第133話 不思議な男のコ

 『はぁー!! 要はイメージ力が大切ってことかー!!』


 『これまた盲点でしたね』


 現在、昨夜と同じく深夜の時間帯に僕はボロン城にある大浴場にて、身体を洗っていた。


 石鹸の泡立ちがいいのか、ほぼ全身が泡に包まれた僕である。


 そんな状態の僕だからか、普段は両の手のひらに口を生やしている魔族姉妹が、今は僕の両頬に移動している。


 もう慣れたことだけど、両頬と会話するなんておかしな光景だ。


 「“イメージ力”......だね。あのとき、トノサマゴブリンと戦ったときのことを鮮明に思い出せたんだ。身体が実感を取り戻した......って感じかな?」


 『たしかにトノサマゴブリン戦は、あなたが恐怖に打ち勝って挑めたものですからね』


 『皮肉な話だな』


 そう。昼間、僕とレベッカさんがお互いの実力を知るという手合わせで、僕は過去に戦ったトノサマゴブリンの【固有錬成】を発動できたのだ。


 【固有錬成:力点昇華】。


 発動条件は肉体の一部に力を込めることで、その箇所の膂力が飛躍的に向上するものだ。


 僕はレベッカさんとの距離を縮めるべく、踏み込むために右足に力を込めた。


 そしてトノサマゴブリンの【固有錬成】を発動することに成功したんだ。


 『通りで肉体的には使える条件を満たしているのに、発動できなかったわけだよ』


 『それで苗床さん、他の【固有錬成】は使えそうですか?』


 魔族姉妹が一番大切と言っていいほど、重要なことを僕に聞いてきた。


 現状、僕が【固有錬成】持ちのモンスターから奪った力は【力点昇華】の他に、トノサマミノタウロス戦で得た【縮地失跡】、あと少し前に人造魔族戦で得た攻撃無効のものだ。


 後者の名前は知らない。


 魔族姉妹によれば、【固有錬成】を使える前提条件にその名称を知らないと駄目らしい。


 だから人語を得意としないトノサマゴブリンやトノサマミノタウロスは、覚醒した【固有錬成】の名称を口にしていたんだ。


 ちなみに、あの蜥蜴型の人造魔族が口にしなかったのは常時発動型の【固有錬成】だからである。ルホスちゃんと同じね。


 じゃあ知らない僕はこのまま使えないのか、と思うがそうでもないとのこと。核を取り込んで、いつでも発動できる条件かんきょうだけは構築済みらしいので、あとは僕が引き出せるかどうかみたいだ。


 僕は二人に対し、答えた。


 「たぶんまだ使えないと思う」


 『その心は?』


 「まず名称がわからない。僕がそれを使える段階にまで至ってないってことでしょ」


 『ま、【固有錬成】に目覚めっと、自然とその呼び名が頭ん中に浮かぶから、わからねーってことはまだ使えねぇーってことだよな』


 「うん。トノサマミノタウロスの【固有錬成】は名称知っているけど、使えない気がする」


 『気がするって......』


 いやいや。レベッカさんとの手合わせで僕がやってみせた【力点昇華】は、本当に強制的に呼び起こされた恐怖や絶望感がトノサマゴブリン戦のときと酷似していたからだ。


 だから使えるようになったのも急なことで、それも頭にぽんっと浮かんだからに過ぎない。


 そのことを魔族姉妹に伝えると、妹者さんは理解を示してくれたけど、姉者さんは呆れた様子で溜息を吐いていた。


 「さてと、湯船にでも浸かって今日一日の疲労を癒やすか」


 そう呟きながら、片足を湯船に着水させようとしたとき、


 「遅い」


 「『『っ?!』』」


 ドボン。


 僕は昨晩と同じように、どこからか聞こえたかわからない女性の声に驚いて転倒するのであった。


 「し、シバさん、居たんですか......」


 「ん」


 湯船から頭を出した僕は、すぐ近くに居た灰色の髪が特徴の少女、もとい少年のシバさんをジト目で見た。


 湯気で見えなかったから全然気づかなかった......。


 彼は極楽そうに、相変わらず頭の上に畳んだタオルを乗せて、肩から下を湯に当てていた。


 昨晩よりも火照った様子なのは、長いこと浸かっていたからだろうか。


 時折、はふぅと漏らす息がやけに艶っぽいのだが、シバさんにはちゃんと息子さんが居るので、僕の欲情は刺激されるようで刺激されない。


 また表情が乏しく、彼の顔つきから何をどう思っているのか読み取れないのが難しいところである。


 しかし本当に気配が無いというか、空気同然の存在感だな、この人。


 「またご一緒できるとは、偶然ですね」


 「違う。待ってた」


 「え、誰を?」


 「あなたを」


 「い、いつから?」


 「一時間くらい前」


 僕? なんで?


つか一時間って。湯の温度はかなり熱い方だと思うんだけど、よく浸かっていられたな。


 『んだぁ? この女男野郎、あたしの鈴木に色目使ってんのか? ああん?』


 『男の娘相手になに向きになっているんですか......』


 男の娘言うな。意識しちゃうだろ。


 僕はそんな魔族姉妹を無視して、シバさんに問う。


 「それまたなぜ......」


 「との対戦、おつかれ」


 「あ、はい」


 シバさんから労いのお言葉をいただいたが、まさかのジャッキンさんに続いてレベッカさんも呼び捨てなことが気になって仕方がない。


 せめてボロン城内では“さん”付けくらいした方がいいと思うのは僕だけだろうか。


 そして僕も年下相手になんでこんな下手に出てるんだろう......。


 というか、あの訓練場にシバさん居たっけ? 全然気づかなかったや。


 「今日もこの後、お城を散歩?」


 「し、シバさんと一緒にしないでくださいよ。ちゃんとこの城の内部構造を把握するためにあちこち歩いて回っているんですから」


 「全部回れた?」


 「いや、それが、中々広くて一晩じゃ駄目でしたね。正直、道に迷うことの方が多かったです」


 「お城とはそういうもの」


 「なるほど」


 城をかまえているということは、敵からの襲撃に備えた構造ではないといけないらしく、案内も無しに僕がその辺を歩き回っているだけでは、内部構造の把握はまだまだ達成できそうにない。


 だから次からは東西南北と四方角パターンに分けて回ることにした。


 まだまだ護衛の任務は続きそうだし、レベッカさんもそうやって徐々に知っていけばいいと許可してくれた次第である。


 とりあえず、今度はボロン城の南部を調べる予定だ。


 「あまりにも広いので、まずは南部から見て回る予定です」


 「そう。なら私が案な――」


 「と言っても、明日の早朝からフォールナム領地に向かわないといけないので、今晩はできませんが」


 「......。」


 僕のその言葉に、今度はシバさんがジト目になって僕を見つめてきた。


 相変わらずその表情からは何を訴えていたのかわからない。何か言いかけていた気がするが、まぁいいか。


 「そ、そう言えば、昨日も僕とジャッキンさんが対戦しているところを見物してたって言ってましたけど......」


 「ん。興味があった。今日も同じ理由」


 「へぇ。お仕事って近くでされているんですか? それとも休憩時間で?」


 「......最近は仕事と休憩の区別がついていない」


 「......。」


 帝国のお偉方、こんなサボり魔を雇って大丈夫か。


 忙しくしていないことは良いことかもだけど、せめて人前でくらいは、頑張ってますくらい言った方がいいよ、うん。


 「回復に特化した【固有錬成】と、高速移動に特化した【固有錬成】?」


 「え」


 使用人との会話で聞かれるとは思わなかったことを聞かれた僕は、思わず変な声を漏らしてしまった。


 シバさんはエメラルドのような瞳を僕に向けて、じっと見つめてきた。なんとなくだけど、こちらを見透している気さえした。


 『見ていたって言ってたし、素直に頷いとけ』


 『ただし、詳細を伝える必要はありませんよ』


 「......。」


 魔族姉妹たちの指示に従い、僕はこくりと頷いてからシバさんに言った。


 「は、はい」


 「複数の【固有錬成】を持っているなんて珍しいね」


 「はは。恵まれて二つ持っているだけです」


 「? 三つじゃないの?」


 「『『っ?!』』」


 シバさんのその一言に、僕らは揃って絶句してしまった。


 かなり動揺して顔に出してしまったのだが、シバさんは気にすることなく続ける。


 「鎖をジャラジャラと出すのも【固有錬成】でしょ?」


 「ど、どうしてそれを......」


 直近で姉者さんの【固有錬成】を使ったのはデロロイト領地で人造魔族との戦闘だ。その前は<屍龍>戦で駆使した。


 でも当然のことだが、シバさんはその場に居なかったはずだ。


 僕の戸惑いを疑問と受け取ったのか、シバさんは答えてくれた。


 「から色々と聞いた」


 「......。」


 オーディーさんまで呼び捨て。


 ひょっとしてシバさんって只者じゃない? 使用人じゃないの?


 次々と湧いて止まない僕の疑問を他所に、シバさんはその表情の乏しさからでは想像できないほど、妖艶な笑みを浮かべて言った。


 「ナエドコは私と同じ」


 「『『......。』』」


 その笑みを目にして、僕は思わずドキッとしてしまった。

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