第131話 【幻想武具】

 「この子は【幻想武具リュー・アーマー】の<討神鞭>。私は“ベンちゃん”って呼んでいるわ」


 恍惚としながらそう語ったのは、あのアーレスさんが認める実力者、<赫蛇>のレベッカさん、その人だ。


 陽の光に当てられたブロンドヘアーが輝きを放ち、タイトドレスの姿も相まって、とてもじゃないが戦いの場に居ていい人には見えない。


 しかしレベッカさんの手には真紅の鞭があり、彼女はそれをただの鞭ではないと言う。


 【幻想武具リュー・アーマー】の一種らしく、異世界に来てからそこそこの場数を踏んできた僕でも相対するのは初めてだ。


 『苗床さん、殺して奪いましょう』


 「......。」


 そんな緊張感漂うこの場に、空気を読まない一言が放たれた。


 “三想古代武具”マニアの姉者さんだ。すぴすぴと鼻息を荒くして、なにやらやる気満々の様子である。


 『ばっか。それどころじゃねぇーだろ。下手したらあーしらの核までダメージが通るかもしれねぇーんだぞ』


 「本当だよ。ただでさえ普通の鞭だってヤバいって言うのにさ」


 『私も全力を出しますから!』


 駄々をこねるな。


 今までの窮地で「全力を出す」なんて一言も言ったこと無かったじゃないか。どんだけマジなんだよ。


 「あら独り言かしら? それとも?」


 「あ」


 『もー別にいーぞ。多重人格の持ち主だって勘違いしているんだし』


 いや、それはそれでなんか嫌だな......。


 レベッカさんは僕の話し相手が別の人格である誰かと見ているらしい。


 人格っていうか、普通に魔族が寄生して話し合っているだけなんだけどね。


 信じられないのも無理はない。常人からしたら多重人格と思った方がしっくり来るようなもんだ。


 「さて......ベンちゃん、起きなさい」


 そう言って、レベッカさんは<討神鞭>と呼ばれる鞭を地面に向けて振るった。


 ピシンッと高い音が聞こえてくるが、僕からしたら彼女がただ武器に話しかけただけのヤバい人にしか見えない。


 しかし、


 『んだぁ? 朝かー?』


 「『『っ?!』』」


 どこからとなく、野太い男の人の声が聞こえてきた。


 いや、声の主を探す必要は無い。たしかレベッカさんが所有する【幻想武具リュー・アーマー】は中でも珍しい............“有魂ソール”持ちだ。


 「んもう。相変わらずお寝坊さんね」


 『ふぁーあ。俺様を呼ぶってこたぁ、それなりの敵が現れたってことか?』


 「そんなとこよ」


 真紅の鞭と会話するレベッカさん。ちゃんと会話が成立しているから、見ている僕はなんとも言えない気分に駆られる。


 『チッ。“有魂ソール”持ちはマジでヤベーぞ』


 「そんなに?」


 『ええ。自我を持つ武器は行動が読めませんし、なにより所有者との“融合化”が厄介です』


 なんかまた知らないワード出てきた。なに、“融合化”って。


 が、僕のそんな疑問はレベッカさんが持つ<討神鞭>とやらの声で他所にやられた。


 『んお。なんか妙な奴が居んな。?』


 「『『っ?!』』」


 「さすがベンちゃん。彼自身は人間みたいだけれど、少し変わっている体質みたい」


 『ベンちゃん呼びやめろや』

 

 え、もしかしてバレた? そんなひと目で僕の正体に気づけるもんなの?


 僕だけが焦っているわけではなく、魔族姉妹も揃って絶句しているし。


 「いいじゃない。可愛いでしょ」


 『んで、お前から殺気を感じねぇってこたぁ、殺さない程度でってことか?』


 「そ。話が早くて助かるわ」


 『断る』


 「......え?」


 え?


 なにやら聞き捨てならない言葉が鞭から発せられた。


 これには所有者であるレベッカさんも驚きである。不意打ちを突かれたように、何を言ってるのんだこいつ、みたいな視線を手にしている鞭に向けていた。


 『まーた痛めつけるんだろー。俺様はそんな趣味ねーっていつも言ってんじゃん』


 「わ、我儘ね」


 『どっちがだよ。野郎の悲鳴なんか聞いて何が楽しいってんだ』


 「楽しいじゃない。悲鳴だけじゃなくて表情も最高よ?」


 『おいおい。自分の価値観を相棒である俺様に押し付けんなよ。瞬殺ならまだしも、相手が可哀想だろ』


 「む、鞭のくせに生意気ね......」


 た、たしかに鞭らしからぬ発言だ。


 いや、鞭に意思の有無があるからとか、そういうんじゃなくて、鞭の在り方というかなんというか......。


 対戦者である僕が言うのもなんだけど、その武器、大丈夫なんですか?


 そんなことを呟きたくなる衝動に駆られてしまった。


 「ああもう、わかったわよ。今回は拷問無し」


 『お、今日はやけに素直だな。そんな厄介な相手なんか?』


 「別に? ただ実力差ってものを教えてあげようかと」


 『ほんっと良い性格してんな』


 「でもほら、久しぶりにベンちゃん使って感覚を思い出したいじゃない? 主人の粋な計らいよ」


 『あいあい。ほら、さっさと終わらせんぞー』


 ぐだぐだしていたけど、どうやら対戦を続行するみたいだ。


 自我のある伝説の武器、【幻想武具リュー・アーマー】......いったいどれほど恐ろしい存在なんだ――


 『鈴木ッ!!』


 『大丈夫ですか?!』


 え?


 急に声を荒らげる魔族姉妹の声に、僕は頭上に疑問符を浮かべてしまった。


 どうかしたの、と聞き返そうとした僕だが、それは自身の目で確かめることによって意義を失った。


 「ごふッ......な、にごれ......」


 刺さっていたのだ。


 真っ赤な鞭が。僕のお腹に。


 そしてそことは別に、胸に穴が......。


 『妹者ッ!!』


 『ちぃッ!!』


 何が起こったのかわけがわからない僕を他所に、姉者さんが僕の腹部から鞭を引っこ抜いて、すぐさま妹者さんが【固有錬成:祝福調和】を発動させて傷を完治させた。


 先程吐血したことで、口の中に血の味だけが残った感覚を覚える。


 『大丈夫かッ?!』


 「な、何があったの」


 『あの女の攻撃だッ!』


 こ、“攻撃”?


 というか、“おそらく”ってまさか......。


 「見えなかった......」


 『『......。』』


 不意に溢れた僕の声に、魔族姉妹が黙り込む。


 たしかに僕が傷を負ったのはレベッカさんの攻撃によるものだろう。でも見えなかった。魔族姉妹も反応できなかったんだ。


 今は完治したけど、胸部と腹部に与えられた傷口を示すかのように、僕の衣服に穴があいている。


 胸部と腹部に、だ。


 それも二回も。


 きっと一度目の攻撃は胸部へ放たれて、その後に鞭を戻してから二度目の攻撃を腹部に放ったんだ。


 全く反応できなかった......。


 『おいおい。殺す気無かったんじゃねーのか』


 「ちょっと。さっきのはベンちゃんが力み過ぎたからでしょう? 主人に合わせなさいな」


 『ばーろ。俺様は既の所で止めて、風圧でふっ飛ばそうとしたんだよ』


 「嘘おっしゃい。軌道が全然それじゃなかったわ」


 『いやいや――』


 なにやら相手は揉め始めたようだ。


 僕はというと、さっきの出来事のショックで未だに身体が震えていた。もしかしてこの震えの原因は、レベッカさんの得意とする状態異常系の魔法の一種だろうか。


 妹者さんが発動してくれた【祝福調和】の効果を疑ってしまうほど、震えが止まらない。


 そして追い打ちをかけるかのように、レベッカさんは再度鞭を振る動作を取った。


 さっきはそんな動作見えなかったのに、今度は見えた。


 きっと次は大丈夫。


 そのはずなのに、その期待はレベッカさんの余裕によって持たされたものだと、次の瞬間に気付かされた。


 「今度は状態異常系をお願い」


 『どれ?』


 「お任せ五種でかまわないわ」


 っ?!


 再度、ろくに動けないまま身体に重たい一撃を食らった僕は、遥か後方にふっ飛ばされて、訓練場の壁に叩きつけられた。


 その後、身体中に走る鈍い痛みと共に、視界が真っ暗になった感覚を覚える。


 意識はまだあるのに、失ったときのような......瞼を閉じきったときよりも真っ暗な視界だ。


 加えて身体中が熱い。火で炙られているなんて表現じゃ生易しいほどに熱い。


 だから叫びたいのに、声が出ない。口を大きくあけて泣き叫んで痛みを和らげたいのに、それができなかった。


 それに身体が怠い。吐き気もする。


 しかしそれも束の間のことで、即座に妹者さんが再び【祝福調和】を使ってくれたから、まるで無かったかのように、僕の身体に起こった“異常”が掻き消えた。


 「はぁはぁ......ゲホッ、おえ......はぁはぁ」


 『なんなんだ、あの一瞬であんだけの状態異常の魔法を重ね掛けしてきたぞ......』


 『盲目、火傷、沈黙、倦怠に嘔吐と計五種......化け物じゃないですか』


 マジかよ、あの苦しみは全部状態異常攻撃のせいだったのか。


 いくら妹者さんのおかげで完治するとは言え、何度も食らっては頭がおかしくなる。


 この短時間で、手も足も出ないまま呆気なく僕は殺されたのか。


 絶望と恐怖。その二つの感情が、今の僕の頭の天辺から爪先まで埋め尽くしていた。


 『おいおい。なんだ、あの野郎。一度目の致命傷を完治させるわ、五種の状態異常まで秒で掻き消したぞ』


 「ふふ、面白いでしょう? スー君は私の最高の玩具おもちゃよ」


 『......そりゃレベッカが気に入るわけだ』


 「あら、わかっちゃう?」


 『何年相棒してると思ってんだ』


 マズい、このままじゃ本当にマズい。


 どこが手合わせだよ。こんなの......いつ死んでもおかしくないぞ。


 「ちょっとレベッカ!! あなた何してんのよ?!」


 するとこの場より少し離れた所から、皇女さんの怒鳴り声が飛んできた。


 それもそのはず、この対戦の目的は僕とレベッカさんがお互いの力量を知るために設けられたイベントだ。


 それが今となっては完全にレベッカさんによる蹂躙の場と化してしまった。


 それなのに、


 「ごめんなさいね。私ったら、つい熱くなって――」


 「まだ」


 レベッカさんが皇女さんに向けて何か言っていたが、僕はそれを遮って口にした。


 「まだ......やれます」


 「ちょ、マイケル?!」


 『はぁ?! お、おま、何言ってんだ?!』


 『む、無理しないでください』


 「......。」


 『なんだ? ドMか?』


 僕の発言にこの場に居合わせる全員が、僕の頭が遂におかしくなったと言わんばかりの視線を向けてくる。


 きっとその捉え方は間違っていなくて、僕自身も対戦を継続するべきじゃないとわかっていた。


 まず勝てないし、これ以上続けても意味は無い。


 無いはずなのに......何か掴めそうな気がする。


 「いや、違う」


 何か思い出せそうな気がするんだ。


 何か......大切で絶対に忘れちゃいけないことを。

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