第137話 パーティー会場

 「え、付き添いって僕とレベッカさんだけなんですか?」


 「会場にはそう多くの護衛を連れていけないのよ。できて二人ってとこね」


 現在、フォールナム領地にある豪邸というに相応しい屋敷へやってきた僕らは客室に居た。


 この場には僕と皇女さんの他にレベッカさんと女執事さんが居る。ここまで一緒にやってきた護衛の騎士三名は別室で待機していた。


 無論、やってきた理由はこのフォールナム領地を統べる領主、オッド・フォールナム侯爵の息子、ジンク・フォールナムの成人祝いだ。


 なのでパーティー会場には相当な地位の貴族たちが集まるわけだが......


 「貴族に囲まれるじゃないですか......」


 まさか僕が会場内でも皇女さんに付きっきりで護衛しないといけないなんて思いもしなかったから、これから注目を浴びることにうんざりしてしまう。


 もちろん、今晩の主役はジンク・フォールナムだ。でもこの国の皇女さんが来ているんだから目立たないわけがない。


 んで僕は黒髪という、この世界じゃそこそこ珍しい容姿で、平たい顔面の持ち主だ。


 だから目立ってしまうのは目に見えてわかる。


 闇組織に首を狙われている僕が、貴族連中にまで目を付けられたら命がいくつあっても足らないよ。


 「今更ね。男なんだから覚悟決めなさいよ」


 「巻き込んだ張本人がなんか言ってる......」


 「貴様! 殿下になんて口を!!」


 バートさんが僕に詰め寄って胸倉を掴んできた。皇女さんのことになるとすぐ激怒する彼女だ。


 でも怒る度に執事服じゃ隠しきれない彼女の乳房がぶるんぶるんと揺れるから、怒らせ甲斐があるといもの。


 ぐへへ。


 「本来ならば侍女は疎か、護衛の騎士であるニコラウス殿すら殿下のお傍に居ることが憚られる場に、貴様のような冒険者を置くのだぞ! これがどれほど有るまじき行為かわかっているのか!!」


 マジギレされた......。


 本当、皇女さんのこととなると怒りっぽいよな。


 「バート」


 「しかし殿下......」


 「はぁ......。ちゃんと説明していなかった私が悪いわ」


 皇女さんは今も胸倉を掴み続ける女執事さんの下へ行き、僕を放すよう彼女に命令した。


 「以前、マイケルに言ったわよね? この領地で敵が仕掛けてくるかもしれないって」


 「ええ」


 「そう考えると、どうしても私の傍に置ける人って限られるのよ」


 「というと?」


 皇女さんは続けて言った。


 曰く、そもそもパーティー会場には誘われた王侯貴族が来るのが礼儀で、その場に護衛やら武器所持者を連れてくるのはマナー違反に近い行いとのこと。


 まぁ、相手だって有力貴族なんだ。呼んだ相手が完全武装した護衛を連れ歩いてたら関心しないよね。


 かと言って、騎士というその道のプロが帯剣すらしていないのは頼りない。


 その時点で護衛騎士さんたちは選択肢から外れるわけだ。


 「バートは単純に力不足ね。今回、どういった形で攻めてくるのかわからないけれど、毒とか盛られたらバートじゃ対応できないわ」


 ふむ、たしかに僕なら毒物が付近にあったら探知できるな。


 これは魔法ではなく、僕の素の能力である。というのも、これには<屍龍>との一戦が深く関わってくる。


 <屍龍>戦では一時的だが、奴の猛毒ブレスを浴び続けた僕は、どうやら毒耐性という体質を得てしまったらしい。


 何も毒に限った話じゃない。普段の魔族姉妹の火属性、氷属性魔法も、当初は僕の身体にまで火傷や凍傷などといった副作用をもたらしていたのだが、今となっては次第に身に着いた耐性のおかげでその心配は無いのだ。


 要は、慣れはすごいなってこと。


 ただこれは“耐性”の話で、魔法を使わずに、“探知”までできるのは本当に稀とのこと。


 このことは既に皇女さんたちに話しているので、その能力を買って僕に依頼したんだろう。


 「ちなみにだけど、できるだけ魔法は使わないでね」


 「まぁ、使っちゃいけないですよね。普通に考えて」


 「理解が早くて助かるわ」


 姉者さんの【毒探知魔法】が使えても、パーティー会場内で魔法を使うことはあまりよろしくない。


 できてせいぜい魔族姉妹たちの普段使っている、僕にしか聞こえない発声が可能な魔法くらい。アレってすごい微々たる消費魔力で察知されにくいって言ってたしね。


 でも広範囲な探知系の魔法を発動すると、少なからず周りの人から感知されて注目を浴びるし、招かれたこちらが警戒していると捉えられると、同じ国のトップとして非礼極まりないのだ。


 まぁ、それでも護衛は付けるんだけどね。そこは皇女さんの安全第一だ。


 それに、『皇女だから護衛の一人くらい常に傍に置くものでしょ』と思われることは、却って周りの人たちに安心感を与えるものである。


 無論、本日開催されるパーティーに居る全員が全員闇組織の息が掛かった連中ばかりではない。


 皇女さんの身を案じる者からしたら、付き人を連れていない皇帝の一人娘なんてドキドキハラハラもんだ。


 後は......かなり確率は低いが、貴族の連中のうち誰かが、至近距離で皇女さんに奇襲してくるとかかな。


 そうなると武器を持ってない騎士さんが相手するのは分が悪いよね。


 一応、護衛含め、多くの警備兵が会場の周りを巡回してるけど、駆けつけるまでの時間が命取りになる可能性だってある。


 「同じ理由でレベッカもよ」


 「......レベッカさんなら鞭なくても、僕以上に頼り甲斐あると思いますけど」


 僕はそんなことを言いながら、近くの席で優雅にお茶しているブロンドヘアーの女性を見た。


 タイトドレス姿で足なんか組むから、そのラインがはっきりして目のやり場に困ってしまう。


 と言いつつ、ガン見してしまうのが僕という生き物なんだが。


 「もちろん。私なら武器が無くてもスー君よりは上である自信があるわ」


 「なら」


 「でも今回は敵が攻めてくるという、言い方を変えればこちらの優位性の確保も不可能ではない状況よ」


 「......危ない賭けですね」


 まさか皇女さん自ら身体張って、敵組織を返り討ちにする気だったとは......。


 そう考えると、僕の保身に走った言動は格好悪いことこの上ない。


 無論、どんなことがあっても皇女さんの身に何も起こらないよう努める気だ。もし何かあったら今度こそ僕は帝国に追われる身となってしまう。


 どこまで行っても保身なんだな、僕って。


 「それにレベッカに劣るとは言え、あなたも十分頼りになるわ。だからよろしくね」


 「......頑張ります」


 ちなみにレベッカさんもパーティーには出席するみたい。雰囲気、容姿共に女性貴族と思われても不思議じゃない彼女だから、周りに扮して行動するとのこと。


 こうして僕は別室で護衛用の正装に着替え、同じくパーティー用のドレスに着替えた皇女さんに付き従うのであった。

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