第135話 勘がイイ女
「な、なんのことですか?」
「あら、恍ける気かしら?」
苦笑して知らぬふりをする僕は、今危機的状況にある。レベッカさんが疑う余地なく言ってきたのだ。
僕の【固有錬成】は他者から奪ったものだ、と。
これには魔族姉妹もびっくりで、対処に困っている様子だ。
僕らの力の理由を知っているのはアーレスさんだけだ。デロロイト領地の一件で魔族姉妹の口から伝えちゃってたしね。
でもレベッカさんに話した覚えはない。いくらこれから共に皇女さんを護衛する仲間であっても、そんな迂闊に話せない内容なんだ。
仮にアーレスさんから聞いたとしよう。いや、アーレスさんは話すような人じゃないけど、もしそうだとしたら、なんでこのタイミングで......。
「なんで知っているんだって顔しているわね」
「っ?!」
隣に居るレベッカさんが、僕の不意を突いて接近し、耳元でそんなことを囁いてきた。
ゾワリとした感覚に陥った僕は、思わず身震いを起こしてしまう。香水の匂いなのか、いつまでも鼻に残るような良い香りだった。
そこで、ごほんと咳払いした皇女さんが、僕らの間にその存在感を持って割って入ってきた。それを受けたレベッカさんが僕から離れる。
「その核をどうするかはね、レベッカと話し合って決めたことよ」
「え?」
「決めたのは昨日のスー君と私の手合わせの後だけど」
皇女さんも知った上で僕に<屍龍>の核を譲るっていうの?
「スー君、昨日の手合わせの最後、私に頭突きしたでしょ?」
「あ、はい。すみません」
「謝らなくていいわ。油断してた私がいけないのだし。それより、あの尋常じゃない加速は【固有錬成】よね?」
「......はい」
実際に口にしてたし、嘘を吐ける状況でもないので僕は素直に返事をした。
「あの【固有錬成】、以前、私と戦ったときに使わなかったのはなぜかしら?」
「そ、それは......」
「善戦できたかはわからないけど、スー君はかなりピンチだったし、使わないなんて選択肢無いわよねぇ」
「......。」
僕だってあのときにトノサマゴブリンの【固有錬成】が使えてたのなら使ってたさ。
持てる力全てを駆使して、レベッカさんに挑んでいたに違いない。
でもそれをしなかった。できなかった。
シンプルに、トノサマゴブリンから奪った【固有錬成】が使えなかったからだ。
「最初は発動の条件がかなり厳しい【固有錬成】だと考えたわ。でも以前は使わなかったのに、今回はすんなり使えたってそういうことじゃない?」
レベッカさんはこう言いたいのだ。
発動条件を満たしてないというよりも、最近になって使えたと思う方が信じれるということを。
もちろん、最近になって新たな【固有錬成】に目覚めたという可能性があるが、レベッカさんは僕の【固有錬成】が既に複数あることを知っている。
超速回復できる面しか見せていないが、妹者さんの【固有錬成:祝福調和】と、姉者さんの【固有錬成:鉄鎖生成】の二つだ。
魔族姉妹に聞かされた話では、【固有錬成】に目覚めるのは極々稀のことで、まず複数個も目覚めることなど本来ありえることではないことらしい。
レベッカさんは僕の考えをまるで読み取るかのように、つらつらと語った。
「それに少し見ない間に、まるで別人みたいに強くなっていたじゃない? 成長速度が人間とは思えないわぁ」
レベッカさんのあんまりな物言いに、僕の方も思わずたしかにと頷いてしまいそうだ。
それにおそらく、レベッカさんが僕の急激な成長に確信めいたものを感じているのは......
「今追っている
「......みたいですね」
人造魔族。
一度は死を迎えた
恐ろしいのは、命と共に失われるはずの【固有錬成】が核に残留され、それが再び機能し、闇組織の従順な下僕となること。
その事実から、僕の強さの秘訣にも同じことが起こっているとレベッカさんは見ているんだ。
移植すれば【固有錬成】は他者でも使えるという安易に思えて、されど荒唐無稽な事実を。
正直、僕にとっては偶然発覚されたと思う他ない。
『こりゃあ確信持ってんな』
『ですね。ナエドコさん、下手に隠さず適当に頷いといてください。もちろん、私たちの存在は教えずに』
僕は内心で二人の意見に同意し、所々正直には語らず、あくまで『正解です』感覚でこちらから情報を流さないよう努めた。
まぁ、全てを隠し事するわけじゃないから気は楽かな。それに相手だって今更僕の身体が常人のそれじゃないと知っても困るでしょ。
何事にも程々が大切なのだ。
「ええ。その通りです。僕は他者の【固有錬成】を奪えます。使えるかどうかは別として、ですが」
「あら、隠そうとしないの?」
「はは。もう意味無い気がしますよ」
僕は乾いた笑いをした後、話を続けた。
その際、今後共に行動することもあってか、女執事さんや皇女さんも僕をじっと見つめてきた。
「過去に何があったかは言えませんが、先日、レベッカさんに対して使ったのは紛れもなく他者の【固有錬成】で、トノサマゴブリンから奪ったものです」
「こ、【固有錬成】持ちのトノサマ級モンスターが居るのか」
僕の言葉に驚きを見せたのはバートさんだ。執事の身である彼女でも、モンスターの強さを示すクラスを知っているらしい。
見れば皇女さんも驚いた様子なので、トノサマクラスはヤバいという認識は皇族、平民関係なくあるみたい。
ついでにこの際なので、他にも【固有錬成:縮地失跡】をトノサマミノタウロスから奪ったことも伝えた。
もちろん魔族姉妹が言えと判断したのもある。
今後使える力かもしれないので、まだ隠してたのかとか思われたくないし、発動に必要な条件とは別の“きっかけ”のようなものを提案してくれるかもしれないからだ。
ちなみに【固有錬成】とは関係無いが、トノサマゴーストとも戦ったことを伝えると、皇女さんから訝しげな顔をされた。
「あ、あなたトノサマ狩りでもしてたの?」
「別にそんなつもりはありませんが......」
“トノサマ狩り”って......。
トノサマゴブリンとは森で偶然出会って、トノサマミノタウロスはアーレスさんに無理矢理連れられて、トノサマゴーストはダンジョンで......。
なんか僕の意思に関係なく遭遇するなぁ。
あとデロロイト領地で起きた人造魔族戦で得た核は、魔族姉妹たちによって昨晩のうちに僕の中に収められた。
「ただこれが<屍龍>の核であったとして、【固有錬成】は無かったと思いますよ」
「え?」
僕のその言葉に、レベッカさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
僕らが戦ったとき、ドラゴンゾンビは特に条件を満たして発動しているスキルは見せなかった。強力な猛毒ガスを辺りに撒き散らして、素早い動きとずば抜けた耐久性、回復力の持ち主だったという印象がある。
マジでよく勝てたなと思うよ。
『あれ? 今思い返したら、あの猛毒ガスって【固有錬成】じゃね?』
『<屍龍>のようなアンデッド系モンスターなら毒ガスくらい使いますが、そういえば奴は傷口からもガスを噴出してましたね』
ああーたしかに。安直だけど、“傷ができた箇所に猛毒ガスを噴出する”という条件だったのかもしれない。
そう考えると常時発動型の【固有錬成】だったのかな? ルホスちゃんやアーレスさんみたいなの。
僕は思い当たる節がある<屍龍>の【固有錬成】のことをレベッカさんたちに伝えると、彼女は未だに驚きを隠せない顔つきになっていた。
「そ、そうなの? 私とアーちゃんが見た現象とは違うわね」
「『『“現象”?』』」
思わず僕と魔族姉妹の声がはもったが、彼女らの声はこの場に居る僕以外の人には聞こえない。
それより“現象”ってなんだ?
アーレスさんやレベッカさんは現場に居なかったはずなんだけど......。
「私が目にしたのは修復されていったの」
「え、何がですか?」
「それよ、それ」
レベッカさんは僕が手にしている深緑色の核を指差して言った。
......え?
修復って、核が?
「か、核って傷ついたら修復するんですか?」
「少なくとも魔法でそんな芸当ができるなんて聞いたことないわ」
魔族姉妹はレベッカさんの一言に同意した。
聞けば、<屍龍>の核はあのダンジョンの最深部、強酸の湖の底にあったらしく、アーレスさんが纏めて範囲攻撃魔法で滅したと言ったが、それでも消えなかったのがこの核らしい。
いや、実際のところはわからないが、少なくともアーレスさんの攻撃を受けてこの核は傷を負ったんだけど、レベッカさんたちの目の前でその傷を修復させていったらしい。
......魔法じゃなかったら【固有錬成】だよね。
魔族姉妹たちも、そうとしか考えられないと言っている。
いくらアンデッド系モンスターが魔力さえあれば、傷を修復できるとは言っても、それは肉体の話で核はその対象外と。
「じゃあ、僕が戦ったときのあの猛毒ガスは......」
「さぁ? もしかしたら二つ【固有錬成】を所持していたのかもしれないわね」
そんなことあり得るのかよ......。
魔族姉妹は一粒で二度美味しい、とか言ってめっちゃ喜んでるし。
二つの【固有錬成】が宿ったこの核を僕が取り込んで、それらを使えたとしても、身体から猛毒ガスが噴出するのは嫌だなぁ。
そんなことを思いながら、僕は<屍龍>の核を見つめるのであった。
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