閑話 [マーレ] 貯金が無いときの出費

 「おい! ご飯はまだか!!」


 「......はぁ」


 お昼過ぎの時間帯、私はもう何度目かわからない溜息を漏らしました。


 目の前にはソファーで寛ぎながら、私に文句を言ってくる黒髪の少女、ルホスちゃんが居ます。


 私の家のリビングに、です。


 まるで自宅かのように、ソファーに寝そべって腹が減ったと主張してきてます。


 この子の髪の色は、ナエドコさんのを思わせる色ですが、彼とは出身地も血液関係も無いとのこと。


 そんな彼女がなぜ私の家に居るのかと言うと......。


 「お、おい!」


 「あの、とても言いにくいのですが............無いです」


 「? なにがだ?」


 「......お金が」


 私が正直に事情を話したことで、先程までの空腹で文句を言いたげな顔を一変させた彼女は、今度は呆れた様子で私を見てきました。


 「お、おま、一人暮らしの働くドクシン女なのに、金が無いのか......」


 「......。」


 だ、誰のせいでッ!! 私がこんな思いをッ!!


 というか、独身女性になんてイメージ持ってるんですか!!


 私は喉まで達してた文句を既のところで止めて、見事堪えることができました。


 元はと言えばこの子の祖父(血縁関係はありませんが)......<屍の地の覇王リッチ・ロード>のビスコロラッチがいけないんです。


 私が以前闇オークションに行った際、ビスコロラッチさんが出品されていたから、事情を知らない私が落札したのが事の発端でした。


 おかげでほぼ全財産を使い潰してしまった私ですが、ルホスちゃんの言う通り、私は一人暮らしの働く女性職員ですので、少し節約すれば普段の生活に戻れる予定でした。


 それなのに、なぜかこの子がうちに居ます。


 「文句があるのでしたら、あの騎士団長の家に行けばいいではないですか」


 「あんな酒臭くて気持ち悪い男のところは嫌だ」


 「ひ、酷い言い様......」


 私が金欠で苦しんでいる中、数日前に突如としてこの子が私の家にやってきたのです。


 それもこのズルムケ王国の騎士団総隊長のタフティスさんと一緒にです。


 そしてそのタフティスさんは、金欠の私に無慈悲にも言ってきました。


 『悪いんだけど、このガキの保護お願い』


 彼と私は初対面でした。挨拶の前に出た言葉がそれです。


 私は当然断ろうとしましたが、彼から私の正体を知っていると聞かされたからには、黙って彼女を引き取るしかありませんでした。


 ありませんでした......。


 絶対、ビスコロラッチさんがバラしましたね。ええ、はい。


 まぁ、私の正体とは言っても、魔族ということだけを知っているようで、それより異次元に位置する“蛮魔”でもあることは知らないようでしたが。


 私も人間に扮してこの国に暮らしているので、騎士団長が私の正体を黙認する条件により、ナエドコさんが戻ってくるまでの間、彼女を保護することにしました。


 金欠とは言え、少女の一人くらい養えるでしょう、と。


 そう思っていた時期もありました......。


 「ルホスちゃん。あなたは冒険者ですから、依頼を受けて稼いできたらどうですか?」


 「嫌」


 「......。」


 この子も私のことを“蛮魔”だと知らないのでしょうか?


 知ってたら、“蛮魔”にナメた口利きませんよね。私じゃなかったら、ぼこぼこにされてましたよ。


 優しい私で良かったですね!!


 「ああー、スズキはいつ帰ってくるんだろ」


 私の何度目かわからない溜息と同じく、彼女の口からも幾度となく繰り返された言葉がまた漏れ始めました。


 スズキ......ナエドコさんの別名らしいですが、この子は相当ナエドコさんのことを気に入っているらしく、時折寂しそうに彼の名前を呟きます。


 ませちゃってまぁ(笑)。


 十代前半といえど、そこはしっかりと女の子しているんですね!


 「そんなにナエドコさんが恋しければ、帝国に行ってはどうです?」


 「べ、別に恋しくないッ!! 我は遊び相手が居なくて暇なだけッ!!」


 「はいはい」


 「信じろよッ!!」


 こういうところは可愛いですね〜。


 可愛くないのは食い意地だけですが。


 「そ、それよりご飯! 我はお腹減ったぞ!!」


 すると、話題を変えたかったのか、再び空腹を訴え始めました。


 「ですから、食べに行けるお金がありません」


 「食べに行くんじゃなくて作ろうとしないのか?!」


 「ど、どの口がそれを言うんですか......」


 自炊。


 唯一と言っていいほど、私が嫌う家事です。


 お掃除とか洗濯などの他の家事はできますが、お料理だけは上達しません。


 どの程度かと言うと、魔法を使っていないのにその料理を人に食べさせると、絶命させちゃうレベルです。


 ですから料理なんてもう何百年やっていないことか......。


 「スズキは男だけど、ちゃんと作っていたぞ?」


 「うっ。独身女性に突き刺さる言葉を......」


 この子は居候の自覚があるのでしょうか?


 今まではなけなしのお金を使って外食していましたが、ルホスちゃんは小柄の割に食欲旺盛です。これは本格的に自炊を考えた方がいいですね......。


 しかし何百年ぶりに料理する私です。自炊することによって、せっかく買ってきた食材を台無しにしては元も子もありません。


 そんな私の心配を察したのか、ルホスちゃんが声をかけてきました。


 「安心しろ! 我は不味くても黙って食べるから!」


 「......。」


 ビスコロラッチさん、あなたはどういう教育をしてきたんですか......。


 それでもこんな小さな子がお腹を空かしたとあっては、じっとしているなんて大人として無責任です。私はやる気を出して食材を買いに出かけるのでした。

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