第138話 一服盛るには浅はかで

 「おおー! これが貴族パーティー!」

 「の、乗り気じゃなかった割に燥ぐわね」


 そりゃあやるからには楽しまなきゃ損でしょ。


 現在、ジンク・フォールナムの成人祝の場であるパーティー会場へやってきた僕らは、会場の扉が開かれた時点で感動してしまった。


 さすが侯爵というべきか、ホールの広さが半端ない。そんな大空間で行き交う王侯貴族や有力な商会の人たちが談笑していた。


 また頭上遥か高くにあるでっかいシャンデリアがすごいのなんの。一際眩しい輝きを放っているから、その存在に思わず目を奪われてしまう。


 また一定間隔で設けられた料理テーブルには豪華な料理が山のように積まれていた。されど品性を欠くこと無く、色取り取りの食材が使われていて、高級料理ということをひと目でわからせるものばかりであった。


 ああ、美味そう......。


 この光景を前に食事している者は極わずかという事実が信じられないよ。やっぱ貴族は毎日贅沢な料理を口にしているから見向きもしないのかな。それか矜持か。


 そう思いながら、僕はドレス姿の皇女さんの半歩後ろに居た。


 「はぁ......」

 「?」


 皇女さんは開かれた扉の前で、軽く溜息を吐いて歩を進めた。どうしたんだろ。


 僕たちは少し遅れての出席となったが、パーティーは既に開催されていて、皇女さんの来場に合わせて周りから一気に注目を浴びる羽目となった。


 おまけに半歩後ろには平たい顔の黄色人種が、従者面しているのだ。その注目は一入である。


 皇女さんはそのまま真っ直ぐ突き進み、このパーティーの主催者であるオッド・フォールナム侯爵と思しき、見るからに皇女さんの来場を待っていた人物の下へ足を運んだ。


 さすが皇族というべきか、歩く所作だけでも気品というか、威厳を感じるな。


 「これはこれは。ようこそ、お越しくださいました。ロトル殿下」

 「ごきげんよう、フォールナム侯爵。此度はお招きいただき、ありがとうございます」


 「可憐な殿下のお姿に愚息も喜ぶことでしょう」

 「ふふ。ご子息ジンク様のご成人、お祝い申し上げます」


 うお、皇女さんが皇女さんしてる......。


 オッド・フォールナム侯爵はやや痩身であったが、その風格は貴族のそれで、イケメン中年でもある。


 また整えられた白くて長い髭が手入れの程を物語っていた。


 この人が闇組織と関わりがあると疑われている侯爵か......。


 「して、ロトル殿下。そちらは......」


 皇女さんたちと侯爵の間で交わされた会話の半分も理解できなかった、というより聞き流していた僕に、話の矛先が向けられた。


 これに応じたのは、主人である皇女さんだ。


 「彼は私の護衛のナエドコです」

 「ほう......。見たところ騎士ではなさそうですが......」


 「ええ。冒険者ですもの」

 「ぼッ?!」


 皇女さんの一言を耳にした侯爵は、驚きのあまり思わず吹き出しそうになっていた。


 しかし皇女さんはそんな彼の様子を知ってか知らでか、畳み掛けるように続けて口にした。


 「ご安心くださいませ。彼の階級はDランクですが、第二騎士団隊長のジャッキンを圧倒しております。実力は折紙付きです」

 「D?! う、噂は本当だったのですね。それにナエドコというと、あの<屍龍>を......」


 「はい。ご覧の通り、怪我一つ無く討伐した者です」

 「......。」


 皇女さん、僕をヨイショしてどうするんですか。


 あ、いや、牽制の意を込めて僕を紹介しているのか。


 おら、こっちには<屍龍>を容易く屠った奴が護衛してんだから、下手に手を出してくるなよ、と皇女さんは言いたいのだろう。


 実際は無傷じゃないし、なんなら討伐したかも定かじゃない。殺しきれなくて冷凍保存しただけだから。


 現代日本人一般ピーポーの僕は上流階級の礼儀とか知らないから、軽く会釈するに止めておいた。


 「た、頼もしいですな」

 「ええ。自慢の護衛――」


 と、皇女さんが言い掛けた所で、


 「ロトル殿下!」


 視界の端から、なにやら鼻息荒くやってきた人物が居た。


 年齢にして十代半ばだろうか。イケメン貴族に違いは無いのだが、どこか様子がおかしい。


 見ればシャンパンを片手にしていたので、酒で酔ったのだろう。フラつくほど飲んではいないだろうが、赤くした顔は酔っ払いのそれにしか見えない。


 「あら、ジンク様。ごきげんよう」

 「ジンク! 殿下にご挨拶する前に酔うとはどういうことか!!」

 「何をお硬いことを。父上、今宵は私の成人祝ですよ」


 ああ、この人がジンク・フォールナムか。


 次期当主らしいが、酔った様子は品性が損なわれるのだなと思ってしまう僕である。


 そんな息子に代わって、謝罪の言葉を口にしたのは、父親であるオッドさんだ。


 「申し訳ございません。成人したとは言え、まだまだ自重ができない若輩者でして」

 「お気になさらず。それに此度はジンク様が仰る通り、祝いの場です。ご本人がお楽しみいただければ、と」


 皇女さんのその言葉に、成人となって有頂天のイケメンご子息はうんうんと首を縦に振った。


 王国に限らず、帝国でも十五歳を迎えると成人として扱われる。だから目の前の酔っ払いは皇女さんより年上のはずだ。


 んでもって僕と同い年という。


 するとオッドさんの後ろから、使用人と思しき男性がやってきて、なにやら主人に耳打ちしていた。


 「わかった。......殿下、私は少し席を外します。ごゆるりと」

 「ええ。楽しませていただきます」


 そして理由を口にせず立ち去っていった。


 怪しい......。いや、闇組織と関わっている侯爵だから、怪しいのは当然だし、真っ黒なのは明白なんだが。


 「おい、そこの者! ロトル殿下にお飲み物を!」


 皇女さんがまだ何も口にしていないことを察したジンクさんは、近くでトレイの上にお酒を乗せた使用人を呼んだ。


 しかしその使用人はこちらを見向きもせずに通り過ぎていった。


 なんだ?


 聞こえない距離ってわけじゃないだろうに。


 するとジンクさんは使用人に無視されたと取ったのか、ただでさえ酒で赤くなった顔を更に色濃くしていった。


 「こ、この――」

 「大変お待たせいたしました」


 ジンクさんが怒鳴り声を上げそうになった途端、背後から別の使用人が飲み物を乗せて僕らの下へやってきていた。


 「あちらはシャンパンでございますので、恐れ入りますが、こちらの果実水をお飲みください」

 「ふん。呼ばれる前にさっさと来い」


 あ、飲み物の種類で運ぶ人分けてるんだ。そりゃあそうか。成人祝って言っても、この社交の場には皇女さんのように成人してない年齢の子も居るんだし。


 皇女さんは使用人が手にしているトレイの上にある、果実水と思しき透き通った紫色の飲み物を手にした。


 受け取った後、使用人の人は軽く礼をしてこの場を後にした。


 僕はそれを尻目に、皇女さんが手にした果実水からした


 『苗床さん』

 「ん」


 どうやら違和感を抱いたのは姉者さんもらしい。僕は短く答えて、皇女さんとの距離を詰めた。


 「ささ、殿下。乾杯を」

 「ええ」

 「お待ち下さい、殿下」


 そして皇女さんがソレを口にする前に、耳打ちすることにした。


 目の前の酔っ払いには聞こえないような声量で。


 「それ毒入ってます」 

 「っ?!」


 僕のそれを聞いて、彼女はビクッと肩を震わせたが、次の瞬間には平静を装って、まるで何事も無かったかのように微笑みを作り直す。


 皇女さんの手にしている飲み物から異臭がしたというのは、別に刺激臭的なものを嗅いだからとかじゃない。


 普通に鼻先がジクってしたんだ。


 それが違和感になり、アレは飲んだらヤバいなって僕の脳内で警報が鳴った。


 おそらく持ち前の毒探知が成せたことなんだが、なんか変な感じ。でも毒だって正確にわかったのは有能だと思う。


 いや、それにしても行動早いな。いきなり毒ジュースって......。奴らの意気込みを感じるよ。


 「ロトル殿下?」

 「失礼いたしました。お飲み物を取り替えてもよろしてくて?」

 「え?」


 皇女さんの一言に、何を言っているのか理解できない酔っ払い次期当主は、頭上に疑問符を浮かべた。


 「いえ。とのせっかくの乾杯ですから、私も好みのお飲み物をいただこうかと」

 「あ、ああ、そういうことでしたか。おい! そこの者!」


 再度、ジンクさんは近くに居た、先程とは別の使用人を呼んだ。


 皇女さんは空いている手で、運ばれてきた果実水のうちどれかを選ぶが、一度目が毒ジュースだったんだ。次も警戒するよね。


 チラッとこちらに目配せする彼女を見て、僕はこくりと頷いた。


 その意は「あ、そこのジュースは全部大丈夫です」である。


 僕の意を察した彼女はホッと安堵の息を漏らしながら、桃色の果実水を手に取った。


 そして先程手にした、紫色の果実水が入ったグラスをその使用人に返すかと思いきや、


 「私の代わりに飲みなさい」

 「え」

 「勿体ないでしょう」


 なぜか僕の前へとそのグラスは向けられていた。


 ......どういうつもりかは、まぁ、察せなくもない。


 『敵を泳がせる必要がありますからね』

 『そりゃあ一服盛ろうとした相手が、毒物を口にせず手放したら警戒するよな』


 そう。だから従者である僕に渡して飲ませれば、少なくとも僕の素性を知らない敵さんからしたら、「あ、従者が毒飲んじまった(笑)」で済まされて、こちらの意図を勘付かせないこともできる。


 それに僕には<屍龍>のおかげで毒耐性がある。


 だから飲んでも問題はないんだけど......。


 「ふふ、遠慮しないで」

 「......。」

 「?」


 僕は満面の笑みの美少女から、毒ジュースを受け取って一気に飲み干すのであった。


 ......うん、おいちい。

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