第126話 決め手は冷凍保存

 「......マジか」


 『『......。』』


 ここまで威力があるとは思わなかった、なんて僕の言い訳を誰が聞いてくれるだろうか。


 勝敗は一瞬で決した。


 ジャッキンさんが全力で振り下ろした炎を纏いし大剣は、僕が放った【多重凍血魔法:螺旋一角】に斬りかかったのだが、一瞬で大剣が破壊されてしまった。


 そしてほぼ勢いを殺せず、【螺旋一角】が彼を襲い、その身をいつぞやの<屍龍>を思わせる氷漬けにしたのだ。


 氷の中の彼は勇ましく、愛用している大剣が破壊されたことに気づいた様子はない。この人だけ、まるで時間が止まったように動いてない感じだ。


 唯一の救いは、外傷が見受けられないという点である。


 勝者ナエドコ、決めては相手をありのまま冷凍保存したこと。


 全然笑えない。


 「あ、あのジャッキンさんが......」


 「こんな呆気なく......」


 冷凍ジャッキンさんを目にした周囲の連中は、誰一人欠かすことなく唖然としていたが、それも束の間で、誰かが口を開けば挙ってざわつき始めた。


 ジャッキンさんを氷漬けにする気はなかったのに......。


 「マイケル!!」


 目の前の光景に呆然としていた僕に、勢いよく抱き着いてきた者が居た。


 黄金の長髪を靡かせる美少女、ロトル殿下である。


 「で、殿下?!」


 『離れろ! このガキッ!!』


 「やるじゃない! 見直したわよ!」


 何がそこまで面白いのか、彼女は高らかに笑いながら嬉しさを体現していた。


 大人しく抱き着かれる僕に抵抗の意思は微塵も無い。むしろ至福である。彼女の決して大きくないBカップかどうかも疑われる乳房がむにゅりと当たって最高だ。


 これだよ、これ。 僕はモテたい一心で頑張ってきたんだ。


 しかしそんな僕の至福を喜ばしく思わない妹者さんが抵抗を見せた。右手が僕の意思を無視して自立し、皇女さんの頭を鷲掴みしようとする。


 流石に一国の皇女さんにそれはマズいだろうと考えた僕は、抵抗する妹者さんに抵抗した。


 具体的には右腕を左手で掴んで、皇女さんを押し返そうとする力を抑えつけているのである。


 これにより、奇跡的な頭撫で撫でが発生した。


 「ちょ、ちょっと! なに勝手に撫でてるのよ?! そこまで許した覚えはないわ!」


 「あ、あはは。すみません、つい」


 赤く頬を染める皇女さんは、美少女たらしめるほど照れていて可愛い。対する僕は苦笑で受け答えしながら、荒れ狂う右腕を必死に抑え込んだ。


 撫でるならまだしも、皇女さんの頭を鷲掴みにしたら処されるに違いない。


 「ま、まぁ。あなたがそうしたいというのなら、今回は大人しく撫でられてあげるわ」


 お願い。可愛いツンデレはいいから、僕から離れて。


 じゃなきゃ力加減を一切する気が無い右手が、あなたにアイアンクローしちゃいそうです。


 くそう! 紛れもなくご褒美タイムなのに、妹者さんが暴れてそれどころじゃない!


 なんでそこまで皇女さんを突き放そうとするんだ。君に害無いでしょ。


 「まさか......この私が呆気なく負けるとはな」


 「っ?!」


 不意に背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 振り返れば、先程、僕が氷漬けにしたジャッキンさん御本人が居た。


 どうやら自力であの氷漬けから脱出したらしい。彼ごと凍らせていた一帯は跡形もなく溶かされ、ほぼ水となって地面の色を濃いものへと滲ませていた。


 当然、そんな彼はびしょ濡れなのだが、地がイケメンなのでまさしく水も滴るなんとやらである。


 また彼の手には折れた大剣があり、愛剣の有様を見て彼は溜息を漏らした。


 「じゃ、ジャッキンさん、大丈夫ですか?」


 「ああ。見事だったぞ。さすが<屍龍殺し>だな」


 負けて悔しくないのかわからないが、どこか気の晴れた様子でジャッキンさんはガハハと笑った。


 「ジャッキン、これで私の護衛役は彼に決まったわ」


 「ええ。力量確かです」


 「......まだ何かあるのかしら?」


 「いいえ。しかしそれを殿下にお伝えするのは私ではなく、陛下です」


 そう言って、顔を横に向けたジャッキンさんが、その視線の先に居る人物に対して、胸に手を当ててお辞儀をした。


 こちらに歩んできたのは、言うまでもなくイケオジ皇帝、バーダン・フェイル・ボロンその人だ。皇女さんと同じく黄金の髪が陽の光に照らされて輝いている。


 「ジャッキン、ご苦労だった」


 「身に余るお言葉でございます」


 「して、どうだった?」


 皇帝さんは初対面のときの変人さを思わせないほど、まるで別人となって僕らの前に現れた。


 真剣な面持ちでジャッキンさんにそう聞いたのは、対戦した僕の実力を聞いているのだろう。その空気を察してか、皇女さんも僕から離れて皇帝さんに向き直った。


 ......抱き着かれたところをパパさんに見られてしまったか。


 皇帝さんの視線は僕に向けられ、鋭いものとなる。


 「ご覧になられた通り、実力はあります」


 「そうか......」


 「はい。加えて陛下もご存知の通り、この者は<屍龍>を単騎で討ちました。戦力面で言えば、我が国が誇る<四法騎士フォーナイツ>級です」


 <四法騎士フォーナイツ>?


 そんなやばそうな存在、アーレスさんから聞かされた覚えないな。あれか、王国でいうところの<三王核ハーツ>的な存在かな。


 そんな連中が居るから、皇帝は娘の護衛を僕に任せたくないのか。そりゃあ一介の冒険者よりも自国の騎士の方が信用できるよね。


 「ふん。娘の傍に、こんな股間に脳みそが詰まってそうな奴を置くのは不服だが、他でもない愛娘との約束だ。しばらくは様子見で黙認してやる」


 違った。僕という野蛮人が娘を襲いそうだから引き離したかったみたい。


 「ちょっと! マイケルはそんなケダモノじゃ......」


 と、皇女さんが僕をフォローしてくれるかと思いきや、


 「........................ないわ」


 なにその間。


 しかし悲しきかな。きっと彼女の脳裏には、先日の僕の失態が過ぎったことだろう。


 具体的には僕の股間が(本当は腹部だけど)、彼女の股間に押し当てられた記憶である。


 そんな意気消沈していった娘の様子を見て、皇帝がジャッキンさんに、何か武器を寄越せ、と言う。その目は血走っていて常人のそれじゃない。


 僕を殺す気満々なのだ。


 「と、とりあえず、マイケルが私の護衛役だから!」


 パパの殺気を察した皇女さんは、半ば強引に僕を連れてこの場を去った。


 こうして僕の帝国皇女護衛任務は始まったのであった。

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