第139話 贅沢な毒料理
「美味い、美味いよ......」
「......。」
フォールナム侯爵家次期当主、ジンク・フォールナムの成人祝の場で、僕はご馳走にありついていた。
瞳に涙を浮かべながら。
時は遡ること、この場にやって来てから約一時間が経った頃合だろうか。
一通り貴族の挨拶を終えて落ち着いたあたりで、皇女さんは料理テーブルに置かれている豪勢な料理の下へ向かった。
いくら命を狙われている身とは言え、さすがに出されている料理に一切手を付けないと怪しまれるし、無関係の貴族たちに示しがつかない。
少量でも口にする気なのだろう。
が、
「あ、皇女さん、それ毒です」
「え? これも?」
毒が盛られているのだ。
それも一品や二品だけじゃない。地味にまともな料理もあるのだが、毒料理が七割、まともな料理が三割と言った割合の品々だ。
おそらくだが、今回の皇女さん暗殺に関わりのある貴族らは事前に話を聞かされていて、毒料理を回避するための安全な料理が用意されているのだろう。
そう考えると、これだけ料理が沢山ある中で、決まって安全な物しか飲み食いしない奴らが黒になるよね。
丸わかりじゃんね。
「......あげるわ」
「え、またですか?」
「もう皿を手にしてしまったのよ。ここで下がったらおかしいじゃない」
さいですか。
僕は皇女さんから受け取った料理を手にして、それをテーブルマナーのなっていない食し方で口の中に頬張った。
料理は生ハムみたいな薄い肉に鮮やかな野菜が巻かれたオシャレ料理である。決め手は掛けられた柑橘類のような果実の香りがするソースだ。口の中に入れた瞬間、鼻をすぅーっと抜ける爽やかな味わいがポイントだろう。
毒料理だけど。
別に舌に毒特有のピリッとした違和感とかはない。普通に美味しい。
んでもって、毒耐性のある僕には意味がない、ただの美味しい料理である。
「これ美味いです」
「あらそう。それは良かったわね。......どこかに安全な料理は無いかしら?」
僕以外に聞こえさせない声量で皇女さんが呟いた所で、不意にこちらに向かってくるご令嬢が居た。
「ごきげんよう、ロトル殿下」
「あら、ごきげんよう、ロティアさん」
やってきたご令嬢は、両手でドレスのスカートの裾をちょこんと持ち上げて挨拶してきた。
アレか、カーテシーってやつか。皇女さんがこれをやらなかったのは相手よりも立場が上だからかな?
軽く会釈するだけで、挨拶を口にするくらいだった。
また相手のご令嬢は皇女さんよりもやや年下と言ったところである。
「もう御食事はお済みですか?」
「え、ええ。まぁ、それなりには」
引き攣った笑みで受け答える皇女さんは、まだ一口も料理をしていないことに嘘を吐いたのが辛かったのか、気まずそうだ。
それを聞いたご令嬢は、珍しい料理がありますの、と言って、近くの料理テーブルからある料理を盛った皿をこちらへ持ってきた。
「どうぞ、お召し上がりくださいまし」
「え゛」
まさか愚直なまでに料理を運んでくるとは思わなかったのか、皇女さんは間の抜けた声を漏らしていた。
料理はなんかの生魚カルパッチョと思しき料理である。
皇女さんは後ろに控えている僕を見てきたので、目が合ってしまった。
僕は首を横に振った。
だって、それ毒料理だから。
「......。」
「殿下?」
これにはさすがの皇女さんも戸惑いを隠せない。
目の前のご令嬢は、自分が手にしている料理に毒が盛られていると露知らず、無邪気にも皇女さんに渡してきた。
敵だったらドストレート過ぎて、却ってこれは何かの策なのかと疑ってしまうが、どうやら先方はそんな気持ちは毛頭無い模様。
だってあんな目をキラキラさせて、おすすめの料理を渡してくる人が嘘を吐いてるとは思えないんだもん。
きっと彼女に犬の尻尾なんかが生えていたら、無邪気にも愛想よくぶんぶんと左右に振られていたことであろう。
それくらい疑うことができなかった。
皇女さんは一歩下がって、僕に小声で聞いてくる。
「あの子、料理を勧めてくるっことは......」
「食べたみたいですね。口の端に付いている微量のソースから毒を探知しました」
「......。」
皇女さん、絶句モード突入である。
どうやら闇組織の連中、見境無しに毒ラッシュを仕掛けてきたみたい。
おかげ皇女さんが終始困りっぱなしだ。
どうしてくれちゃってんの。
「も、もしかして苦手な食材が......」
「あ、いや、その、おほほ。いただくわ」
必死に笑顔を取り繕う皇女さんは器が大きい。
受け取った器をまじまじと観察する皇女さんは、それを毒と知ってまさか食べる気なのだろうか。
なんで断らないのかな、この人......。
そんな僕の呆れを他所に、彼女はフォークで突き刺したカルパッチョを決死の覚悟で――
「ってちょっと!!」
「っ?!」
「な、なんですの?! あなた!!」
僕は皇女さんのフォークを握る手を掴んで、今まさに彼女の口へ運ばれそうになった料理を止めた。
さっきそれ毒だって知らせたのに、何してるの......。
僕はそのフォークに突き刺さった料理を、そのまま自らの口の中へと運んだ。
うん、美味い。
「あ、あなた、ロトル殿下になんてことを......」
「き、気にしないで。彼は私の護衛だから」
「ども」
僕はもぐもぐと咀嚼しながら、礼を欠いた挨拶をした。
そんな僕を他所に、ご令嬢はまたも皇女さんのために料理を持ってこようとするが、さすがに次は無い。
僕はご令嬢を呼び止めることにした。
「申し訳ございません。料理は結構です」
「え、いや、しかし......」
戸惑うご令嬢。平たい顔の黄色人種が話しかけたせいで困らせてしまったようだ。
でも悪いけど、ここははっきりと言っておかないといけない。
僕は声量を落として、お願いするように言った。
「お察しください。ほら、こういった場では、ね? 細く魅せるために腰辺りをキュッとさせてますから、殿下は」
「「っ?!」」
僕の曖昧な表現に、二人は驚きを顕にした。
濁して言うしかなかったんだ。
出ているお腹の肉を押さえているため、コルセットでキツく固定しています、と。
だからあなたから料理を勧められても、我慢しなければなりません、と。
あなたも女性なんですから、わかりますよね?と。
ご令嬢はすぐ殿下の腰辺りを見て、途端に申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
「も、申し訳ございません。そうとは知らず......」
「い、いや、これは――」
「で、では私はこれで。食事以外にも楽しめる場かと存じます。ええ、はい」
引き攣った笑みのまま、半ば強引にもご令嬢は皇女さんの下から離れていった。
たぶん周囲の人には聞こえていないだろうけど、皇女さんは耳の先まで真赤にしていた。
......これはやってしまったのだろうか。
『お前、さいッてぇーだな』
『女の敵です』
やってしまったらしい。
いや、僕も『皇女さんは満腹だから要りませんよ』くらい言えばよかったなと思ったけど、もしあのご令嬢が今までの皇女さんの様子を窺っていたら、『何も口にしていないのに満腹とは?』ってなるじゃん。
そんな見え透いた嘘を吐いたら、不審に思われるかもしれないし......。
だから同じ女性同士、それっぽい悩みを共有できるかなと思って、適当なこと言ってみたんだけど。
「で、殿下。出過ぎた真似をして申し訳――ふぐぅ?!」
突如、左足に生じた激痛により、悶絶する僕。見れば、皇女さんのヒールがメキメキと僕の足に突き刺さっているではないか。
どうやら相当ご立腹の模様。
彼女の怒りがヒールを通して直に伝わってくるのなんの。
皇女さんは全く目が笑ってない笑みで、僕を会場の外のバルコニーに連れ出すのであった。
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