第141話 <4th>
「あら? あらあら?」
女傭兵レベッカはパーティー会場の入り口の扉の前で困っていた。
ブロンドヘアーの髪を左右に揺らして困っていた。
先程、皇女であるロトル・ヴィクトリア・ボロンの暗殺を試みた男性使用人を気絶させて、外へ運んでいた彼女は、それを済ませた後に再び会場へ戻ろうとしたが、それがどういうことか、扉の先が無かった。
木製で高級感のある両開きの大きな扉。そこから出てきたのに、逆ができない。
会場に入ろうと再び扉を開いたら、壁で塞がれていて先へ勧めないのだ。
レベッカはその壁に、ぴたりと自身の片手を当てて擦る。
「これは......本物の壁ね」
手に伝わってくる感触は冷たい石の性質を思わせる硬さのみ。それが扉の上から下、左右の端にまで広がっているのである。
まるでここから先に部屋など存在してなかったかのように、扉という木製の板が飾りのように、壁だけしか存在していなかった。
「どう考えても襲撃よね......」
レベッカは困っていた。
この壁、壊してみようかしら、と思うも、今は武器である鞭が手元に無い。
会場周囲で辺りの警戒を行っている騎士に預けているのだ。何かあったらすぐにそれを使えるように、と預けた次第である。
それにこの壁を本当に壊せるかもわからない。
おそらく、いや十中八九、この仕業は闇組織の【合鍵】を利用した現象。まさかどこへでも出入りできる【合鍵】の能力の裏側がこうなっているとは、予想もしていなかったレベッカである。
「困ったわぁ。そうなるとロトちゃんが襲われているってことよね......」
一言で済ませるなら、バッドタイミング。
まさかちょっと席を外したその瞬間に襲撃を食らうとは思わなかったレベッカである。
ただ彼女が焦りの色を見せないのは、単純に皇女の傍には護衛として鈴木が居るからだ。
鈴木ならば最悪でも時間稼ぎくらいはできる。むしろ鈴木のレベルでそれが成せないのなら、武器の無い今のレベッカでも勝てるかどうか怪しいところだ。
その程度には信頼を置いているレベッカである。
「......外から回り込んで見ようかしら?」
どちらにせよ、異常事態には変わりない。
まずは護衛騎士に預けた
そう段取りを考えながら、レベッカは動き出した。
「スー君、ファイト!」
未だ壁のままのそこを見つめながら、握り拳を作って誰に聞かせるでもない声援を送るレベッカであった。
*****
「んなら話は早ぇ。隣に居るガキを寄越しな。でねぇと......飛ばすぞ?」
相手は僕を覚えていないのか、上から目線の物言いでそんな言葉を放ってきた。
飛ばすぞ......ね。目の前のオールバック男は闇組織、<
そして【固有錬成】持ちであり、その内容は瞬間移動。それも長距離転移も可だった。厄介なことこの上ない。
正直、マジでどう対処したらいいのかわからない相手だ。
「誰か!! 誰か助けてッ!!」
「女は残して男は殺せッ!」
「久しぶりのお楽しみタイムだぁ!」
「ちぃ! 賊の分際でぇ!!」
「殺せ殺せッ!!」
「妻だけは! 妻だけは見逃してください!!」
後ろでは阿鼻叫喚とした光景が広がっている。
侵入してきた闇組織に属する者たちはまだ十数名程度だが、【合鍵】によって奴らの拠点とこの会場が繋がっている以上、おそらく増えていく一方だろう。
対して襲撃を受けた貴族たちは、助かりたい一心でこの場から逃げる者も居れば、貴族としての矜持か、対抗しようという者も居る。
またこのパーティー会場に妻子を連れてきた者も居るらしく、身内が殺されたり、窮地に立たされたりで聞くに堪えない声が飛び交っていた。
いくら実力のある貴族が居たとしても、敵は戦闘慣れした連中ばかりだ。ジリ貧だろう。
そんな状況だからか、会場の出入り口から比較的に離れた所に居る僕らでも、皇女さんがその惨状を気にして怯えている。
僕の服の裾をぎゅっと掴んで、そこから彼女が震えている様子が伝わってきた。
「ま、マイケル。あの男って......」
「<
「そこまで知ってるのか。会ったことあるっけ?」
まずいな。皇女さんを庇いながら戦闘することになる羽目になるとは。
ここの連中は全員頼れないし、レベッカさんもさっき気絶させた使用人を外に運ぶため外へ出た。
あの出入り口......【合鍵】の機能を考えると、閉じさえすれば能力は解除できるはずだ。でもそれを安々とできたら苦労はしない。
『苗床さん、相手の【固有錬成】は厄介ですが、必ず発動条件や制限が存在します』
『転移にビビんなよ? 楽観視はできねぇーが、そう美味い話もねぇーのさ』
「ん」
僕は魔族姉妹の語りかけに短く返答して、皇女さんに指示を出した。
「殿下。僕から絶対に離れないでください」
「わ、わかったわ」
話のわかる人で助かる。
奴の転移の発動条件や使用、効果の制限が未知な以上、皇女さんと離れたところを狙われては危険だ。
「おいおい。もしかしてやり合う気か? お前、俺のこと知ってんだろ?」
「ええ。厄介な【固有錬成】ですよね」
「なら――」
「でも護らないといけないので」
「チッ。面倒くせぇ」
「僕のセリフですよ」
時間稼ぎでなんとかならないかな?
というか、あの開けっ放しの扉の先は闇組織の拠点だよね?
そうなると会場の外に居るレベッカさんって、その扉からこっちに入れなくない? 別空間と繋がっているんだし。
......マジ?
い、いやまぁ、外からなら入れるみたいだし、異常を察したレベッカさんなら、回り込んで来てくれるでしょ。
「リチャードぉ!! これはいったいどういうことだッ!!」
「あ?」
すると不意に、パーティー会場のステージの階段からこちらに向かって降りてくる人物が居た。
その者は整えられた白い髭を生やしているのだが、鬼の形相でその髭を逆立たせていた。
このパーティーの主催者、オッド・フォールナム侯爵その人である。
また彼の傍らにはご子息のジンク・フォールナムも居た。
さっきまでこの会場で飲んだくれていたと思ったが、いつの間にか親の下へ向かっていたらしい。今は顔を真っ青にして酷く怯えている様子だ。
まぁ、自分んちに侵入者が居たらビビるよね。
「お。オッドの旦那か」
「どういうことだと聞いている! 私の領内では襲撃しない話だろう?!」
「ああー、それが予定が変わっちまってよ。そこに居る皇女がかなりやべぇ存在だと情報が入ってな。」
「で、殿下がか?」
フォールナム侯爵は皇女さんの姿を見て、何かの聞き間違いかと耳を疑った顔つきになる。
僕も<4th>が言った言葉の意味が理解できなかった。たしかに皇女さんは皇帝の一人娘で、それなりに権力はあるはずだ。
だが、それ以外は特に危険視する必要がない。いくら闇組織の拠点を部下に指示出して潰していたとしても、だ。
皇女さんの何がヤバいって言うんだ?
「......。」
「殿下?」
ちらりと彼女を見やれば、皇女さんは思い当たる節でもあるのか、顔を真っ青にしていた。
「ま、とりあえずヤバい芽は今のうちに摘まなきゃな」
「お、おい。だからこの場で襲撃は許さんと――」
「うるせぇな」
すると<4th>は、ろくに見向きもせずに手のひらを侯爵に向けて、火球を放った。
咄嗟のことで反応できなかった侯爵は、それが着弾し、瞬時に火達磨と化した。
「あああァァあああぁぁあ!!」
「ひぃ?! ち、父上!! 誰か誰か父上を!!」
傍らで尻もちを着いたジンクが、燃え盛る炎に身を包める父から離れつつ、助けを呼んだ。
顔面蒼白で、父親が生きたまま焼かれている様子を眺めているだけの息子にしか見えない。
しかし、侯爵の息子の呼びかけに応じないのか、それとも応じれないのか、身内の者すら駆けつけて来る者はいなかった。
ま、侯爵がどうなろうと僕には関係無いし、少なくとも皇女さんを罠に嵌めようとした敵なんか助けている余裕はないから放置だけど。
「んじゃ。恨みはねぇけど、死んでくれや」
そう言って、<4th>は醜悪な笑みを浮かべながら姿を消した。
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