第130話 リベンジマッチ

 「全力で来なさい!」


 「程々にするのよー」


 「......。」


 どっち。


 いや、明日からフォールナム領地へ向かわないと行けないから、無茶な戦闘ができないのはわかってるけど。


 現在、昼前の時間帯に僕とレベッカさんは騎士団が普段から使っている訓練場を独占していた。


 円形の訓練場はサッカーコートの半分の面積くらいはあるだろうか、そこそこ広い場所である。


 近くの観客席には帝国皇女のロトルさん、女執事のバートさんの他に、何名かの騎士が見物していた。これが長引くようであれば、人は増えていきそうだ。


 もちろん、この場にやって来たのは僕とレベッカさんがお互いの実力を知るためである。


 というより、主に僕の実力を知るためだろう。レベッカさんの方が格上なのは出会った当初から変わりないのだから。


 『かかッ! ぶっ殺してやるぜ!』


 『先日のあの騎士との決闘は呆気なかったですしね』


 程々にね......。


 魔族姉妹はやる気満々みたいだ。一度負けてるからなぁ。


 まぁ、僕も流石にあのときとは違ってレベッカさんに殺される心配はしていないから、少しばかり気楽に挑めるからいいけど。


 レベッカさんが腰に携えていた鞭を手にしたことで、対する僕も武器を生成して構えた。どうやら相手は先日と同様、【蜘蛛糸】と呼ばれる鞭型魔法具を使うみたいだ。


 僕が生成した武器は【紅焔魔法:閃焼刃】。距離を詰める前には、比較的刀身の面積が広いこれで防御を試みるつもりである。


 無論、サポートは魔族姉妹に任せている。


 「行くよッ!!」


 『おう!』


 『支援します』


 準備が整った僕は、【閃焼刃】を両手に駆け出した。


 今回、序盤から妹者さんの【固有錬成:祝福調和】を頼りにすることができない。


 相手の身体能力をコピーしたいところだが、妹者さんによればレベッカさんは、武器である鞭を振る瞬間までその膂力を発揮しないらしい。


 そのため、ほぼ脱力に近い状態の今のレベッカさんの身体能力をコピーしても意味がないとのこと。


 「突進は愚策よー」


 「っ?!」


 こちらをダメ出しすると同時に、レベッカさんは目にも留まらぬ速さで鞭を振ってきた。


 鞭がこちらに届くような距離ではなかったはずだが、その先端がもう目と鼻の先だ。


 『あらよっと!』


 が、妹者さんが右腕の支配権を活用して、【閃焼刃】でこれを受け流す。


 『おおー』


 『あのアバズレ女、手加減してっからなー』


 助かった。僕も避けれないことはなかったけど、避けるとどうしても隙ができるしね。


 「あら、相変わらず良い目をしているのね」


 「どうも!」


 半分ほど距離を縮めた辺りで、先方はもう一度引き戻した鞭を僕に向けて放った。


 でも次は【閃焼刃】で受けない。


 「【紅焔魔法:双炎刃】!!」


 僕は手にしていた【閃焼刃】を捨てて、【双炎刃】を生成した。最初より距離を半分ほど縮めたここからは接近戦だ。


 持ち前の動体視力で、先程よりも速度を増した彼女の鞭を既のところで躱し、僕は駆ける足を止めなかった。


 ここからは回避と突進の繰り返しである。


 それも僕自身の力で。


 「ほら、もう一回」


 「っ?!」


 先程避けたばかりなのに、戻った鞭がもう放たれてきた。


 だが、僕はこれも回避でなんとかダメージを負わずに済ませる。そして、ここいらで魔族姉妹のサポートを発揮してもらった。


 『【紅焔魔法:火球砲】ッ!!』


 『【冷血魔法:氷棘ひょうきょく】』


 ほぼレベッカさんの視界の外、頭上から火球が生成され、勢いよく放たれる。


 同時に足元からは姉者さんが発動した【氷棘】が彼女を襲った。


 「あら、離れたところに魔法陣を展開できるのね」

 『『っ?!』』


 しかしレベッカさんはすぐさま引き戻した鞭で、二属性の魔法攻撃を容易く相殺した。


 その鞭がバチバチと


 ......雷属性の魔法かな?


 どっちにしろ距離を詰めるしか、ないッ!!


 「いい声で鳴いてちょうだい♡」


 「ぐッ!」


 『無理に距離を詰めないでください!』


 『いや、少しでも不利な状況を良くするなら距離を詰めろ!』


 僕の意見は妹者さんに同意で、そのために前進したのだが、さっきとは比べ物にならないほどの速さで電撃を纏った一撃を【双炎刃】で受け止めてしまった。


 彼女の攻撃手段が鞭である限り、必ずしも中距離攻撃が得意であって、それが近距離攻撃を下回るはずがないんだ。


 無論、実力のあるレベッカさんがそんな隙を見せるはずはないし、欠点に成り得ないほど技術で補っているのかもしれない。


 それでも相手が中距離戦を得意とするのならば、少しでも距離を縮めてこちらの不利な状況を減らさないと!!


 「サポート!」


 『あいよ!』


 『死んでも進んでくださいよ!』


 ならばこちらも得意とする手数で押し切る! 


 僕は電撃の鞭による怒涛の攻撃を、全て防ぐか避けるかで致命傷だけは受けないようにしていた。


 致命傷でも瞬時に妹者さんが完治してくれるけど、それじゃあどうしても隙が大きくなって、次の一手が遅れてしまうからだ。


 それに、


 「【雷電魔法:雷槍】」


 『【冷血魔法:氷壁】!!』


 『鈴木ッ!』


 「了解!」

 

 どう足掻いても直撃してしまう攻撃は姉者さんが分厚い氷壁を生成して防いでくれる。


 この氷壁により、お互い視界に相手の存在を収められない状態になるが、今回はそれが狙いだ。


 僕は姉者さんがすぐさま生成した鉄鎖を手にし、妹者さんの合図により、【多重紅火魔法】を行使する。


 「『【爆鎖打炎鎚ばくさだえんづち】!!』」


 通常の【打炎鎚だえんづち】でも相当な火力を秘めているが、今回はそれよりも高火力な魔法を発動させる。


 そして横にかまえ、視界を塞ぐ氷壁に叩きつけた!


 「『シャオラァアァアアア!』」


 勢いよく砕け散った氷塊が大小問わず、レベッカさんを襲った。


 トノサマゴーストとの一戦でも活躍を見せた僕の得意な戦法だ。


 「びっくりしたわぁ」


 「『『......。』』」


 しかしレベッカさんは身体能力を向上させる魔法でも使ったのか、氷塊の散弾を一発も喰らわずに全て避けていた。余裕綽々といった様子である。


 いや、避けたというより、当たる前に安全な場所へ移動したって感じだ。


 なんせ僕らが攻撃した先よりもかなり離れた場所に立っていたのだから。


 連携取れていて速攻できたのに避けられたか......。


 見れば彼女の身体が電撃を纏っていた。


 もしかして高速移動できるのって、雷属性魔法の専売特許なのかな。


 「さて、それじゃあ今度はこっちの番かしら」


 「っ?!」


 そう言うが早いか、レベッカさんは今までの中で一番の速さを誇る一撃を繰り出してきた。


 目ではぎりぎり終えた速度。真っ白な電撃が鞭と一体化を成し、実体を感じさせないソレが僕目掛けて落雷してきたようだった。


 「【電閃魔法:閃閃】」


 言うなれば、靭やかな雷撃。変幻自在の稲妻が眼前に迫っている。


 マズい、身体が反応するまで間に合わ――


 『【氷壁】ッ!!』


 「いッ!!」


 既の所で姉者さんが分厚い氷の壁を地面から生成したが、その厚みをまるで豆腐でも切っているかのように、雷を帯びた鞭は通り過ぎていった。


 そんな防壁の後ろに居た僕にもダメージはあったのだが、レベッカさんの攻撃の軌道が逸れたのか、僕の頬を掠めただけに留まる。


 傷口からツーと血が流れた。


 僕はその痛みを感じながら、魔族姉妹に問う。


 「【電閃魔法】って? 【雷電魔法】と違うの?」


 『サポート系に特化した雷属性魔法だ。【烈火魔法】や【冷血魔法】みてぇーにな』


 『ああやって武器むちや自身の肉体を対象に使うことによって、を得られます』


 “雷属性の恩恵”? どっちにしろ厄介な攻撃に違いないな。


 まぁでも、


 「レベッカさんを動かせたのは、僕にとって大きな進歩だ」


 「......。」


 彼女と初対面のときはかなり一方的にやられた。鞭という武器故か、あまり動かずに定位置から攻撃してくる彼女だから、さっきの僕らの攻撃をビビって避けてくれたのは、それなりに満足感のある結果と言える。


 ちなみに魔族姉妹に聞いた話では、以前、僕がレベッカさんとの戦いの中で意識を手放したとき、代わりに妹者さんが僕の身体を使って戦ってくれたのだが、かなり善戦できていたとのこと。


 まだ本気じゃないみたいけど、こっちの攻撃が通じるってわかっただけでも御の字だ。


 「もしかして、もしかしなくても私のこと煽っているのかしら?」


 「え?」


 僕のぼやきを聞いたレベッカさんは、ニコニコと笑いながらそんなことを言ってきた。


 しかしその表情は本音で笑みを浮かべているものではない。


 苛立ちだ。


 鞭を両手に彼女は続ける。


 「私は下の者を痛めつけるのが何よりも好きで、これは一方的なものでなければならないわ」


 「さ、さいですか」


 「だから格下相手に煽られたら私――」


 「っ?!」


 僕は突然、身の毛が弥立つ思いをした。


 ニタァと邪悪な笑みを浮かべるレベッカさんを見て思い出したのだ。


 記憶に刻まれた麻痺や猛毒、睡眠、火傷、鈍化など自身を蝕む数々の状態異常を。


 そしてなにより、その過程で覚えさせられた“痛み”を。


 「――スー君を躾けないと気が済まないわぁ」


 「『『......。』』」


 ドS女傭兵、<赫蛇のレベッカ>。


 彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、腰に携えていたもう一方の鞭を手にした。


 その鞭は真紅の如く輝きを放っていて、見る者全てを惹きつける魅力があった。


 ただの武器ではない。あれは“三想古代武具”の一つ―――


 「この子は【幻想武具リュー・アーマー】の<討神鞭>。私は“ベンちゃん”って呼んでいるわ」

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