第142話 低俗か綺麗事か

 「殿下ッ!!」

 「きゃッ」


 僕は後方に居る皇女さんを突き飛ばした。できるだけ怪我はさせないように、加減はしたつもりだけど、彼女は盛大に腰から転んでしまった。


 そして僕が彼女を突き飛ばすために伸ばした手が、そこから肘にかけて火の球が着弾した。


 「ぐぅ!」

 『【祝福調和】!!』


 ゴオと肉が盛大に焼ける音がするが、それも束の間のことで、すぐさま妹者さんが【固有錬成】を発動させて鎮火と完治が済む。


 「おおー、よくわかったな。つうか、すげぇ高速回復」

 『【凍結魔法:氷槍】』

 「うおッ?!」


 僕の治癒能力に関心してた相手は、無詠唱で放たれた氷の槍に驚きつつも、身を捩ってこれを回避した。


 そのまま僕らから距離を置くようにして、身軽にも離れていく。


 くそ。マジで瞬間移動しやがった。そんでもって皇女さんを狙いやがった。


 それをわかったから、奴が姿を消した瞬間に僕は皇女さんを突き飛ばしたんだ。でないと、皇女さんは今頃、少し離れたところで火達磨と化した侯爵と同じ羽目になる。


 今さっき近づかれた距離は2メートル程だ。奴が腰に携えている短剣を抜いて、刃の届く範囲で皇女さんの傍に転移しなかったのは、転移先に条件を満たさないといけないからか?


 そもそも、連続して【固有錬成】を駆使してこないのは、次の発動までに一定時間置く必要があるから?


 くそ。なんなんだ、<4th>の【固有錬成】の発動条件は。


 「おいおい。こっちばっか気を取られていいのかよ」

 「っ?!」


 僕は慌てて皇女さんの方へ振り返った。すると彼女の傍らには、下卑た笑みを浮かべた闇組織の輩が数名近づいていたことに、今更ながら気づいた。


 「うっしゃあ! 報酬は俺がいただくぜッ!」

 「俺だァああ!」

 「あ」


 皇女さんは僕よりも遅く、近づいてきた輩の存在に気づいて間の抜けた声を漏らす。次の瞬間には自身が殺されることを察したのだろう。


 ろくに抵抗できない彼女は、そのまま理不尽な死を受け入れよう連中を見ていた。


 しかし、


 「【力点昇華】!!」

 『【紅焔魔法:閃焼刃】ッ!』


 僕の対処の方が、その死よりも速かった。


 利き足に力を込めたと同時に発動した【力点昇華】で、至近距離でも瞬時に移動し、その間に妹者さんが【閃焼刃】を生成して、横に一線、賊共を一撃で屠った。


あ、危なかった。


 「隙だらけだな!」

 「っ?!」


 すると背中から何かを突き刺され、僕の胸からその先端が姿を見せた。


 鋭利なそれは、<4th>が腰に携えていた短剣だと察する。


 刺されるまで見ていなかったから過程はわからないが、僕に【固有錬成】で接近して刺しただけだろう。


 奴は突き刺した短剣をぐりぐりと動かして、こちらに熱のある激痛を与えてきた。


 「が、あぁ」

 「はは。護衛のお前、冒険者か? 戦い方が騎士には見えなかったが、良い動きしてたぜ―――うおっ?!」


 奴は僕の足元付近に生成された魔法陣に気づいて、すぐさま距離を取った。


 その後、間髪入れず姉者さんが発動させた【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】が奴を襲うが、既に回避行動を取った男には意味を成さなかった。


 そしてその回避行動と同時に、粗雑に引き抜かれた短剣が作った傷口から、血がドバドバと流れ出す。


 それを未だに尻もちをついている皇女さんに掛けてしまった。


 「ま、まいけ、る......あなた」

 「だい、じょうぶ、です......から」


 位置的に心臓付近を貫かれたけど、これも瞬時に妹者さんが使ってくれた【祝福調和】により、完治する。


 痛みが少しだけ違和感となって胸に残るけど、まぁ、いつものことだし、慣れてきたかな。


 皇女さんは僕の様子を見て、若干だが僕が無事なことによる安堵の色を見せた。しかし相変わらず強張った様子で立ち上がれそうにない。


 『しっかしやべぇな。油断ならねー瞬間移動し放題の敵に加えて、周りには増えてく一方の賊も居るしよぉ』

 『苗床さん、外に出ましょう。どっから敵が襲ってくるかわからない以上、賊まで相手にしていたらジリ貧もいいとこです』

 「だね」


 僕は短くそう答えた。今はまだ他の貴族連中が賊の相手をしているからマシだけど、数の面ではまずこちらが圧倒的に不利だ。


 ならば今のうちにこの場を離れて、<4th>だけの相手をした方がまだマシだ。


 そう思って、僕は皇女さんにまず立ってもらうよう言った。


 決して<4th>から目を離さないように。


 「殿下、ここから外に出ます。ついて来てください」

 「え?」


 「【合鍵】を使って奴らはあの扉から侵入してきています。おそらくレベッカさんも外から入ってここに来ると思いますが、それなら外で一緒に合流した方がいいです」

 「で、でも」


 「いいですか、僕らが相手しているのはただの賊じゃないです。神出鬼没の<4th>です。情けない話、あなたを守りきれるかも怪しい」

 「......。」


 黙り込んだ彼女をチラッと見た僕は、皇女さんが何か言いたげな顔になっていることに気づく。


 そして物言わぬ代わりに、視線を今も襲われている貴族連中に向ける。


 ......もしかしてだけど、この場で戦っている貴族たちを気にしているのだろうか。


 「殿下」

 「わかってる。......わかってるわ。護られている立場の私が口を挟むのはおかしいってことくらい」


 「......。」

 『おいおい。冗談じゃねーよな。中にはてめぇーの命を狙っていた貴族だっているかもしれねぇーんだぞ』

 『いくら真っ当な貴族もいるとは言え、自分の命の方が大切でしょうに』


 そうだよ。全く以て魔族姉妹の言う通りだ。


 未知の【固有錬成】を持つ敵が目の前に居るんだ。こんな多勢に無勢な状況、すぐにでも脱する方が良いに決まってる。


 だから皇女さんの期待には応えられなくて、無理矢理にでも連れて行かないといけない。


 「誰かッ!! 誰か助けてぇ!!」

 「お父様! 死なないでください!」

 「おい、そこの女は売れそうだ! 傷付けずに連れて行け!」

 「いやぁあああ!」

 「貴様らぁあ!!」

 「時期に兵がやってくる! それまで堪えろッ!!」

 「ぎゃははは! 来やしねぇーよ!!」


 ほぼ蹂躙に近い戦況になってきたのかもしれない。


 段々数の力に押されて、対抗してきた貴族連中に勢いがなくなってきた。


 それどころか妻子を人質にされて抵抗できなかった者も見受けられる。


 無論、賊は闇奴隷商から派遣された者もいるだろう。だからその生業として女性や子供は商品として連れて行かれる。


 ここで死ぬか、この先苦しんだ後に死ぬかの二択を突きつけられたんだ。高貴な身分の貴族たちが顔色を恐怖に染めるのも無理はない。


 「殿下、早く――」

 「ま、マイケル」


 皇女さんに一刻も早くこの場を離れようと催促した僕だが、彼女が僕の偽名を口にしたことでそれは阻まれた。


 彼女はパーティー会場の惨状を見渡しながら呟く。


 「私はあのとき......死を覚悟したとき、あなたに助けられたわ。護衛の兵が私を置いて逃げて絶望しか感じなかったあの時よ」

 「で、殿下?」


 すると皇女さんは力強く立ち上がった。しかし未だに震えを隠せていない様子は、強がりにも見えた。


 「裏切られるって、すごく辛いのよ。もう何度味わってきたかわからないけど......慣れはしないわ」

 「......。」


 震えた声で語られる彼女の思いは、いったい過去に何があったのだろうと思わせるほどである。


 いくら恐怖に染められても、彼女は瞳に涙を浮かべて怯えながら、僕を見つめて言ってきた。


 「ま、マイケルならどうにかできないかしら? 私は......裏切る立場には絶対になりたくないわ」

 「『『......。』』」


 裏切られても、裏切りたくない。


 その束縛にも似た思いが、皇女さんをこの場に踏み止まらせていた。至極真っ当な意見で、彼女にとっては捨ててはならないなんだろう。


 そうであったとしても、僕は――


 「状況......わかってますか? あなたがいつ殺されてもおかしくない状況なんですよ。そして僕はを護る義務がある。だから――」

 「それでも!!」


 皇女さんは声を荒らげた。


 「......助けてほしいときに、助けてもらえないのは......すごく辛いの」


 そして俯きながら、悲痛な訴えを僕にぶつけた。


 ぽろぽろと瞳に浮かべた涙を溢しながら。


 彼女が何を思って踏み止まっているのか、僕には分からない。


 ただこの場から逃げたくなくて、一人でも多く助けてほしいと強く願っていることだけはわかった。


 『かまうことはねぇー。鈴木、無理矢理にでもこのガキを外へ連れてけ』

 『ええ。なんなら【睡眠魔法】でも使って――』

 「......賊を相手にしたら、どれくらい時間がかかる?」


 『『......。』』


 僕の返答に、魔族姉妹は黙り込んでしまった。おそらく僕が考えていることを察したのだろう。


 それで伝わってしまうものだから、付き合いは決して長くないのに、お互いをよく理解していると言いたい。


 『おいおい。本来の目的はこのガキさえ護ってればいいんだぞ』

 「うん。でも僕は叶えたい」


 『あのですね、この状況は逃げ切れるかも怪しいんですよ?』

 「うん。でも僕は叶えたい」


 『『......。』』


 再度黙り込む二人。


 たぶんだけど、僕はかなりの頑固者なのかもしれない。


 二人になんと言われようとも、僕がしたいことを一度口にしたら中々曲げないことは、今までの生活でわかり切っているはずだ。


 だから二人に頼む。いや、頼むことしかできなかった。


 『......マジでやる気か?』

 『はぁ。苗床さんはこうなったら梃子でも動きませんよ』

 「......ごめん」


 いつだって二人の力を借りて、修羅場を乗り切ってきた。


 乗り切って、強くなって、一歩ずつ成長していった。


 今回もそうだ。なんら変わらない。


 「僕らの進む道に......は不要だ」

 「ふ、じゅんぶつ?」


 たとえそれが低俗と思われても、綺麗事と言われても貫かなければならない。


 「女の涙は要らないってことです。......さ、護るよ、二人とも。皇女さんも、貴族たちも」

 『かッー! 童貞だと格好良いのか悪いのかわかんねーな!!』

 『これも経験と見て協力してあげますか』


 美少女からの期待――それこそが、僕の愛して止まない原動力となっていたのだから。

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