―Noisy Hands― 僕の両手は騒がしい

第１２９話 男の・・・コ？

　「おおー、結構広いねー」

　『だなー』

　『この大浴場、一日働いた男共の汁や垢が混じっているんですよね......』

　い、言わないでよ。意識しちゃうんじゃん。

　現在、皇女さんの護衛任務のため、帝国の王城にやってきていた僕は、一日の疲れを洗い流すため、普段騎士や使用人たちが使っているという大浴場にやってきた。

　もちろんレベッカさんの許可を貰ってである。雇い主である皇女さんには内緒だが。

　大浴場の施設は王城敷地内、別棟の地下一階にあって、ここより上の階はこのボロン城を護る騎士や使用人たちが控えている。

　また時間も時間なだけに、僕以外に使っている人は居なかった。

　良かった。誰も居ない方が落ち着ける。

　湯気が立ち込めて数メートル先が確かじゃないけど、誰も居ないでしょ。脱衣所にもたしか脱ぎ着する服は無かったはずだし。

　本当は姉者さんの探知魔法を使ってほしかったけど、そこまでするようなことでもないし、無闇に城内で魔法を使っちゃ駄目、とレベッカさんに注意されたから普通に入った。

　っていうか、全然換気できてないぞ、この空間。湯気で前が見えないにも程がある。

　とりあえず、共用物として石鹸があったので、それで髪やら身体を綺麗にした。その後、湯船に浸かろうか迷いながら、僕は湯を張っている場所へ向かった。

　「あれ、垢とか浮いてないよ」

　『お、ちゃんと湯を綺麗にしているのか』

　『浄化系魔法の一種ですね。魔法で綺麗にしていますが、気持ち的に入りたくないです』

　ぜ、贅沢言うなぁ......。

　妹者さんはそうでもないけど、姉者さんって地味に潔癖っぽいところあるよね。普通にモンスター狩って食うくせに。

　僕は綺麗なお湯を手で掬ってまじまじと観察してみた。

　入浴剤でも入れているのかな？　ちょっと白く濁っている。

　「汚くないよ？」

　「『『っ？！』』」

　不意にどこからか聞こえたかわからない声に驚いて、僕は思わず湯船に飛び込んでしまった。

　ドボンと勢いよく着水してしまったが、怪我は特にしなかった。

　「ぷはッ？！」

　「大丈夫？」

　顔を覆う湯水を払い除け、僕は周りを見渡した。

　すると不思議なことに、さっきまでは居なかったと思しき場所に、灰色のショートヘアの少女が肩まで湯船に浸かっている姿があった。

　......少女？

　「っ？！」

　僕は慌てて背を向けた。

　「す、すみません！　じょ、女性が入っているとは思わなくて！　すぐ上がりますので！！」

　そして如何にも童貞らしい反応をした。

　「私は男だから平気」

　「ほんっとすみませ――ん？」

　男？

　僕の謝罪に淡々と答えた少女と思しき人物は、自身を男だと主張していた。

　ギギギとまるで錆びついた機械のような軋む音を立てながら、僕は再度その人物が居る方へ振り返った。

　「だ、男性の方？」

　「ん」

　振り返った先、どっからどう見ても肩から上を晒している姿を見れば、紛れもなく女性にしか思えない容姿の人である。

　というか、子供。年齢は皇女さんと同い年くらいだろうか。僕からしたら中学生くらいの印象の子だ。

　まつ毛長いし、緑色の瞳がクリっとしていて、まるでエメラルドみたいだ。え、これで男？　めっちゃ可愛いんだけど。

　そんな灰色の髪の少女は、その頭の上に折り畳んだタオルを乗せていた。

　......その文化、こっちの世界にもあるんだ。

　『全然男には見えねーな』

　『ええ。苗床さん、生えているかどうか確かめてください』

　僕は姉者さんの言葉を無視して、目をパチクリとさせながら少女（男）を観察していた。

　ちなみに二人は普段居る両の手のひらから、僕の背中へと口を移動させていた。お風呂を入るときは湯に浸からないよう、いつも僕の頭部付近や背の方に移るのである。

　湯船は白く濁っているため、少女（男）の肩から下は見えない。声からしても少女特有の少し高めの声音だったし。

　ちなみに魔族姉妹が普通に会話しているのは、先程の僕たちの会話を、先方が僕の独り言だと認識していると踏んだからだ。

　まじまじと観察していた僕を不快に思ったのか、少女（男）がいきなり立ち上がった。

　それにより、目を背けることができなかった僕は視界にソレを収めてしまった。

　「見ての通り、男」

　「......疑ってごめんなさい」

　『う、うおぅ』

　『は、生えてますね......』

　か、かなり小ぶりだったけど、ちゃんと生えていたことにより、目の前の少女が少年であることを理解した僕であった。

　僕の謝罪を受けた男の子から質問の声が上がる。

　「あなた、昼間にジャッキンと戦っていた人でしょ」

　「え、あ、はい。見てたんですか？」

　「ん」

　まさかのジャッキン呼び捨て。

　僕の返答に、短く頷いた彼は、頭の上に乗っかっているタオルを落とさないように努めていた。

　さっきも勢いよく立ち上がったけど落ちなかったので、中々のバランス感覚の持ち主であると言える。

　とりあえず、なんて呼べばいいかわからないので名前を聞くことにした。

　「あの、お名前は？」

　「シバ」

　どうやらシバさんという方らしい。

　しかしなんでこんな時間帯に一人でお風呂に入っていたんだろう。

　「えっと、結構夜も遅い時間帯だと思いますけど......」

　「あなたも名乗るべき」

　「あ、すみません」

　尽く礼を欠く僕は、自分は苗床だと名前を告げた。

　鈴木なんだけどね。この名前を知っているのは、ルホスちゃんとアーレスさん、あとレベッカさんくらいかな。

　僕の名乗りにこくりと頷いたシバさんは、先程の僕の問いに答えた。

　「この時間帯だと人が居ない」

　「なるほど」

　あんまり人が居る所は苦手なのかな。

　おそらく容姿的に使用人、いや見習い使用人くらいだろうか。まず騎士には見えないから、それに近しい理由で王城で過ごしている感じがする。

　「あなたは？」

　「僕は今になってようやく入浴することを許可されたので」

　「そう」

　シバさんはほぼ無表情に近い顔つきでそう相槌を打った。

　いや、湯船に浸かって極楽なのか、そこまで無表情というほど表情が乏しくないような......。

　というか、本当に見れば見るほど女の子にしか見えない。

　湯に当てられて火照った様子からエロスを感じてしまう。

　マジで生えてたのが信じられないくらいだ。

　「「......。」」

　二人で浸かること数分が経っただろうか。

　特に話すこと無いな......。出会った当初から無口な感じしてたけど、予想通りだったみたいで会話は弾まない。

　ここでそんな話し込む気はないけど、こうして話しかけられた手前、知り合いくらいには持っていきたいじゃんね。

　「姫様の護衛、大変？」

　そんなことを考えていた僕に、シバさんが話題を振ってきた。

　やっぱり結構広まっているのかな？

　まぁ、こんな平たい顔の平民が皇女さんの護衛をするってんだから噂にもなるし、ジャッキンさんとの決闘だってそこそこの観衆が居たから広まるものか。

　「まだ初日なんでなんとも言えませんけど、これから忙しくなりそうです」

　「そう。頑張って」

　「はい。シバさんは普段からお忙しい感じですか？」

　「暇。お城を散歩してるだけ」

　使用人がそれでいいんか。

　いや、本当にシバさんが見習い使用人かはわからないけど、まずどっかの貴族のご子息じゃないでしょ。騎士や使用人たちが使っている大浴場を使うくらいなんだからさ。

　貴族じゃなかったら、少なからず住み込みで働いているわけだし、暇って言うのもどうかと思う......。

　あ、散歩で思い出した。

　レベッカさんから城の構造を知るために、見回ってこいって言われてたな。あまり長い間ゆっくりしてられないや。

　「先に失礼しますね」

　「もう出るの？」

　「この後、城を回って内部の構造を把握しないといけないんです」

　「......そう」

　なんだそんな名残惜しそうな顔して。

　女の子じゃないけど女の子みたいな顔しているから、寂しがられると対処に困ってしまう。

　「明日もこの時間帯に来る？」

　お、あまり人と関わるのが苦手な子かと思ったけど、まさかのお誘いにも似たお言葉を頂戴してしまった。

　いや、お誘いかはわからないよな。もしかしたら、平たい顔の平民が来る時間帯を避けて入浴をしたいのかもしれない。

　............泣けてくるから考えないようにしよう。

　「どうでしょう。こればかしは上司というか、許可が無いと持ち場を離れられないので」

　「......そう」

　「では」

　「ん」

　短く別れを告げた僕は、大浴場を後にするのであった。