第134話 思わぬ報酬の理由
「それじゃあパ――陛下、行って参ります」
「うむ」
帝国ボロン城、南部の城門前にて、親子が別れの会話をしていた。
周りには決して少なくない騎士や使用人たちが控えていて、全員が姿勢を正し、城から外に繋がる大道路の両端に並んでいた。
片やこの国の支配者、皇帝のバーダン・フェイル・ボロンであり、片やその一人娘である皇女のロトル・ヴィクトリア・ボロンである。
皇女さんの後ろには、女執事であるバートさん、その横に僕とレベッカさんが立っている。
本日から正式に皇女さんの護衛として傍に居ることになったので、普段は平民服の僕だが、一応、護衛用の正装という形で軍服っぽい服を着ている。
レベッカさんはいつも通り高そうなタイトドレス姿だし、バートさんも執事服なのに、だ。
また僕らの後ろには皇族用の豪華な馬車がある。装飾があちこちに施されていて、それを引く馬たちも大きくて逞しい。
そしてその傍らには三名の如何にも屈強な騎士たちが控えていた。三人ともフルプレート姿で並んでいるから、なんだか置物っぽく見えてしまう。
「バート。それとニコラウス。娘を頼んだぞ」
「「は!」」
女執事と三名の騎士は右手を胸に当てて、恭順の意を示した。
ここで冒険者の僕と傭兵のレベッカさんの名前が呼ばれない限り、皇帝にはつくづく嫌われているんだなと実感する。まぁ、わかってたけどさ。
というか、ニコラウスとか呼ばれた人、いつぞやの<屍龍>戦で見かけた護衛騎士の一人じゃないか。見れば、他二名も同じくあの場に居た騎士たちである。
それに三人ともイケメンだ。ニコラウスって人は白髪で同色の髭を生やしている初老の騎士、他二名は特にこれと言って特徴的なところは見受けられない。
若干、ニコラウスさんの鎧の方がデザイン凝ってるのって、この護衛隊の隊長的な存在だからかな?
「ふふ。ロトちゃんが護衛に騎士を付けるなんて意外でしょ?」
「口を慎め」
「はいはい」
すると僕の視線を察してか、隣に居るレベッカさんから声が上がったが、同じく隣に居るバートさんから即座に叱責されて続く言葉を失う。
言われて見るとそうだな。騎士が信用できないって話だから僕が呼ばれたのに。
あとで聞いてみるか。
挨拶もそこそこに、皇帝と大勢の従者に見送られながら、僕らはボロン城を発つことになった。
「ロトちゃんって、なんでスー君のことを“マイケル”って言うのかしら? 聞けばマイケルは偽名らしいじゃない」
出発してから数時間経ったところで、暇そうにしていたレベッカさんからそんな話題が上がった。
席順は僕の隣にレベッカさんが居て、彼女の向かいには皇女さんが居る。そしてその隣にはバートさんがいるので、必然とこの空間は美女と美少女で満たされていた。
ちなみに護衛の騎士さんたちは外でそれぞれ馬に乗って進行し、周囲の警戒を行っているのでこの場には居ない。またオリバーさんという方が御者役を担っているらしい。
皇女さんは膝の上に置いていた厚めの本から視線を上げて、向かいに居るレベッカさんを見てから僕を見た。
「偽名であったとしても、“マイケル”って名前の方がしっくり来るのよね」
「モブっぽい名前ですもんね」
「もぶ?」
偽名を名乗っといてなんだけど、日本人の僕からしたら“マイケル”という名前の方が違和感半端ないよ。咄嗟に呼ばれたときに反応できない自信さえある。
「本当の名前は“ナエドコ”だったかしら?」
「スー君は“スズキ”っていうらしいわよ」
「変わった名前ね」
でしょうね。そりゃあ日本人特有の名前ですから。
僕はこの雑談する雰囲気に乗じ、皇女さんに聞いてみることにした。
「あの、騎士も同伴してますけど......」
「そういえば言ってなかったわね。外に居る彼らは、帝国騎士の中でも私が信用できる騎士たちよ」
「ああ、なるほど。それで以前も一緒に居たんですか」
「そ」
僕が言う“以前”というのは、もちろん<屍龍>戦のときのことである。あのときは五名の騎士が居たようだけど、うち二名は<屍龍>を恐れて逃走した。
あの窮地の中でも主を護ろうとした騎士たちがニコラウスさんたちというわけだ。
ちなみに逃げた二名は皇族の直属護衛騎士になってまだ日は浅いとのこと。実力は確かだったらしく、そこを見込んでニコラウスさんが同伴を推薦したのだが、結果はあの様である。
すると不意に、外からドアのガラス窓をノックする音が聞こえてきた。
近くに居るバートさんがこれに応じ、窓を開ける。そこから見えたのは、20代と思しき茶髪のイケメン騎士、ケビン......さんだっけ? 乗馬しながらこちらへ寄ってきたみたい。
「殿下、ここから少し離れた場所に安全地帯があります。初日は馬も疲れやすいため、そこで小休憩しましょう」
「わかったわ。先導頼むわね」
「は!」
そのまま離れていくかと思いきや、なにやら何か言いたげな視線を僕に向けてきた。
「ナエドコ殿だったか。あのときは助かった。改めて礼を言いたい」
「え」
突然のお礼に、僕は間の抜けた声を出してしまった。
おそらくドラゴンゾンビ戦のことだろう。僕も想定していなかったとは言え、本来ならば巻き込んでしまったこちらが謝罪するべきなのに。
「あ、いや、そもそも巻き込んでしまった僕が悪いんですし、気にしないでください」
「が、救ったのも事実だ。殿下をお護りしなければならない身である私たちの実力不足が招いた結果でもある。ナエドコ殿が少しでも遅ければ、我々はこの場に居なかっただろう」
「ケビンさん......」
「オリバーだ」
名前間違えちった......。
あ、じゃあ御者台に居る人がケビンさんなのね。お互いの自己紹介はまだだったけど、名前だけ聞かされていたから間違えちゃったよ。
すると締まらない状況に、叱責するような大声が飛んできた。
「オリバー!! 礼は後でしろ! まだ目標地点に到着していないのだぞ!」
「は、は!! 申し訳ございません!!」
叱られて即座に定位置に戻っていくオリバーさん。
しばらくしてレベッカさんから話し掛けられた。
「<屍龍>を討伐するなんてすごいわぁ」
「はは、余裕でしたよ」
『『......。』』
「あ、あなたって地味に調子に乗りやすいわよね」
「ここから下ろしましょう」
僕の発言に何か物言いたげな視線を向けてくる魔族姉妹と、呆れた様子の皇女さん、即僕を除け者にしようとする女執事さん。
そんな僕を見て、くすっと笑いながらレベッカさんは続けた。
「そうだったわ。アーちゃんから聞いていると思うけど、<屍龍>の核があるのよ」
そう言えば、<
どういうわけか、レベッカさんがそのときに<屍龍>の核を持って帰ったらしく、おかげで僕らは金策に悩み続けることになったのだが、まぁ、今はそんなことどうでもいいや。
レベッカさんはどこから取り出したのか、彼女の握り拳一つ分はあるであろう深緑色の核を取り出した。
その色合いはドラゴンゾンビの外皮を思わせるものである。レベッカさんはそれを僕に渡した。
「本当はロトちゃんにプレゼントしようと思ったのだけれど」
「要らないわよ。モンスターの核なんて」
「こう言うのよぉ」
なるほど。でもそれならレベッカさんのことだから、売って自分のお金にすると思うんだけど、なんで売らなかったんだろう。
そんな僕の疑問を察してか、レベッカさんは答えた。
「だから売ろうとしたわ。でもちょっと買取金額が納得できなくてねぇ」
「さいですか......」
横取りしといてよく言う。
僕も<屍龍>の核の相場なんてわからないし、そもそも希少なモンスターなんだから相場すらあるのかわからない。だから僕だったら売れれば良いという感覚で売るけど......。
「もういっそのこと討伐したスー君にあげようと思って」
「え、いいんですか?!」
なんと。予期せぬ報酬を頂戴してしまったではないか。
これならどんな買取金額であろうと、王都までの片道くらいの路銀は手に入るはず。そんな即換金を考えていた僕を他所に、レベッカさんは僕に<屍龍>の核を渡した真意を告げた。
「かまわないわ。......それでスー君の力が増すなら」
「『『っ?!』』」
僕はレベッカさんの言葉を聞いて、思わず手にした深緑色の核を落としそうになった。
レベッカさんは意地悪い笑みを浮かべて、僕を見つめる。
「スー君の【固有錬成】って、他者から奪ったものでしょ?」
「『『......。』』」
レベッカさんの核心をついた一言に、何も言えなかった僕であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます