>が交戦する数分前。


 フォールナム邸会場外では、ブロンドヘアーを風に靡かせながら奮闘する者が居た。


 レベッカはロトル・ヴィクトリア・ボロンの護衛の騎士から愛用する武器の<討神鞭>を受け取った後、雇い主たちが居る会場へと向かっていた。


 しかし道中、彼女は闇組織による襲撃を食らい、その道を阻まれていた。


 おそらくは会場から外へ逃げた者を襲うための伏兵。


 それがレベッカの目の前に居る複数体の人造魔族であった。


 また会場から少し距離をあけたところに居るレベッカの周囲は、森と言うほど自然に満ちてはいないが、それなりに木々が連なっている地帯である。


 「もう何体いるのよぉ!!」


 計十二体の人造魔族は襲撃場所であるフォールナム邸周辺へ転移させられ、課せられた命令により行動している。


 命令は至って単純で、当組織に属する者以外の人間を全て抹殺せよ、だ。


 レベッカがパーティー会場の入り口となる扉から入場できないことから、外に回って中へ入ろうとしていた。しかし偶然にも待ち構えていた人造魔族らがレベッカの行く手を阻んだ。


 『おい、レベッカ。こいつら、まるで意思がねぇように思えんだが......』

 「あら、ベンちゃん知らないの? ほら、例の人造魔族よ」

 『ま? これが?』


 戦いの最中、レベッカは【幻想武具リュー・アーマー】の<討神鞭>と余裕そうに話していた。


 既に倒した人造魔族は当初の半分を切っている。そのどれもが【固有錬成】を持っていたが、レベッカの前ではそれを満足に発揮すること無く、命を刈り取られていく。


 たとえ発揮できたとしても、ほぼ秒殺に近いかたちで戦況は一方的なものであった。


 それが【幻想武具リュー・アーマー】を巧みに使いこなす<赫蛇>のレベッカの実力だ。


 「ベンちゃん、麻痺と燃焼をお願い」

 『あいよ』


 レベッカの合図とともに繰り出された一撃は、眼前の人造魔族二体に連続して直撃した。


 そして攻撃をくらった人造魔族は、まるで時が止まったかのように動きを見せない。


 否、痙攣しているのである。


 それがレベッカが得意とする状態状攻撃の一種、“麻痺”効果だ。


 『『ッ?!』』


 続けざまに症状が表れたのは、二体の人造魔族の突然発火である。


 その身を無情にも焼き焦がす“燃焼”効果が人造魔族たちを襲ったのだ。


 “麻痺”という束縛に加え、“燃焼”というダメージが呆気なく被弾者たちの自由と命を刈り取った。そして倒れ伏し、死体と化した人造魔族を見下ろしながらレベッカは呟く。


 「つまらないわねぇ」

 『......。』


 レベッカはこの戦いを楽しむことができなかった。


 攻撃した人造魔族あいてが苦痛により泣き叫ぶどころか、顔を歪ませる素振りすら見せないのだから。


 しかし本来の目的は、早々にロトルの下へ行って護衛をすることだ。


 故に自身の性癖を満喫することなく、本来の目的と噛み合った今となっては、振るわれる鞭のの入れ具合は別格である。


 一分一秒でも早く護衛対象者の下へ向かうべく、奮闘している様は瞬殺を繰り返していった。


 それが護衛として雇われた者の本来の役目だが。


 きっと若くてハンサムな男が敵だったのなら、レベッカはまだ一人も倒さずに愉しんでいたことだろう。


 「ん? なにかしら? あそこに居る人造魔族」


 すると対峙している敵の中で、一体だけ一際歪な魔力を放つ人造魔族が混じっていたことに気づく。


 他の人造魔族と比べると、一回りも二回りも小さく見えて痩身だ。


 ただ妙に頭部だけが大きい。痩身の身体と比べると首を堺に上下で別物同士をくっつけたような違和感があった。


 それこそ先天的とは思えない発達の仕方で、人造魔族の象徴を思わせる姿である。


 そんな歪な容姿の人造魔族はレベッカに攻撃することなく、ただ距離を取ってじっと彼女を見ているだけであった。


 『奇妙だな。もしかしたら【固有錬成】絡みかもしんねー』

 「そうねぇ。優先的に殺しましょうか」


 まるで造作もないことのように、レベッカは鞭が届く射程圏内を意識して近づき、放った。


 麻痺、盲目、猛毒の三種の状態異常攻撃は、ろくに相手に防御をする時間を与えずに――


 「『っ?!』」


 ―――直撃することはなかった。


 何者かが庇ったからだ。


 レベッカが狙っていた人造魔族を、周りに居た他の人造魔族が驚異的な反応速度で、自身を肉壁にして直撃を防いだ。


 身代わりとなった人造魔族は巨体の持ち主で、レベッカの一撃を食らっても即死することはなかった。


 ただ後から蝕むように侵食してきた状態異常によって、その巨体を地に着けることになる。


 死んではいない。例に違わず、麻痺が巨体の自由を奪い、盲目が光を奪って、猛毒が命を削り始めたのだ。


 「......庇うってことは大当たりね」

 『おう。早いとこ始末すんぞ』


 レベッカは鞭をかまえて、優先順位を底上げした人造魔族を見やる。


 すると今まで何もしてこなかった痩身の人造魔族が、レベッカに向けて両手を差し伸ばしていた。


 「っ?!」

 『やべ、なんかしかけてくっぞ。一旦距離を――』


 <討神鞭>が叫ぶが、気づくのが一足遅かった。


 レベッカは<討神鞭>に言われるまでもなく、距離を取ろうと後方へ下がろうとした。


 しかし身体が動かなかった。


 急な電撃のようなものが身体を走り、まるで神経を切断されたかのように、レベッカから行動の自由を奪った。


 「ぐッ」

 『レベッカ?!』


 そしてレベッカは口から盛大に血を吐き散らした。


 先程まで無傷であった主が、突然、口からダマのような赤黒い血を吐いたことで、<討神鞭>は焦りの声を漏らす。


 おかしい。攻撃は何も貰っていなかったはずだ。それなのに、主が重症を負うのはどういうことだ。


 そんな不可解な現象が<討神鞭>を迷わせる。


 「も、もしかして......」


 遂に膝をついてしまったレベッカは、夜とは言え、視界を徐々に失うことを実感しながら前方を見やった。


 すると目の前には、先程の巨体の人造魔族が五体満足で立っていた。


 状態異常で蝕まれた様子を感じさせない、勇ましくかまえた様子である。


 そんな光景を最後に、レベッカの視界は完全な闇に覆われてしまった。


 その瞬間、行動がままならないレベッカに向けて、周囲に控えていた人造魔族の腕が彼女の腹部を貫いた。


 「がはッ」


 普段のレベッカならばまず受けるはずのない一撃だが、今の彼女は麻痺したように身体が痙攣して動けなかった。


 そんな無防備な女に突き刺さった一撃は、彼女の腹部に深い傷を与えることになった。


 しかし、


 「あ、まいわね!」

 『おらぁぁぁああ!!』

 『っ?!』


 まるで一本の触手のように蠢いた<討神鞭>が、レベッカが片手を振ったと同時に、目の前にいた人造魔族をブロック状に切断した。


 麻痺状態であったレベッカだが、特とする雷属性魔法で、動けない身体に電気を流し、文字通りの鞭打つ行動で無理矢理、腕だけを動かしたのだ。


 これによりまた一体、人造魔族の死体が増えた。


 されどレベッカは回復していない。


 突如として襲った麻痺、盲目、猛毒には見覚えがあった。


 巨体の人造魔族に向けて放ったレベッカの状態異常攻撃である。


 『反射......いや、これは転写か?!』

 「そ......ね」


 すでに光を失われ、暗闇の中にあるレベッカにとっては巨体の人造魔族の様子は目に映らない。


 しかし<討神鞭>には眼前の巨体の人造魔族が五体満足に立っている様を見て、そうとしか思えなかった。


 そして十中八九、それを成したのは、その巨体の後ろに居る痩身の人造魔族である。


 巨体の人造魔族がレベッカから食らった状態異常攻撃を、なんらかの手段によってレベッカに移した。


 反射ではなく、転写という事象で。


 喰らわずに跳ね返す部類の“反射”であれば、巨体の人造魔族が倒れる重症を負うことはなかった。


 しかし実際には攻撃を食らって死ぬ間際であった人造魔族が怪我もなく復活したのは、負っていたダメージを全てレベッカに移したからに違いない。


 それ故に、<討神鞭>は痩身の人造魔族が使った【固有錬成】が転写系だと察した。


 『......レベッカ、いけっか?』

 「はぁはぁ......もち、ろん」

 『......。』


 主の言葉を強がりと捉えた<討神鞭>は、自身が放った状態異常攻撃の効力を忌々しげに悔やんだ。


 如何ような強者でも侵す状態異常が<討神鞭>の最もな強みだ。それを跳ね返されたとのなら、レベッカもただでは済まされない。


 敵は好機を見たのか、満身創痍のレベッカを囲んで徐々に距離を縮めていった。


 「すぅー」


 すると突然、レベッカは深く息を吸い込んだ。


 盲目で光を失っても、気配は感じ取ることができる。


 麻痺で身体の動きがままならなくても、得意とする雷属性魔法で動作の補助はできる。


 そして猛毒に侵されても......耐えることができる。


 「はぁぁぁ」


 レベッカは深く吸った息をゆっくりと吐き捨て、ぴたりと動きを止めた。


 それを合図と取ったのか、レベッカを囲っていた人造魔族たちが彼女に襲いかかる。


 対するレベッカは、迫りくる死を穿つべく、魔法を発動した。


 「【電閃魔法】――」


 痩身の人造魔族がレベッカを追い込んだところまでは申し分ない結果と言えるだろう。


 されど味方の状態を、攻撃者であるレベッカに“転写”するだけでは足らない。


 そしてなによりも早く、次に取るべき行動は――レベッカの間合いから外れることであった。


 「――【龍閃尾】ッ!!」


 レベッカが握る鞭を介して現れたのは、まるで巨龍の尾である。


 それが青白い閃光を放ちながら、辺り一帯に一線を刻んだ。


 切断した箇所に、バチバチと纏わり付くようにして残った電気が、いとも容易く分断されたことを物語っていた。


 無論、木々だけではない。


 レベッカに襲いかかった人造魔族たちも例に漏れず、身体のどこかに一線を刻まれていた。


 そして間を置かずに、分断された肉体をそれぞれに地面に落とす。


 ベチャ、ベチャと生々しい音が、光の見えないレベッカの耳に届いた。


 「ふぅ。これで全員死んだみたいね」

 『おう。......大丈夫か?』

 「これくらい平気よ」


 そう答えた後、レベッカは自身の腹部に負った傷を止血程度で済まして、会場へと向かった。


 未だに視界は暗闇に包まれ、身体の麻痺も抜けず、毒に侵されている状態で。


 「あ、そうだったわ」

 『?』


 ふとレベッカは進む歩を止めて踵を返した。


 そのことを不思議に思った<討神鞭>は、どうしたのか、と主人に問う。


 「ふふ、スー君にお土産をね♡」

 『......。』


 レベッカは脳内に、年下の男の引き攣った笑みを思い浮かべながら、痩身の人造魔族から“核”を取り出した。

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