第143話 ご退場願うは僕の方?

 「おいおい。お前さん、本当に俺らを相手にやる気かよ」

 「......殿下、僕から絶対離れないでください。今から賊を倒しつつ、<4th>の相手をします」

 「......ありがとう」


 皇女さんから心の籠もったお礼を頂戴したことで、僕のやる気は一入となった。


 現在、後方に不特定多数の闇組織の輩、前方にはその組織の幹部の男、と挟まれている状況にある僕らは、なんとかしてこの窮地を乗り越えようと思考を巡らせていた。


 いや、もう作戦は決まっている。


 「僕が皇女さんを連れてあの扉へ向かうから、二人は賊の相手と扉付近に到着したらそれを破壊して」

 『は? 鈴木一人で<4th>の相手できるのかよ』


 「......わからない」

 『あ、あのなぁ......』


 魔族姉妹が今も尚増え続ける一方の賊たちの相手をする。そして僕が<4th>の相手をする。


 何も考えなしで提案したことではない。それが一番時間を稼げると思ったからだ。


 『苗床さん、配分の理由を聞いても?』

 「まず魔族姉妹ふたりなら少し離れた位置でも魔法陣を展開できる。だから広範囲で敵の相手をしてもらいたい」


 『んで? おめぇーだけで一番危ねーやつの相手をする理由は?』

 「僕なら二人の魔闘回路を使うことができるから、二属性攻撃が可能ということと、身体の支配権は僕にあるから自由に動けることだね。それに――」


 そして僕は少し離れた先、余裕そうにニタニタと笑みを浮かべる<4th>に向かって拳を打ち込んだ。


 「【固有錬成:力点昇華】ッ!!」

 「っ?!」


 正拳突きほど整ったかまえではないが、放った拳が起こした風圧で、<4th>の立ち位置を僅かに後方へ移された。


 つまり、トノサマゴブリンが使っていた【固有錬成:力点昇華】は肉体を強化して接近や打撃を得意とするだけではなく、威力は劣るが暴風なんかで間接的に攻撃することも可能なのだ。


 そしてこの【固有錬成】はどういうわけか、僕だけが使用可能であって、同じ身体に寄生する魔族姉妹には使えない。


 「すげぇ、威力だな。こりゃあ食らったらただじゃ済まねぇわ」

 「......僕にはこれもあるからね。だから二人には悪いけど、怪我したときや、鉄鎖が欲しくなったら優先してやってほしい」

 『んま、この配分が無難か』

 『そうと決まれば早いとこ、賊を狩りますよ』


 姉者さんがそう言った後、さっそく僕らを襲ってきた輩を妹者さんと姉者さんたちがそれぞれ魔法を放って撃退していった。


 地面に浮かんだ薄浅葱色の魔法陣は氷属性攻撃を。


 宙に浮かんだ唐紅色の魔法陣は火属性攻撃を。


 ほぼ同時に、僕と皇女さんの後ろに居る賊どもに襲いかかった。


 無詠唱&ノールックでオールレンジ攻撃。周りの連中からしたら、僕がした行為はそうして見えるはず。


 そんな光景を目にしたからか、周りの賊は先程よりも勢いを失くしていった。


そしてそのうちの一名が、幹部であり上司でもある<4th>に対して不安の声を漏らした。


 「り、リチャードさん、この黒髪のガキ......あの<屍龍殺し>じゃないですか?」

 「あ? ああ、そういえば今噂になっている奴かもな。で?」


 「......え?」

 「だからなんだよ? 殺せよ。それがお前らの仕事だろうが」


 「い、いやでも、<屍龍殺し>ってたしか死なないんじゃ......」

 「だーかーらー。それがなんだって言うんだよ。なに、お前仕事放棄すんの? 俺がお前を飛ばすぞ?」

 「ひッ?!」


 <4th>は下っ端に対してそう言い放った。僕らを攻撃すれば死ぬ。しなくても<4th>の【固有錬成】によってどこかへ転移させられる。


 同情する気は起きない。自業自得だね。


 すると連中は後者の方が怖かったのか、覚悟を決めてこちらを襲ってきた。


 「殺せッ!!」

 「数で押し切れッ!!」

 「行けぇええ!!」


 十数人、一斉に得物や魔法を展開して向かってきた。


 しかしその誰もが有象無象に過ぎなくて、魔族姉妹の魔法攻撃で屍と化していく。


 「おうおう。すげぇな」

 「余裕そうですねッ!!」


 そんな中、僕だけは意識を常に目の前のオールバック男へと向けていた。


 未だ転移していない奴に向けて【螺旋火槍】を放つ。


 しかし相手は容易くそれを避けて、手のひらにサッカーボールほどの大きさの岩石を生み出した。


 「【土築魔法:土石砲】」

 「くッ!!」


 勢いよく放たれた岩石は、一直線に僕の方へ飛んでくるが、即座に生成した【紅焔魔法:双炎刃】で切り落とす。


 「隙だらけだなぁ!!」

 「っ?!」


 しかし先の攻撃はブラフだったらしく、気づけば目の前に<4th>が居て、手にしていた短剣を僕の喉元に突き刺さんとしていた。


 「はは! 首を刎ねられても生き返られんのか?! えぇ!!」

 「がひゅ」


 僕の喉に突き刺さった短剣は、奴が横に腕を動かすだけで首を今にでも飛ばせることだろう。


 そんな僕の死を嬉々として、こちらの表情を窺いながら下卑た笑みを浮かべる奴の性格はクソ野郎のそれであった。


 だから僕は――嗤うことにした。


 『【凍結魔法:螺旋氷槍】』

 「っ?!」


 突如、僕の後方から<4th>の死角を突くようにして、螺旋状の氷槍が僕を貫きながら眼前の敵を襲った。


 勢いよく僕の胸を貫通した後、その矛先は回転力を失うこと無く、奴の肩を掠めた。


 本当は姉者さんは敵の心臓を狙ったのだろうけど、異変に逸早く察した相手が身を捩って急所を外したのだ。恐ろしい勘の持ち主である。


 その後、<4th>は【固有錬成】を発動して僕から距離を取った。


 「チッ。自分ごと串刺しにするとかイカれてんのか」


 肩の傷口を手で押さえながら、<4th>は悪態を吐いていた。


 ふむ、やはり初見に限っては、僕らの“心中アタック”は有効みたいだ。


 相手は野郎だけど。


 ちなみにさっきの攻撃は僕自身が狙ったものじゃない。常日頃から魔族姉妹には、僕ごと相手を殺せるならやっていいよ、と許可している。


 まさかあそこまで容赦ないとは、嬉しいようで嬉しくない心境だったな。


 無論、僕は妹者さんのスキルで容易く完治できるから無問題である。


 「怪我するなんて久しぶりだわ」

 「え、それが怪我のうちに入るんですか?」


 「っ?!」

 「あ、いや、すみません。大した怪我でもないのに、怪我というには大袈裟かなって」


 「......。」

 「なんというか、ほら、それって“ささくれ”みたいなもんですし(笑)」


 煽る。煽って煽って煽りまくる。


 状況が良くなるかわからないけど、腹癒せに煽ってもいいじゃないか。


 もちろん、肩に槍が掠めたんだ。どっからどう見ても怪我だろう。それをわかった上で煽ってみた。


 僕は妹者さんのおかげでどんな怪我も完全回復できるから余裕な表情を浮かべられるけど、常人はそうじゃないもんね。


 常人は(笑)。


 その意味合いが相手に伝わってしまったからこそ、目の前のオールバック男は顔を真っ赤にしているのだ。


 「マジで飛ばしてやんよ」

 「下がって!!」

 「っ?!」


 僕は皇女さんにそう叫んで、彼女と一緒にパーティー会場の出入り口へ向かった。


 目的は二つ。


 まず一つ目は、貴族連中を助けつつ、会場の出入り口となる扉を閉じてから破壊し、続々と入ってくる賊共の増援と断つこと。


 そして二つ目は――


 「【凍結魔法:双氷刃】!!」

 「っ?!」


 死角から現れた<4th>がまたも僕に近づくべく、大きく一歩を踏み出した。


 やはり対象の近くに転移するのに距離制限でもあるのか、決まって転移してきた場所は、僕と一定の距離がある地点だ。


 僕らが走り出したのも理由はある。転移&攻撃してくる相手だ。止まっているなんて、奴からしたら良い的にしかならない。


 そして先の制限おくそくと組み合わせれば、必然と<4th>が攻めて来れる場所は僕らの前方くらいだ。


 僕らの後方に転移しても、一定の距離がある上に僕らが離れていく一方だから、攻撃の命中率が下がるからね。


 「ちぃ!!」

 「はは! ざまぁ!!」


 <4th>は事が上手く運ばなかったことに苛立ちの表情を見せた。


 僕らに接近したが、やはりこちらのオールレンジ攻撃が厄介なのか、すぐさま飛んで距離を取った。


 できればそこを見逃したくなかったのだが、貴族連中を助けるため、賊の中に突っ込んでいる行為も並行しているから、みすみす奴を逃してしまう。


 が、道中、魔族姉妹が絶え間なく賊共を屠っていくことはできた。


 そんな僕の偉業を目にした貴族連中が、口を開いた。


 「助かった!」

 「やるな、若者よ」

 「すごいじゃないか! さすが殿下の護衛だ!!」

 「こっちに来て応戦しろ! 互いに背中を預けるんだ!!」


 うお、どんどん集まってくる。


 正直、<4th>の相手をメインとしてる僕にとっては邪魔なことこの上ない。


 まぁ、この時だけでも味方になってくれると思えば、少しは心強いか。


 「ま、マイケル」

 「大丈夫です。安心してください。レベッカさんもそのうち来ますから」

 「う、うん!」


 皇女さんが不安げな眼差しを僕に向けてきたので、とりあえず確信はなくても安心させるようなことを言っておく。


 <4th>はそんな僕を見ながらニヤついていた。


 「そうえいばレベッカも護衛らしいなぁ。こっちにはそう早く来れねぇと思うがよ」

 「? それはどういう――」


 「ま、その前にお前は俺によって飛ばされるから気にすんな」

 「っ?!」


 次の瞬間、<4th>は姿を消した。


 気づいたときには遅く、それは今までにないくらい奴との距離が短い転移だった。


 そして気づかされる。


 先程までの、『転移先は対象との一定距離ができる』という事実がだったということ―――。


 「お前みたいなちょっとばかし賢い奴は楽でいいわ」

 「っ?!」

 『やべ?! 鈴木――』

 『苗床さ――』


 突如として眼前に現れる<4th>。


 奴の手は僕の胸に触れていた。


 奴が口にしてた“飛ばす”の意味は言うまでもなく――転移。それが僕にとっては未知の場所であり、危険地帯かもしれない。


 “接触”。十中八九、強制転移の条件が、今この瞬間満たされてしまった。


 僕は奴から離れようと慌てて後方へ飛ぼうとする。


 しかし間に合わない――。


 「なんたって、こっちの不便を都合良く解釈してくれるからなぁ!!」


 視界の端、皇女さんと目が合う。


 彼女の顔は<屍龍>戦のときを思わせるほど、絶望に染められていた。僕に向けて手を差し伸ばすが、僅かばかり距離が足らない。


 ああ、ごめんなさい。どうやら僕は......ここで退場みたいです。

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