閑話 オッド・フォールナム侯爵
「くっくっく。あのような小娘を殺めるなど造作もない」
フォールナム邸、会場広間近くの控室にて、ソファーに腰掛けて邪悪な笑みを浮かべる貴族が居た。
オッド・フォールナム侯爵である。
「何も耐性の無い子供なんぞ、強力な毒を使ってしまえば後は時間の問題だ」
フォールナム侯爵は闇組織である、<
王国との戦争後、貴族としての地位の向上、莫大な財を手に入れることと引き換えに協力関係を築いていた。
その一つが今宵決行されていた帝国王女ロトル・ヴィクトリア・ボロンの暗殺計画である。
その計画の始終を一任されていたのがこの地の領主、オッド・フォールナム侯爵だ。
「それにしても小娘の後ろに居た従者があの......」
懸念すべきは、ロトルの後ろに居た従者であった。ロトルの口から直接Dランク冒険者と聞いて驚いた侯爵だが、その者の正体が<屍龍殺し>の異名を持っていると聞いて安心してしまった。
なぜなら侯爵は、その話を真実と受け取っていないからだ。
たしかに氷漬けにされた<屍龍>は存在している上に、侯爵だって実際に目にしたことがある。
されどそれをあの少年が倒したと思っていないのだ。それも自分の息子と近い若造が、だ。
大方、<屍龍>を氷漬けにした者は他所に居て、その者が名乗り出ないことをいいことに、自分が討伐したと謳っているに過ぎないのだと。
それに仮に少なからず戦力を有していたとしても、毒物の入った料理や飲み物が皇女の口に入る前に防げるとは思えない。
いくら従者に毒耐性があっても、魔法無しで毒を察知できる者など冒険者風情にいないと踏んでいるからだ。
そしてなにより、侯爵が自信に満ちている理由は......
「オカシクナリ草......くく。なんと恐ろしい毒草か」
オカシクナリ草という毒草の存在だ。
オカシクナリ草は極少量摂取しただけで、生物の肉体を徐々に蝕み、摂取から十日前後で死を与える毒草だ。
これを乾燥させ、煎じた後のわずか一摘みで死を与える毒草は、侯爵が秘密裏に闇組織から入手した代物である。
そして侯爵に愛用されるこの毒草は、別の性質を持ち合わせていた。
モドリ草と呼ばれる別の毒草で、その毒性を中和できることだ。これにより、生と死の調整を可能としていた。
そのため、パーティー会場では配っていた毒物入りの飲食物を口にした貴族のみ、後ほど別の形でモドリ草を摂取させることで、摂取量に限らず中和を可能とさせる。
これを皇女以外に施せば、本日から十日前後で死にゆく者は皇女だけとなる。
無論、皇女の死を皇帝が黙っているはずがない。疑いはすぐに侯爵に向けられて捕らえられるに違いないが、王国との戦争が迫りつつある現状では、その処罰は後回しにされることが大きい。
軍を動かすには少なからず貴族の力や指揮権が必要で、侯爵の地位にあるオッド・フォールナムの影響力は決して小さくはないからだ。
「皇女の死が発覚して十日前後。王国への宣戦布告を済ませ、我が国が軍を動かせば、その矛先は王都へ向けられる」
果たして事はそう上手く運ぶのか。
この場に第三者が居れば、そう思うに違いない話の内容に、侯爵は再度、口角を釣り上げて言う。
「なに、皇妃の死と同じく、王国のせいにすればいいだけの話だ」
邪悪な笑みを浮かべていた侯爵だが、不意に部屋の扉がノックされる音が聞こえ、侯爵は入室の許可を下した。
入ってきたのは使用人である男だ。
その者は念の為にと、侯爵に近づいて結果を報告する。無論、その報告は皇女に一服盛れたかどうかであった。
「上手くいっているか?」
やや弾ませた声色で言う侯爵の声には、期待の色が混ざっていた。
かの有名な女傭兵、レベッカを傍に置いていない時点で侯爵は狙い通りに計画が運んでいると思い込み、その報告を楽しみにしていたのだ。
しかし、
「それが......未だに成功しておりません」
「なッ?!」
皇女がパーティーに来場してから二時間近く経ったはずだ。
当初の予定では、顔を合わせて早々に毒物入の飲食物を仕向ける手筈故に、成功していないという現状が侯爵には信じられなかった。
「な、なぜだ?! 何をしておるか!!」
「そ、それが......」
声を荒らげる主人に対し、使用人は苦戦を強いられている表情を隠さずに告げた。
「ロトル殿下の......護衛である冒険者が予想以上に厄介でありまして......」
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