第140話 守ることにする

 「ったく。護衛が主人に恥をかかせてどうするのよ」

 「すみません......」


 僕はパーティー会場の外、バルコニーにて皇女さんに叱られていた。無論、この場には誰もいないからできるお説教タイムである。


 原因は僕の言動のせい。皇女さんに毒料理を食べさせまいと、何も知らなさそうなご令嬢が持ってきた毒料理を断ったのだ。


 特に断った理由が最低極まりないのである。皇女さんの女としての尊厳というか、色々とデリカシー皆無な発言をしてしまった。


 結果、皇女様を護ることはできたが、こうして彼女はお怒りなのである。


 いや、僕も悪いと思うけどさ、命には変えられないよね。うん。


 「はぁ。これじゃあどっちにしろ食事できないわね」

 「別腹って感じで、スイーツの一つくらいなら大丈夫じゃないですか? いて?!」

 「あなた、本当に反省しているのかしら?」


 してますとも。


 「それにしても、なぜあのとき受け取った料理を口にしようとしたんですか?」


 僕は話題を切り替えるべく、気になったことを皇女さんに直接聞いた。


 なぜあのとき......ご令嬢が手渡してきた料理を食べようとしたのか、と。


 僕は毒だと伝えたはずなんだけど。


 立場を逆転させるつもりはないが、護衛として少しくらいは注意しようかなと思った僕の雰囲気を察して、彼女はもごもごとはっきりとしない物言いで語った。


 「の、飲み込まなければ大丈夫かなって。後でペッてすれすれば......ね?」

 「......。」


 この子、自分から恥かきに行ってない?


 まさか高貴なる皇女様の口から、ペッてする、なんて品の欠片も無い発言を聞くことになるとは。


 毒は口に入れた瞬間、体内に取り込んだようなもんですからね。


 思わず僕はジト目で皇女さんを見てしまった。すると魔族姉妹から声が上がった。


 『しっかしあの毒料理の量半端なかったなぁー』

 『おそらく便利な毒草、“オカシクナリ草”を盛ったのでしょう』


 なにそのふざけた名前の毒草。


 『ああー、少量でも摂取すれば十日前後で死ぬっていう毒草か』

 『ええ。そのくせ、“モドリ草”というその辺で入手できる毒草で容易に中和できますから、便利と言わざるを得ません』


 『でもオカシクナリ草って、ここいらじゃ手に入るもんじゃねぇーぞ』

 『それは私たちが健在だった頃の昔の話でしょう? まぁ、栽培方法を知っている人間が居ることに驚きですが、決して不可能ではありません』


 ちなみに姉者さんが言う“便利な毒草”というのは、オカシクナリ草が死に至るまで苦しむ時間がほんの数時間程度だからだ。


 症状が発生する十日前後より以前の段階では無症状と言っていいほど、身体に違和感が無いらしい。


 だからもし症状が発覚したら、モドリ草を摂取しないといけないわけで、ある意味、時限爆弾のような代物とも言える。


 『鈴木、とりあえずその姫さんに伝えとけ』

 「殿下、料理や飲物に含まれている毒は、オカシクナリ草っていう毒草が混入しているみたいです」

 「なにそのふざけた名前」


 僕に言われても。


 でも皇女さんも僕が冗談を言っているとは思っていないのか、続きを聞くことにしたみたい。


 ただその代わりにとても疲れた様子で深い溜息を吐いた。


 僕は魔族姉妹から伝えられたことを、そのまま皇女さんに伝えた。


 「ふーん? といことは、そのモドリ草を何かしらのかたちで摂らせる気なのね、私以外に」

 「おそらく」


 でないと大量殺戮になるからね。


 なので、あの無邪気なご令嬢さんも、どっかしらでモドリ草が混入したものを飲食させられることだろう。


 「要は口にしなければいいし、口にしてもモドリ草でどうにかできるのよね?」

 「ええ。だからって食べないでくださいよ。毒の正体に憶測が立っただけですので」


 「わかってるわよ。さて、そろそろ戻りましょ」

 「はい」


 こうして僕らは再びパーティー会場へ戻っていったのであった。


 戻ると近くにレベッカさんがシャンパン片手に料理を楽しんでいる光景を目にした。


 ドレス姿も手伝って、普通に女性貴族にしか見えない彼女である。


 「んん〜。どれも美味しいわぁ」

 「「......。」」


 そんな彼女を見て、僕と皇女さんは目を細めてしまった。


 たぶん思ったことは一緒だと思う。


 こいつ、楽しんでんな、と。


 僕に仕事押し付けといて、一人でパーティー楽しむとか良い性格してるよ。それにレベッカさんのことだから、どれだけ毒料理を口にしてもオカシクナリ草程度じゃ意味が無いんだろうし。


 『鈴木、視線を向けるなよ。左後ろの女』

 「?」


 すると不意に姉者さんから声を掛けられた僕は、直接はそちらに振り向かず、意識だけを向けた。


 少し離れたところから僕と皇女さんとの距離を縮めるべく、静かに歩み寄ってきた者が居るのを察した。


 『右手に針を持ってやがる。毒針だな』

 「マジすか......」


 おそらくその毒針で皇女さんの死角からぷすりと殺る気なんだろう。平静を装って暗殺とか良い根性してるよ。


 侯爵さん、そんな大胆な行動しちゃって大丈夫なのかね。


 もし皇女さんに何かあったら、皇帝に睨まれて即処されちゃう気がするんだけど。


 さて、どう対処した方がいいものか......。


 皇女さんにこのことを伝えるべきなんだろうけど、さっきのバルコニーで見せた疲労に満ちた顔から、余計に精神的な負担を増やすのも躊躇われる。


 僕が彼女に知られず、未然に防げばいっか。


 僕は右側付近のテーブルにあるマカロンを指差して、皇女さんに言った。


 「殿下、そこのマカロンは毒無いですよ」

 「え、そうなの?」


 そして彼女がマカロンの方へ振り向いた瞬間、僕は小声で呟いた。


 「【固有錬成:力点昇華】」


 利き足に力を込めて発動したことで、馬鹿みたいな一飛びをし、一瞬で件の女使用人へ近づくことに成功する。


 「っ?!」

 「悪いけど、ちゃんと受け身取ってね。――【力点昇華】」


 再度、右腕に力を込め、【力点昇華】を使用して、跳ね上がった膂力を活用する。


 ろくに反応できなかった相手は、僕に胸倉を捕まれ、外へ通じるバルコニーへ向けて、その身を勢いよく投げ飛ばされた。


 できるだけ痕跡を残さないためにお外へ放り投げたのだ。


 受け身ができなかったら、常人だと着地か何かにぶつかった拍子に即死するだろう。


 でなかったとしても、たぶん僕の動きに反応できなかったくらいだから実力は無いはずだし、大怪我は確定だ。


 『お前、もう【力点昇華】を使いこなせてんのか』

 「ああ、たしかに」

 『か、確信なかったのかよ......』


 ご、ごめん。なんか上手く使えそうな気がして。


 でも実際、思った通りに身体を動かせたし、問題無しってことで。


 もちろん、魔法を使ったら魔力を感知されて目立ってしまう恐れがあるので、魔力に起因しない【固有錬成】を使ったのだ。


 もう今更な気がしてきたけど。


 「び、びっくりしたわ。って、あなたいつの間にそんな所まで......」


 皇女さんは突風でも食らったのかと言わんばかりに、少し御髪が乱れていた。


 僕が【力点昇華】を使った際に起こした風圧のせいだろう。数メートル先とはいえ、かなり勢いよく飛び出したからな。


 皇女さんはマカロンを盛った皿を片手に、そんな僕の方へ近づいてきた。


 どうやら僕が密かに【力点昇華】を使ったことに気づいていないみたい。きっとバルコニーから吹き込んできた強風とでも思ってくれているのだろう。


 「すみません、金貨が落ちてたのでつい」

 「き、金貨? あのねぇ......。護衛なんだから主人の傍から離れないでくれるかしら」

 「ごめんなさい」


 僕は反省の意を示すべく、皇女さんに向けて頭を軽く下げた。


 そして頭を上げた瞬間、皇女さんの後ろに居る者が視界に入った。その者はこちらをじっと見つめて捉えている。


 男性の使用人だ。別に格好はおかしくない。


 ただ――


 『吹矢だぁ?!』


 そう、手にしていたのは、あの吹矢なのだ。


 短めの筒を口にして、その小さな出口を皇女さんに向けている。


 いや、吹矢って!! いつの時代だよ?!というかここで?!


 「失礼しますね!」

 「っ?!」


 僕は皇女さんの頭の後ろに手を当てた。


 まるで彼女の美しい金色の髪をそっと撫でるように。


 無論、それは相手が次の瞬間に飛ばしてきた矢を、僕の手の甲で防ぐためである。


 相手も僕の対応に予想できなかったのか、そのまま吹矢を放ってきたのだ。


 若干、吹矢の軌道がやや下であったため、僕もそれに応じて手を下にずらす。


 ぷす。


 僕の手の甲に鋭い痛みが生じたが、それよりも見事に防げて何よりである。


 無論、ただの吹矢ではない。ちゃんと毒が塗られていた代物だ。


 「わわわ、にゃにを?!」

 「え? あ、すみません。さっきの風で殿下の美しい御髪にゴミが」

 「あぅ」


 皇女さんは顔をこれでもかというくらい真っ赤にして、ぼしゅんと湯気を立てている。


 なにこの子、めっちゃ可愛いんだけど。以前の暴力沙汰が霞むくらい可愛いんだけど。


 そうだよね、いくら皇女さんを吹矢から護るとは言え、奇跡的な御髪なでなでが決まっちゃったよね。


 軽々しく触れて申し訳ない。


あと女性は褒めておけば、何も気にしないという説は本当だったのか。


 「って、それどころじゃない!!」

 「?!」


 僕はすぐに皇女さんの後方、先程の刺客が居たところを見やった。


 するとそこには既に奴の姿はなかった。


 逃げられたかと思ったが、すぐ近くにレベッカさんの姿が見えたことで、安堵の息を漏らした。


 というのも、彼女の傍らには先程の刺客が気を失って引き摺られていたからだ。


 周りの貴族連中もそれを見て何があったのかとざわついていたが、それに構うこと無くレベッカさんは、刺客を連れてこの場を後にした。


 皇女さんは依然として顔を茹で蛸のように真っ赤に染めているから、そんな事態に気づいた様子はない。


 『おいおい。これ以上はマズいぞ』

 『ええ。思った以上に先方は大胆な行動を取ってきましたね』


 だね。


 今のところ、皇女さんに危害は及んでいないが、それも絶対とは言えない状況になってしまった。


 僕は皇女さんにこの場から離れることを提案しようとしたが、


 「動くなッ!! 大人しくしなければ殺すぞッ!!」


 突如、パーティー会場の出入り口の大扉から、ぞろぞろと侵入してきた者たちが現れた。


 数は十数名。どっからどう見ても、誰一人として例外なく盗賊の格好をしている。汚らしい格好や野蛮さがその外見から滲み出ていたのだ。


 いや、闇組織の連中か?


 この場に居る貴族連中は皆、顔を青くして警備の者はどうしたと騒いでいる。


 無論、会場内には警備の者は居るが、


 「ぐはッ?!」

 「な、なんでッ、あぁああ!!」


 侵入してきた盗賊の連中に呆気なく命を刈り取られてしまった。


 おそらくだが、戸惑ってしまったんだと思う。


 ここの警備兵は侯爵家に仕える者たちだ。だから予め事態の流れ、即ち闇組織と結託して皇女さんを殺害する計画を知らされていたに違いない。


 だから演技とは言え、自分たちの敵ではないという意識が警備兵の者たちにあったんだ。


 それが判断を鈍らせ、裏切られて呆気なく殺される羽目になるという皮肉な結果を生んだ。


 おいおい。ここまでして皇女さんを暗殺したいのかよ。


 「殿下、一先ずレベッカさんと合流――」


 「おおー。居た居た。おめぇーがこの国の皇女か」


 「「『『っ?!』』」」


 どこからか、聞き覚えのある声が聞こえて、僕はそちらを振り向いた。


 そこに居たのは一人の男。


 まずこの会場に相応しい身形ではないその男は、筋肉質な体躯に革ジャンを纏っていて、不敵な笑みを浮かべていた。


 ボサボサに伸ばされた長髪は等しく後ろに流され、オールバックのヘアスタイルである。


 僕はこの男と会ったことがあった。


 そしてその後に知った奴の正体は――


 「......<4th>」

 「あ? 俺のこと知ってんのか?」


 闇組織、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部――<4th>。


 「んなら話は早ぇ。隣に居るガキを寄越しな。でねぇと......飛ばすぞ?」


 

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