第136話 聖女なわけがない人
「そういえば<
「貴様、そんなことも知らないのか」
「バート」
男嫌いなのか、当たりの強い女執事のバートさんは、僕の無知を責めようとするが、主である皇女さんが名前を呼んで制した。
現在、馬車でフォールナム領地へ向かっている道中で休憩を取っていた。
別にピクニックではないが、草原の上で軽くランチをしている。
時間は昼下がりだろうか。ちょうどお腹が空いてきた頃合いで、女執事であるバートさんが皇女さんを含め、僕やレベッカさんにも昼食を配膳してくれていた。
メニューは手軽にサンドイッチ。デザートにはいつぞやのピカトロの実だ。これめっちゃ美味いんだよな。
『い゛い゛な゛あ゛!!』
『ずるいです......』
魔族姉妹は人前のため、大人しくしていないといけない。だから僕が美味しそうなランチを楽しんでいるのを羨んでいる。
あ、ちょ、右手から透明な汁が! これ涎じゃないか! ちょっと止めてよ! 誰かに見られたらマズいって!
「まぁ一般人でもそう多くは知られていない存在と思うわ」
「というと?」
「帝国騎士団とは別に、皇族直属の精鋭騎士のことよ」
皇女さんはサンドイッチを上品に食しながら、僕の問いに答えてくれた。
皇族直属の精鋭騎士......眼前の皇女さんは対象外なのかな。今日みたいな外出に限らず、彼女の周りにそんな騎士は居なかった気がする。
「<
「あ、もしかして皇帝陛下の傍に居た緑色の鎧を来た人が......」
「そ」
片手のサンドイッチとは別に、もう一方の空いている手で指を四本立てた後、そのうち一本の指を折り曲げて続けた。
食事中に話すことでもないし、皇族相手には非礼極まりない場なんだけど、その相手がラフに接してくれるから許される食事だな。
「あの時パパの横に居たのは、<大地の化身:ムムン>。<
ほうほう。僕に対しては敵意剥き出しだったあのイケメン野郎はムムンというのか。
なんかちょっと可愛い名前だと思ってしまうのは、僕が日本人だからだろうか。
ムムン(笑)。
皇女さんは再度、立てている指のうち一本を折り曲げて続けた。
「他三人はまだ会ったことないわよね? <巨岩の化身:ミル>、地味だけど焦茶色の全身鎧が特徴ね。あと中年男性よ」
「はぁ」
個人の能力や力量を語るのではなく、皇女さんは見た目を教えてくれるみたい。
正直、前者の方が僕的には助かるんだけど、今はこれくらいの情報でいいか。今後、必要そうになったら教えてくれるだろうし。
その後、<陽炎の化身:マリ>は萩色の鎧が特徴で、十代後半の女性とのこと。ちなみに皇女さん曰く、この騎士は相当なぶりっ子らしい。要らん情報だ。
最後は<暴風の化身:シバ>。真っ白な鎧が特徴らしく、十代前半の女の子らしい。
マリって人もそうだけど、女性でありがながら皇族直属精鋭騎士なんて大層な役を担っているのか。すごいな。
って。
「あれ、今、“シバ”と言いました?」
「ええ」
「......女性の方なんですね。すみません、なんでも無いです」
「?」
一瞬、昨晩、大浴場で会ったシバさんが連想されたけど、あの人は歴とした男の人だ。
まさか皇女さんが直属の精鋭騎士である<
うん、同じ名前くらい、城内に一人や二人いるさ。
「何かあるなら言いなさいよ」
「いや、僕もシバって人と会ったことがあって、色々と話していましたので。でも男の人でしたし、人違いですね」
「ああ、そういう」
皇女さんは僕の勘違いに何か納得いくようなものでもあったのか、それを裏付けるように続けた。
「人違いね。まずシバは誰とも話さないもの。パパから命令を受けたときくらいかしら」
ああ、じゃあ絶対別人だな。
僕が会ったシバさんは短めの言葉だったけど、そこそこ会話してきたし。
『おい、坊主。俺様からも聞きてぇーことがある』
「「「っ?!」」」
聞き覚えのある声に驚いて、僕と皇女さんは思わず手にしていたサンドイッチを落としそうになった。女執事さんは皇女さん用に淹れた茶を溢しそうになっていたし。
その声のする方へ視線を向ければ、そこには同じく食事中のレベッカさんが居た。
あの野太い男性の声は......。
「珍しいわね。ベンちゃんから声掛けるなんて」
『どうしても気になってなぁ』
「「「......。」」」
レベッカさんは腰から、纏めていた鞭を手に取って、地面にそっと置いた。
鞭から口も無いのに声が聞こえてくるなんて、変な話だなぁ。
それに“ベンちゃん”って......。
『おっと、その前に自己紹介か。俺様は<討神鞭>だ。鞭型の【
「は、はじめまして。ナエドコです」
『鞭に話しかけるたぁー奇妙な光景だな』
『口だけの私たちが言うのもなんですけど』
鞭が律儀にも自己紹介してきたことで、僕も挨拶を返してしまった。
すると<討神鞭>さんは自由の身となったことを体現するかのように、まるで蛇みたいにうねうねとしながら身を起こした。
“
『んで、坊主の複数ある【固有錬成】のうちの一つに、馬鹿みたいに回復するスキルがあるだろ』
「え、あ、はぁ、ありますけど......」
<討神鞭>さんは先程の移動中にしていた僕らの会話を聞いていたから気になったんだろう。
魔族姉妹も適当に受け答えしとけって言っているので、僕はそれとなく答えることにした。
『スキル名忘れたんだけどよ、昔、超絶似たような【固有錬成】を使う奴が居てな』
『『っ?!』』
「昔にですか?」
『俺様も長生きしてっからな。記憶は定かじゃねぇが、そいつも坊主みてぇに、どんな大怪我でも次の瞬間には五体満足の元通りだったんよ』
「へぇ」
『『......。』』
あれ、これってもしかして、もしかしなくても妹者さんのことなのかな?
魔族姉妹について重大な手掛かりが得られそうだぞ。
『聞けばお前さん、他者から【固有錬成】を奪えるみてぇじゃねぇか。手段はわからねぇが、俺様が会ったことある奴のもんを奪ったかと思ってな』
「なるほど」
他者の【固有錬成】を奪えるなんて前代未聞の所業らしく、それ故に<討神鞭>さんが言っている過去の人物の【固有錬成】を僕が手に入れたのではないかと見ているらしい。
<討神鞭>さんが言っている人物が、果たして妹者さんのことかはわからないけど。
『すんげぇ【固有錬成】だったなぁ。自他関係なく広範囲に使えてよぉ。まるでどっかの聖女みてぇに、戦争で傷ついた兵や民を癒やしてたなぁ』
「あ、じゃあ違いますね。その人のじゃないです」
『お、おう。なんだ急に』
僕のぴしゃりと即答する否定の言葉に、<討神鞭>さんは若干驚いた様子になっていた。
いやだって......ねぇ?
妹者さんの【固有錬成】は基本的に自分だけが対象だ。必要な情報が無いと発動できないスキルだからね。
そんな妹者さんが大勢の人の傷を治せるわけがない。
それに聖女って(笑)。
冗談キツいでしょ。普段のあの言動からして絶対別人だな。
「殿下。そろそろ出発を......」
「わかったわ。......さてと、出発するわよ」
すると辺りを警戒していた護衛の騎士であるケビンさんが、小休憩の終わりを僕たちに伝えに来てくれていた。
これを受けた皇女さんは皆に指示を出し、フォールナム領地へ向けて再出発となった。
ふむ、それにしても魔族姉妹たちの過去の話とか気になるな。教えてくれるかわからないけど、今度それなく聞いてみようと決めた僕である。
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