第144話 予想外の出来事

 「「......。」」


 現在、僕は眼前のオールバック男と見つめ合っていた。


 どれくらい時間が経っただろうか。分とまでは行っていないはずだが、それでも十数秒は見つめ合っていたと思う。


 勘違いしないでほしいのは、別に僕にそっちの趣味があるからとかじゃない。


 持ち合わせていないし、野郎と見つめ合うなんて吐き気しかしない。


 相手だって同じはずだ。というか、そうであってほしい。


 そんな僕らは、お互いに目をパチクリとさせて見つめ合っていた。


 そして一言、


 「なんで転移ばねぇ......」

 「なんで転移ばさないんですか......」



*****



 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】!!』

 「っ?!」

 『鈴木! 大丈夫か?!』

 「う、うん」


 野郎との見つめ合いは、姉者さんが発動した氷属性の魔法で終りを迎えた。


 地面から勢いよく突き出された【氷棘】は、オールバック男の頭部を狙うが、それも既のところで躱され、持ち前の転移よって僕から距離を取った。


 <4th>の【固有錬成】は転移系のもので、判明したことは主に二つ。


 一つは対象にゼロ距離で転移できること。


 そしてもう一つは、触れたモノを強制転移させられること。


 未だに不明点は多いが、僕はその二つの要因を満たされたことによって、ここじゃないどこかに強制転移させられるかと思ったんだけど......。


 「なんで転移しなかったんだろ?」

 『知るかッ!! でもあーしらを転移ばせると踏んだから触れてきたんだろ!』

 『はい。あの感じでは、使用者にも把握できていないと言ったところでしょう』

 

 よくわからないけど、僕は強制転移させられないということだけは実証されたみたいだ。


 でなきゃ相手がブラフを使ってまで、思い切った行動を取る理由が無い。


 そして今この瞬間、僕は何よりも最優先しなければいけないことがあった。


 「【冷血魔法:氷壁】!」

 「っ?!」


 僕は皇女さんを囲むようにして、氷の壁を生成した。


 皇女さんは僕が強制転移させられなかったことに、安堵の色を浮かべていたが、今度は自身の周りに氷の壁が生成されたことに戸惑っている。


 「ま、マイケルッ!」

 「その中の方が安全です」


 そう僕が言い終えるや否や、彼女を氷壁の中に閉じ込めることに成功した。


 ゼロ距離転移できるということは、やろうと思えば皇女さんをすぐに殺せたということだ。


 それをしなかったのは<4th>があまり手の内を晒したくない、もしくはこちらの警戒が薄いままブラフとして扱いたかったかだろう。


 そして強制転移できるものにも制限はある。


 今までの<4th>の行為から人や物は強制転移できたとしても、魔法は対象外のように思える。


 というのも、これまで奴に浴びせてきた魔法は全て回避されるか、自身を転移させて被弾を防いでいたからだ。


 こちらが発動したと同時に強制転移させてその魔法を無に還せば、僕にとっては隙にしかならない。


 それなのに一度もそれをしないのは、魔法は転移できないことを意味する。


 無論、これもブラフという線はあるが、奴の余裕の表情が消えた今となっては、ほぼ確信に近い事実だ。


 だから皇女さんにゼロ距離で転移される前に、氷の壁で彼女を覆った。できるだけゼロ距離という距離を生ませないように。


 「おかしいだろ......転移できなかったことなんて一度も無かったぞ」


 <4th>は僕に触れた自身の片手を見つめながら、そんなことを呟いていた。


 偶々不発したとかあるのかな?


 いや、【固有錬成】って条件や制限という基準を満たせば、不発なんて無いと魔族姉妹からは聞いていたんだけどな。


 『とにかく今のうちに攻めるぞ!』

 『賊も増えてきました。あの子を氷の中に閉じ込めた以上、こちらも加減抜きで一掃します』

 「お願い!」


 魔族姉妹が魔法陣を展開して、周りに居る賊共を蹴散らしていく。


 そんな中、僕は<4th>をじっと見ていた。


 奴は憎悪に満ちた鋭い視線を僕に向けている。


 「てめぇ。なにもんだ?」 

 「いずれSランク冒険者になるDランク冒険者です」


 「ふざけてんのか?」

 「至って真面目です」


 再度、<4th>は姿を消した。


 同時に僕も地べたすれすれに身を屈めた。


 「っ?!」

 「意外と対策はできるもんです、ねッ!!」


 奴は僕の頭部以外に致命傷を与えても、こちらが死なないことを知っている。即全回復されるからね。


 だから僕を殺すなら頭部を、と思って狙ってきたのだろう。


 突如として僕の背後に現れた<4th>は、手にしてた短剣で僕の首から上を狙うが、奴が転移したことを合図に身を屈めた僕の行動の方が速かった。


 空を切った奴の短剣を尻目に、僕は【固有錬成:力点昇華】で人並み外れた力を上乗せした回し蹴りを炸裂する。


 しかし<4th>は再度、転移したことで、僕の攻撃も空を切ることになる。


 されど僕の回し蹴りには暴風にも似た衝撃が生じ、辺り一帯の物や人が軽く吹き飛ばすほどであった。


 その後、僕は前方を見やる。


 視界に入った<4th>の顔には、登場時の余裕な笑みが完全に消え去っていた。


 「これでまた一つ、証明されましたね」

 「......あ?」


 「転移にインターバルはほぼ無いに等しい」

 「っ?!」


 「当初は、“連続使用できない”ということをこちらに思い込ませるために、敢えてインターバル置いていたみたいですが、今の連続使用からしてインターバルは無い」

 「......だからなんだよ」


 ギロリ。奴の殺気を込められた視線が僕を突き刺す。


 それでも僕は意地の悪い笑みを浮かべて答えた。


 今までの仕返しと言わんばかりに。


 「思った以上に便【固有錬成】だなぁって」

 「っ?!」


 <4th>の顔に青筋が浮かぶ。込められた拳が、握っている短剣をカタカタと震わせていた。その怒気がこちらにまでひしひしと伝わってくる。


 インターバル無しで、どこにでも転移し放題。気に食わない奴は強制転移で即退場。なにそれ、チートにも程があるでしょ。


 しかしそれらを引っ括めて言ってやろう。


 奴が言った、便と思い込むようにして――敢えて“不便”と。


 場は静まり返っていた。


 貴族連中はオールレンジ攻撃を止めた僕を注目し、賊共は<4th>という絶対的な強者が苦戦しているという事実を前に、動けないと言った感じだ。


 この場に居る全員が、僕と<4th>に視線を向けていた。


 それならそれでいい。そっちが停戦してくれるなら―――魔族姉妹と共闘できる。


 奴は血眼で僕を捉えた。


 「ぶち殺す」

 「やってみろよ、雑魚野郎」


 そこからは激しい攻防が繰り広げられていた。


 <4th>が放った【土築魔法:螺旋岩槍】が直線上にある僕に向かってくるが、こちらも【凍結魔法:螺旋氷槍】でそれを相殺する。


 しかしそれは奴にとっての目眩まし程度のもので、次の瞬間には姿を消していた。


 無論、僕がそのことを確認する前に行動はしてある。


 僕は【紅焔魔法:打炎鎚だえんづち】を生成して、自身を軸にそれを横薙ぎにするよう回転攻撃を仕掛ける。


 すると再度、僕の死角から現れた奴は、学習したのかゼロ距離に転移することなく、少し離れた場所へ転移していた。


 これで僕の回転攻撃は敵を穿つことなくなったが、距離がある以上、それだけで若干の余裕は生まれる。


 その位置から僕へ目掛けて、<4th>は火球を放った。ゴオオオ!と音を立てながら被弾したそれは、僕を灼熱の炎の中に閉じ込めた。


 しかしそれもほんの一瞬のことで、僕が【固有錬成:力点昇華】で奴に急接近した際の勢いのある風で掻き消えた。


 そして妹者さんの【固有錬成】により、全回復する。


 相手はその状態から直接仕掛けてくるとは思わなかったのか、再度転移して僕から距離を取った。


 「ちッ。マジでうぜぇよ、お前」

 「僕からしたら、ちょこちょこと逃げてるあなたの方がイライラします。まぁ、雑魚の自覚がおありのようで関心しますが(笑)」

 「っ!! この――」


 オールバック男が怒号を放とうとした瞬間、パーティー会場の壁一面に爆発が生じた。轟音に爆風、瓦礫が僕らを襲う。


 外からだ。


 外からパーティー会場へ何かを食らったんだ。


 『新手か?!』

 『いえ、アレは......』


 そして場に居た全員が目にする。


 パーティー会場を襲撃してきたと思しき輩は実はたった一人だけで、手には鞭を携えていた。


 「あらあら。面白いことになってるじゃない」

 「レベッカさん!!」


 僕が待ち望んでいた人物――<赫蛇>のレベッカさんだ。

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