閑話 不器用で無愛想な女騎士
「はぁ......」
帝都のとある安宿の一室。そこで浮かない顔をしている一人の女が居た。
女は一言で言ってしまば、この上なく不器用で無愛想の持ち主であった。
宿の窓から吹き込む涼し気な風が、ソファーに座る女の赤髪を撫でるようにして吹いている。昼下がりの今、昼食を摂っていない赤髪の女はただ淹れたてのコーヒーを啜っては溜息を吐くことを繰り返していた。
「遅い......」
思い浮かべるのは、ここ最近生活を共にしている、一回りほど近く年が下の少年である。
その少年はこの場にはおらず、女は帰りを待つようにしてコーヒーを手にしていた。
何杯目だろうか。砂糖やミルクをたっぷり入れ、比率がコーヒーと呼ぶには
超が付くほどの甘党である赤髪の女は、流石に飽きが来たのか、ティーカップをテーブルに置いて天井を見上げた。
ぐぅぅ。
不意に訪れた自身の腹部から呻くような鳴き声が部屋中に響く。
「......。」
空腹を紛らわすためのコーヒーだったのだが、固形物でもないそれは、女の空腹を満たすことはできなかった。
女の名はアーレス。王国騎士団第一部隊副隊長の座にいる者であり、
「昼食は......まだ先か」
料理を始めとした家事全般が苦手な女である。
*****
パリン。ガシャン。
「......。」
なんと脆い食器なんだろうか。
そんな悪態を内心で呟きながら、アーレスは食器を洗っていた。
本日、アーレスは今までにない進歩を見せていた。
三大家事の一つ、料理の試みである。
無論、その前には準備が必要であり、宿のキッチンスペースに洗われていない食器を片付ける必要があったのだが、結果はその数を減らしただけだった。
アーレスと鈴木が帝都に来てからしばらく経つが、まだまだ金銭面に苦労が絶えない中で、毎回の食事を外食で済ませる余裕などなかった。
それ故に、鈴木の家事力も手伝ってか、安宿には食器一式とニ、三日分の食材が備わっていた。
しかし食器は洗わないと次に使えず、食材はそのままではいただけないものばかりである。
故に家事を強いられる状況なのだが、アーレスはそれを満足にこなせていない。
一言で言えば、女は不器用なのだ。
「......なぜ帰りが遅い」
食器を割ったのは自身の不器用さが招いた結果だが、女はその不満をこの場に居ない少年に向けていた。
そう、アーレスがこの部屋に留まっているのも、昼食を作れる鈴木の帰りを待っているからである。
鈴木が帝国皇女に呼び出しを受けてこの場を去ったのはアーレスも知ることだが、それが昼前のことで、そこから既に約四時間が経過している。
鈴木が皇女率いる兵士たちに捕らえられたとは思っていないアーレスは、ただ大人しくその帰りを待っていたのだが、予想以上に帰りが遅いことに内心で苛立っていた。
「そもそもこの国の皇女など放っておけばいいだろう」
アーレスの不満は握力へと変換され、罪のないコップを砕くことになった。
また磁器であるそれは砕かれたことで怪我をする恐れがあるが、アーレスがこの程度で怪我をすることはないので無傷に終わる。
そんな女は、ザコ少年君は私の傍に居ればいい云々漏らすが、それを素直に相手に伝えられないのがアーレスという女であった。
「......。」
思い起こすは先日の出来事。皇女の命令の下、デロロイト領地へ闇組織の情報を探しに赴いたアーレスと鈴木だが、女は少年に礼を欠く言葉を放ったことを思い浮かべた。
今まで行動を共にしてくれた者に対して、得体の知れない者と言い放ったのだ。
同じ志を持つわけでもなく、騎士でも無い、ただ巻き込んだだけの少年に向かって。
「はぁ......」
不器用なことは今に始まったことではない。言葉を選べなかったのも認めよう。
そんな自分に呆れ、反省しているのもアーレスの本音である。
が、それを素直に伝えようとしないのもアーレスであった。
自分でもここまで素直になれない不器用さが嫌になってくるほどである。しかしそれは今まででアーレスが誰に対してでも弱音を吐かず、弱点足りうる面を見せてこなかったからだ。
言うなれば、甘え下手。クソが付くほど、甘えるのが下手な女である。
「完成した」
そうこうして作り上げた一品。何年ぶりに自炊しただろうか。大凡料理とは呼べない代物が完成されたが、自身が作ったとなれば、もはやご愛嬌の一品と称する他ない。
見た目はスープ。フルーティーな香りが漂うスープだ。様々な果肉がゴロゴロと入っていた。
「......。」
なんでも甘い物を入れれば美味しくなるだろうと踏んだアーレスだったが、それがいけなかった。
できた料理を口にしては、食後のデザートと昼食の間を取った味付けに舌打ちをする出来栄えである。
しかし食材が無駄にできない今、それを完食したアーレスはその食器を片付けて、再び窓際へ向かい、そこから外の景色を眺めた。
「ザコ少年君のとは比べ物にならないな......」
本人に言えば絶対に喜ばれるであろう言葉を、アーレスはぼそりと溢した。
しかし鈴木の作る料理はプロの料理人が認めるほど美味しいものではなかった。
現代日本人という舌が肥えた鈴木だからこそできる味付けがあって、それが世間一般では美味しいと呼べるレベルのものであり、得意であっても特技にはなり得えない。
どちらかと言えば、鈴木が作る料理は栄養バランスに重きを置いたもので、それもこれも偏食が多いアーレスやルホスを思っての気遣いである。
それをわかっていて、アーレスは美味しいと呟いた。
誰に聞かせるでもない、素直な感想を。
「さて」
しなくてはいけないことは多い。
当初の目的である闇組織の拠点探し、壊滅、加えて帝国との戦争の回避策も考えなければならない。
山積みの問題はどれも芳しくない。
そんな一抹の不安を抱えながら、アーレスは外套を手にして安宿を後にした。
「帰ってきたら謝ってみるか......できるかわからないが」
王国騎士団第一部隊副隊長は、柄にもなくそんなことを呟くのであった。
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