第145話 ヒーローはグッドタイミングで参上

 「あらあら。面白いことになってるじゃない」

 「レベッカさん!!」


 僕は待ち望んでいた人物がやってきたことで、思わず名前を呼んでしまった。


 <赫蛇>のレベッカ。傭兵業界トップの実力者で、僕なんかよりも格上の存在だ。


 レベッカさんは相変わらず戦闘に不向きなタイトドレス姿だが、既に道中で戦闘してきたのか、全身真っ黒な血で染められていた。


 無論、レベッカさんの様子から、それらは返り血なのだろう。


 黒い血......もしかして闇組織が人造魔族でも連れてきたのかな。こっちの戦闘で気づかなかったけど、そういえば外も騒がしかった気がする。


 レベッカさんは登場と同時ににピシッと鞭――【幻想武具】の<討神鞭>を張って、<4th>を威嚇した。


 「リチャードがわざわざ来るなんてね。何かあったのかしら?」

 「はッ。ちょっと皇女を一刻も早く始末しなきゃいけなくなってな」


 「それまた急な話じゃない」

 「まぁな。......つうかお前、?」


 “アレ”?


 オールバック男が口にした“アレ”とは、レベッカさんのタイトドレスに付着している黒い返り血が関係しているのかな。


 <4th>は五体満足なレベッカさんを見て、警戒の色をより一層濃くした。


 「さぁ? 何体か、奇妙な魔族っぽいものは倒したけれど......もしかして、それのことかしら?」

 「ちッ。面倒なことになったな。......おい、レベッカ、こっちに付け。そしたら俺らを裏切ったことは許してやる」

 「ええ〜」


 レベッカさんは戯けた様子でそう答えた。


 そうだよね。以前はレベッカさんも闇組織に雇われていたんだ。でも支払いは後払いだし、契約というのが成り立っていないとのことで、普通にアーレスさんが買収した。


 当初の予定よりもアーレスさんに即支払われた額が相当なものだったので、あっさりと寝返ったレベッカさんである。


 そんな彼女は僕を見て口を開いた。


 「スー君、ロトちゃんはどこに――」

 「皇女に結構な額で雇われたんだろ? こっちに戻ってくればその倍、いや三倍は出すぜ?」

 「......。」


 皇女さんの身を案じる言葉を口にしたレベッカさんは、割り込んできた<4th>の言葉によって最後まで言えなかった。


 そして僕は見逃さなかった。


 あの女、耳をピクッとさせやがった。


 聞き捨てならないと言わんばかりに皇女さんそっち退けで、興味の矛先を報酬金の方へ向けやがった。


 「私がロトちゃんに雇われた額は相当なものよ?」


 おい。乗り気じゃないか。


 「ちょ、レベッカさん!」

 「はッ。いくらだろうと払えるぜ? なんたって戦争が始まっちまえば、この国は闇組織こっちのもんだからなぁ!!」

 「あ、そういう意味なのね......」


 レベッカさんはうんざりした顔を見せた。


 それはもう、この上なく残念と言わんばかりの表情であった。


 そしてその直後、


 「あ? 何が不満か――」


 パンッ。


 何か弾かれた音が会場に響き渡った。


 正直に言えば、僕はソレがなんなのかは目で追えていた。ただ追えていただけで、仮にソレが僕に向けられていたら、何も行動は起こせなかったと思う。


 しかし実際に発生したのは僕の身体じゃない。


 ビチ。


 小さくて重さを感じさせない肉塊。それは丸みを帯びているもので、少し形が歪に変わっていた。


 それは耳だった。


 「っ?! あぁぁああ!!」


 <4th>が頭部の横から血をボタボタと垂れ流しながら激痛で叫んだ。


 反応できなかったのは<4th>も同じらしく、生じた激痛によって気づかされた感じだ。


 「くっそぉぉおおお!! このアマぁぁああ!!」

 「あら、意外と良い声で鳴くじゃない」


 「てめぇ! ナメた真似しやがって!!」 

 「ナメてるのはどっちかしら?」


 レベッカさんは恍惚とした笑みを浮かべながら答えた。


 「学習能力が無いの? 戦争が始まればって“後の話”じゃない。また後払いする気?」

 「先のこと考えて物言えよ、クソ女ぁ!」


 「他の傭兵は知らないわ。でも私を本当に雇いたいのなら、前払いして“信頼”を勝ち取りなさいな。そしたら契約してあげるわ」

 「クソがッ!!」 


 <4th>は僕を指差しながら叫ぶ。


 「このクソガキと一緒にお前も殺してやるッ!! 覚えとけッ!!」


 そう言い残して、<4th>はこの場から姿を消した。奴の【固有錬成】だろう。おそらく拠点へと転移していったんだ。


 あ、拠点で思い出した。


 僕は振り返って、会場の出入り口を見やった。


 まだ扉は開かれた状態で、そこから先は闇組織の拠点と繋が―――


 「『『っ?!』』」


 ドゴン!


 またも轟音が鳴り響いたと思ったら、賊共が入って来た扉が跡形もなく破壊されていた。


 こんなことができるのは、僕以外にはこの場に一人しかいない。


 「これでいいのかしら?」


 レベッカさんは例の雷属性魔法を使ったのか、瞬時に扉付近に移動し、<討神鞭>を振っていた。


 は、速ぇ......。


 その後、退路を断たれた賊共は一斉にこの場から逃げ出した。


 おそらくレベッカさんの存在に怯えているのだろう。まるで蜘蛛の子を散らすように、一斉にパーティー会場の壁際へ走り出し、窓から飛び降りて逃げようとする。


 しかしそんなの僕らからしたら良い的だ。今まで散らばっていた連中が左右の壁際に向かうんだから。


 そこを狙って集中砲火を浴びせたことで、見事、賊共は一人残らず屠ることができた。


 「ふぅ。これでなんとかなったかな?」

 『みたいですね』

 『おい、鈴木。早いとこ、あのガキを出してやれ』


 僕は妹者さんに言われて思い出した。


 そうだった。皇女さんを氷壁の中に閉じ込めたままだった。あんな所に今まで閉じ込めてたんだ、外に出した瞬間殴られるに違いない。


 それでもこのまま閉じ込めておくわけにはいかないので、僕は慌てて氷壁を霧散させ、皇女さんを開放した。


 中から姿を現した彼女は酷く怯えていて、僕を目にした瞬間、ビクッと肩を震わせていた。


 「ま、い、ける?」

 「ええ。ご無事でしたか? 敵は撃退しましたよ」


 その反応も年相応なもので、ずっと泣いていたのかと思わせるくらい、目元が赤く腫れていた。


 そして次の瞬間、彼女は僕に襲いかかってきた。


 一瞬身構えた僕だが、いくら彼女を護るためとはいえ、氷の中に閉じ込めたのはちょっと酷かったのかなと思いつつ、殴られることを甘んじて受けることにする。


 しかし僕が感じたのは殴られたことによる痛みではなく、こちらをギュッと力強く締め付けてくる感触であった。


 それもこちらが苦しいと思えないくらい、適度な優しさのある形で。


 「で、殿下?」

 「ひっく、ばかッ。すごく、う、こわがった、だから」

 「......。」


 僕は何も言わずに、彼女の頭を撫でた。これで落ち着いてくれるかわからないけど、そっと彼女の柔らかな髪を撫でた。


 怖い思いをさせちゃったよなぁ......。


 そりゃあ氷壁の中ならゼロ距離転移は防げるけど、外の状況がわからないから、いつ何が起こるかわかったもんじゃないし。


 あまりにも普段の強気な様子とは違う彼女だから、僕は何か言わなければと慌ててしまう。


 周りに留まっている貴族連中は、事の状況よりも、『皇女とはいえ、所詮は女の子なんだな』と言わんばかりの視線を僕らに向けてくる。


 き、気恥ずかしい......。


 「大丈夫です。何があっても殿下には指一本触れさせませんから」

 「こ、これからも!」


 「はいはい。これからも護りますから......縁が切れるまでは」

 「っ!!」


 皇女さんは涙を浮かべながら、キッと僕を上目遣いで睨んできた。


 いやだって、ねぇ? 戦争を防ぐことには協力するけど、もしおっ始まったら巻き込まれたくないし......。


 が空気を読まなければならないときだってある。


 おそらく今がそのときだ。


 「冗談ですよ。こんな僕でもよければ傍に置いてください。殿下を護ってみせますし、

 「っ?!」


 彼女との付き合いは決して長くはない。むしろ短いと言った方が適切なのかもしれない。


 そんな僕が発する“裏切らない”という言葉に、いったいどれほどの重みがあるだろうか。


 それでも戦争が起きてどうしようもなくなったとき、僕は最後まで彼女の味方で居るくらいには気持ちがあるのは確かだ。


 最悪、逃げちゃえばいいしね。帝国皇女なんて肩書きを捨てさせれば命は助かるさ。


 なに、レベッカさんも居るんだ。護衛費として前払いしてるんだし、たとえそんな結果となってもしばらくは付き合ってくれるでしょ。


 などと、一人で勝手なことを考えている僕を目にして、皇女さんは耳に達するほど、顔を真っ赤にしていた。


 「ごめんなさいねぇ。来るのが遅くなって」


 すると不意に聞き覚えのある声が後ろから聞こえたので、僕らはそちらへ振り向いた。


 するとタイトドレスを真っ黒な返り血に染め上げていたブロンドヘアーの美女が姿を目にする。


 こちらに一歩ずつ近づいてくる彼女は......なんだか少しよろよろとしていて足取りが不安定だ。


 皇女さんは僕から離れた後、レベッカさんを叱るように言った。


 「遅かったじゃない!! 何してたのよ!」

 「まぁまぁ。なんか外でも戦闘があったみたいですし。ね? レベッカさん」


 僕がそういうと、レベッカさんは無言で僕に近づいてきた。


 どうしたんだろ。なんか様子がおかしい。


 彼女はまるで僕が立っている位置を認識していないかのように歩を進めているのだ。


 「あ、あの、レベッカさん?」


 やがて僕にぶつかると言ってもいいほど近づいてきた彼女が、その綺麗な口の端からツーっと赤黒い何かを垂らしていたことに気づく。


 それだけじゃない。タイトドレスの裾や彼女の足を辿るようにして、同じ色の何かが流れ落ちていた。


 そんな僕の気づきと同時に、彼女はまるで糸が切れた操り人形のようにその身を倒した。


 「レベッカさん?!」

 「レベッカ?!」


 僕は半ば反射的に倒れゆく彼女の身体を受け止めた。


 よく見たら黒い血で汚れた箇所意外にも、似た色が彼女の足元に溜まっていた。


 出血だ。それも尋常じゃない量の。


 「レベッカさん!! しっかりしてください!」

 「レベッカ! レベッカってば!」

 「おい! 治療できる者を呼べ!」

 「早くこっちに来い! 重症者だ!!」


 僕らは勝利した。しかし戦いが終わった後の会場は静けさを取り戻すことは無かった。

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