第125話 声援は力の糧

 「いい? 絶対勝つのよ? たま取ってきなさい!」


 「......。」


 開口一番に、そんな物騒なことを僕に言ったのは、この国のお姫様、ロトル殿下である。


 殺しちゃ駄目でしょ......。


 現在、僕はボロン城内にある、騎士たちが訓練場として使っている広間へやってきた。その広間を囲うようにして、百を超える多くの騎士たちや面白見物にこの国の重鎮、貴族たちが居た。


 僕は完全に見世物と化していた。


 「ジャッキンさん! そんな奴、殺っちゃってください!」


 「ジャッキンさんが相手とは、哀れな野郎だぜ!」


 「ジャッキンさん! ファイトぉお!!」


 ジャッキン、ジャッキン、うるさいな。


 そう、僕と皇女さんがこの場に居るのは他でもない、皇帝さんが僕とジャッキンさんが対戦することを命じたからだ。


 理由は皇女さんの護衛役を僕が担うための条件である。基準はわからないが、ジャッキンさんを倒せば黙認してくれるらしい。


 で、そのジャッキンと呼ばれる対戦相手は、周りの部下と思しき騎士の連中から称えられて、自信たっぷりな顔つきの20代後半のハンサム野郎だ。


 一般的な成人男性を遥かに凌駕する体躯の持ち主だ。背に携えた大剣ですら、僕の身長を超える刃渡りである。これからそれを振り回すと考えると、中々の強者なんじゃないだろうかと思ってしまう。


 そんな彼は周りの騎士と同じく、頭だけ覆わないフルプレート姿であった。


 「ちッ。陛下に頼まれたから仕方ないが、こんな弱そうな奴の相手をさせられるとはな」


 惜しい。


 こう、「へへ、こんなガキ、目を瞑ってても勝てるぜ」くらいの噛ませ感を出してほしかった。


 僕が勝つ前提だけど、どうせ勝つなら気持ち良く勝ちたいのが、僕という生き物なんだ。


 「余裕そうですね。僕はあの<屍龍殺し>ですよ」


 『お前が噛ませしてどぉーすんだ、このボケッ!!』


 『本当ですよ、負けたら超恥ずかしいです』


 やべ、つい調子に......。


 魔族姉妹の物言いを受けて、若干苦笑いする僕である。


 一方の相手はというと、


 「......そうだったな。貴様はあの<屍龍殺し>。相手にとって不足なし!」


 「『『......。』』」


 めっちゃ素直じゃん、ジャッキンさん。


 煽り返すとかしないのか。してよ。


 「侮ったことを詫びよう」


 おまけに侮ったことを詫びられてしまった......。もう完全に騎士の中の騎士だ。誠実さを兼ね備えているから、先程の自分の発言が悔やまれる......。


 ジャッキンさんは姿勢を正して、相対した僕に手を差し伸ばしてきた。


 皇女さんの話では、実はこのジャッキンさんこそが、オーディーさん不在時の皇女さん直属護衛騎士を担う予定だったらしい。


 なるほど、誠実で屈強な騎士だから皇女さんの護衛の役を任されたのか。納得、納得。


 てっきり僕の対戦相手はあの、皇帝さんの隣に居た緑騎士さんかと思った。僕に怒ってたし、殺意向けてきたしさ。


 僕は差し出されたジャッキンさんの手を握り返して、握手を交わした。


 ......もしかしたら、僕が今までで出会ってきた人の中で一番まともな人かも。


 そんなちょろい僕の考えを他所に、審判役の騎士が対戦開始の合図を取るため、僕らの間に入ってきた。


 そして互いに定位置、10メートルほど距離をあけてから戦いの火蓋は切られた。


 「全力でかかってこい、<屍龍殺し>!」


 「......。」


 『やりにくッ』


 言うな。正々堂々と戦えばいいだけの話じゃないか。


 僕はとりあえず【紅焔魔法:双炎刃】で二振の短剣を生成して構えた。


 「無詠唱で魔法の発動か......」


 「......魔法、使っちゃ駄目でした?」


 「いや、そんなことはない。あくまでもこれは決闘。どちらかが戦闘不能、もしくは敗北を認めるまで続けられる。故に戦いとなる場で、手段は問われない」


 「さいですか......」


 僕、ここまで真面目な人と戦ったことないよ......。こっちが呟いたことにきっちりと答えてくれるなんて、人が良すぎないか?


 そんな彼に礼は欠いてはならないと、僕は【双炎刃】を両手に駆け出した。


 相手はかまえた大剣で、僕を捉える。


 「遅いッ!!」


 愚直にも突進に近い疾走をする僕に対して、その大剣は振り下ろされた。


 が、


 「なッ?!」


 既のところで姉者さんが【固有錬成:祝福調和】を発動させて、相手の身体能力を僕にコピーしたことにより、初動を遥かに超える速さで僕は彼の背後を取った。


 「これでも?」


 「っ?!」


 慌てた相手は、振り下ろした大剣をそのまま横薙ぎで振ってきたが、僕はそれをしゃがんで躱した。


 そして【双炎刃】をジャッキンさんの鋼鉄の胸当て目掛けて突き上げる。


 しかしガキンと甲高い音を立てたと同時に火花を散らしただけで、鎧に傷を与えることはできなかった。


 いや、正確には薄っすらと傷を与えることはできたが、かすり傷程度だ。


 「硬ッ?!」


 「おおおおおおおお!!!」


 炎の短剣を弾かれてバランスを崩した僕を見逃すことなく、ジャッキンさんは大剣で僕を突き刺すと言わんばかりに、両手で持ったそれを振り下ろした。


 急旋回して躱した僕は、一旦彼から距離を取ることにした。


 その白熱した一連を見て、周りの観客たちが歓声を上げる。


 「驚いたな。ここまで素早いとは」


 「......どうも。鎧硬いですね」


 「特注品でな。こんな形でも私は帝国第二騎士団のトップなんだ」


 「マジすか......」


 「次も上手くいくと思うな!」


 ジャッキンさんは、はぁあああ!!と気合いを入れて大剣を構えた。


 直後、その大剣を包み込む火炎が吹き出す。


 「っ?!」


 『魔法具かッ?!』


 『みたいですね』


 熱気がすごい。距離を取った僕にまで伝わってくる!!


 というか、超かっけぇえええ!!


 「行くぞ!!」


 「っ?!」


 魔法の力か僕にはわからないけど、ジャッキンさんは先程よりも素早い動きで僕に襲いかかってきた。


 対する僕は【双炎刃】を捨てて、瞬時に【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】を生成し、炎を纏った大剣の一撃を受けた。


 「これを受け止めるかッ!! しかしッ!!」


 「っ?!」


 氷の剣では相性が悪いのか、相手の火力に絶えきれず、氷の刀身が灼熱を纏う大剣によって徐々に溶かされていた。


 やばッ!!


 『【凍結魔法:氷牙】』


 「っ?!」


 完全に切断する前に、姉者さんが気を利かせて地面から【氷牙】を発動させた。


 不意を突かれた相手は、これを飛び下がって回避する。


 助かったぁ......。


 『思った以上に火力ありますね』


 「だね」


 『んじゃ、【紅焔魔法:打炎鎚だえんづち】で火力勝負すっか?』


 いや、いくら正々堂々とは言っても、こちらの攻撃をそのまま受けてくれるとは限らない。


 相手はモンスターと違って僕には無い技量があるのだから、【打炎鎚】による大振りが隙となって致命傷を食らってしまうかもしれない。


 即回復すると思うけど。


 できれば、全回復するという妹者さんの【固有錬成】の効果をこんな場所で何度も披露したくないしな。


 僕はその旨を魔族姉妹に伝え、二人からも同意を得たことで、再び作戦を組み直す。


 『まずはいつも通り、あたしらがサポートすっから――』


 「頑張ってー!! マイケル!!」


 妹者さんが作戦を僕に伝えようとするが、それを遮るようにして美少女の声援が僕の耳に届いた。


 周囲の歓声に負けないくらいの声量である。無論、その声の主は皇女さん他ならない。


 皇女さんらしからぬ大声だったのか、周りの連中もそんな皇女さんを目の当たりにして静かになった。おそらくこの場でただ一人、彼女だけが僕を応援していたからだろう。


 しかしそれも束の間のことで、皇女さんの声援を上書きされるような怒声が僕に浴びせられた。


 「ジャッキン殺れぇえええ!!」


 「我らの敵だぁぁああ!!」


 「灰にしろぉおおおお!!」


 『すげぇー罵声』


 「......。」


 『ナエドコさん?』


 普段の僕なら悪目立ちさせられたことに悪態を吐くのだが、今はそんなことはない。


 逆だ。


 僕が美少女に応援されたことは、未だかつてあっただろうか。


 いや、無い(反語)。


 たとえその声の主が自分よりも三つ年下の女の子でも、嬉しくないわけがない。


 「美少女が......僕を応援......だと?」


 『『......。』』


 王都に居た頃、ルホスちゃんと度々共闘することはあったけど、応援とか無かったし、している余裕もあの子には無かった。


 次に身近な美女、アーレスさん。あの人は応援なんかしないし、なんなら戦闘後に「遅い」だの「雑魚」だのと罵ってくる始末である。


 故に美少女の声援は......


 「力が......漲ってきた!!」


 『そういうやっすい力を“童貞パワー”って言うんだぜ』


 うるせ。


 「ふ。殿下は貴様を相当お気に召しているようだな」


 「勝ったご褒美に、頬にキスとかされるかな......」


 「う、うおぅ。そこまでじゃないと思うぞ」


 引くな。独り言だ。拾うんじゃないよ。


 さて、あちらさんも魔法具の一種である炎の大剣を上段にかまえていることから本気のご様子。あまり長期戦には向いていない魔法具なのかも。


 ならこちらも全力――はさすがに危ないと思うから、そこそこの火力で迎え撃とう。


 そうだな......新作でも試そう。


 なんか今の僕ならできそうな気がする。


 「姉者さん」


 『......アレですか?』


 「うん」


 『調子に乗っていると痛い目見ますよ』


 僕がしたいことを察した姉者さんは、それに合わせて薄浅葱色の魔法陣を僕の背後に展開した。


 なんやかんや言って、彼女も満更ではないから助かる。


 頭上背後に生成された魔法陣は、僕の体格を遥かに上回るほど大きい。


 それがゆっくりと時計周りに回転を始め、そこから滲み出る魔力が冷気となって、辺り一帯の気温を体感数度分下げる。


 「っ?! こちらも......全力でいこう!」


 されど相手は本気の本気。


 大剣から吹き出る炎が、僕らが下げた外気を瞬く間に熱し始めた。


 僕と姉者さんが今から発動する魔法は【多重凍血魔法】だが、<魔軍の巣窟アーミー>の地下迷宮で放った【氷棘牙ひょうきょくが】みたいな大規模なもではない。


 レシピは【冷血魔法:補氷芯】と【凍結魔法:螺旋氷槍】。


 ゆっくりと巨大な魔法陣からその先端が姿を現し、同時にギュイィィイインと唸りながら高速回転を始めた。


 イメージは巨大ドリル。モチーフは某ドリルアニメ。


 「『【多重凍血魔法:螺旋一角】ッ!!』」


 巨大な魔法陣から全貌を現したそれは、次の瞬間にはジャッキンさん目掛けて放たれた。

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