第124話 皇帝の奇声

 「ッ!! なんてことするの?!」


 皇女さんに連れられてやってきたのは、この国の長の部屋、皇帝さんが居る場所だ。


 広さは小学校の体育館くらいあるだろうか、そんなだだっ広い石造りの空間の中央に豪奢な玉座があった。その頭上、壁際には大々的に帝国の紋章が刻まれている。


 紋章は嘴があり、羽の生えた四足歩行の動物――グリフォンが前足の鉤爪で何かを握っている様子が描かれていた。


 開口一番に彼女が怒声を発するのも仕方が無いことで、僕のために怒ってくれたと思うと少しだけ心がほっこりするのはここだけの話である。


 伊達に殺し、殺されまくる日々を送ってきていないからか、喉を矢で射抜かれても動じなくなってしまったからだろう。


 「こら! いつも言ってるでしょ! 皆の前では“陛下”と呼びなさいと!!」


 皇女さんの怒鳴り声に返答したのは、この国の皇帝、バーダン・フェイル・ボロンその人だ。


 皇女さんを叱りつける一面はどっからどう見ても、親が子にするそれである。違うのは殺傷能力のある武器を片手にしているところだろうか。


 「ったく。最近、お城を抜け出すことが多いと思ったら、まさか外で男を作っていたなんて......」


 「っ?! 彼は私の護衛役よッ!!」


 「お前にその気はなくても、男は皆、獣で恐ろしい生き物だ。無論、余は違うが」


 そう言った皇帝さんは僕が死んだと思い込んで安堵の息と共に、玉座に腰を下ろして、手にしてた弓を隣に控えている騎士に手渡した。


 その騎士は他の騎士と格好が違って、薄緑色を主体とした鎧を身に纏っている。


 ただ武器と言える物は先の弓以外持っておらず、手ぶらであった。剣すら携えていない。あの弓、素人目の僕からでも、そんな上等なものじゃない気がするんだけど......。


 またロン毛ストレートで、深緑色の髪の持ち主だ。鎧との色合いから、そのセンスを疑いたくなるが、顔立ちがとても整っているので、それを口にしたらただの僻みなってしまう。


 まぁ、とりあえず、


 「ほら、そんな死体放っておいて――」


 「あの、帰っていいですか? 殿下」


 「っ?!」


 「......。」


 死体と思い込んでいた獣が声を発したことで、酷く驚いた様子になる皇帝さん。隣の緑鎧の騎士さんは、立ち上がった僕をじーっと観察している。


 「ま、待って、お願い。パパの非礼は詫びるわ。ごめんなさい」


 「殿下に謝られても......。常人だったら死んでましたよ」


 「本当、あなたで良かったわ......」


 いや、その発言もどうかと思う。


 僕のうんざりとした発言に、皇女さんは一切の躊躇いもなく謝罪を口にした。同時に頭も深々と下げる。


 それを見て驚愕が止まない皇帝さんは、再び僕をギロリと睨んで、先程、隣の騎士さんに渡した弓を強引に奪ってから構え、再度僕を狙った。


 僕に向かい合った皇女さんは、彼女の後ろで行われているその様子に気づくことは無かった。


 さすがに二度目は無い。


 っていうか、皇女さんが下げている頭を上げたら、位置関係的にその矢が娘に当たるぞ。


 「キィエェェェエエエェエェェエ!!」


 皇帝らしからぬ奇声と共に放たれた矢は、案の定、僕の喉を目掛けて飛んできたが、タイミングの悪さと位置関係から、頭を上げた皇女さんを射貫く矢となってしまった。


 すかさず僕は皇女さんの腕を引っ張り、立ち位置を交代するよう動く。


 そして【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】を発動させ、その矢を弾いた。


 「キ、え?」


 奇声混じりの驚きの声を上げた皇帝は、僕の素早い行動に呆気にとられたのか、それとも自身が放った矢が娘に当たるものと思わなかったのか、目をぱちくりとさせていた。


 人は頭に血が上ると冷静な判断ができなくなるというが、さすがに今のはアウトだろう。


 もはや矢を放つときの奇声が不気味に思わなくなるレベルの所業である。


 「大丈夫ですか?」


 「え、あ......はい」


 とりあえず、怪我はないと思うけど、強引に彼女の腕を引っ張った自覚はあるので、確認を取ることにした。


 皇女さんも目をぱちくりとさせて僕を見ていたが、それよりも皇帝さんに言わなきゃいけないことができてしまった。


 「ちょっと、あなた殿下の父親なんでしょう。僕の行動が遅れてたら皇女さんは大怪我してましたよ」


 僕の上半身の位置的に、下手したら皇女さんの頭直撃コースだったかもしれない。


そう考えると、少し間違えれば一人娘を殺すところだったのだから、皇帝が未だに唖然としているのも無理はない話だ。


 皇女さんもまさか自分越しに矢を放たれるとは思わなかったのか、床に落ちた二本目の矢を見て、再度驚いた様子になる。


 まぁ、割と余裕で反応できたから、万が一でも皇女さんが射抜かれることはなかったのだが、童貞野郎、さっそく美少女を護衛できて満足である。


 「貴様、陛下に対してなんという口の利き方......」


 が、今度は皇帝さんの隣に控えていた緑色の騎士さんが、ぷるぷると震えた様子で怒りをあらわにした。


 武器を手にしていないが、瞬時に放ってきた殺気が僕の肌に突き刺さる。彼の深緑色の長髪がゆらゆらと重力に逆らって浮かんだ。


 しかし、片手を上げて制した者が居た。


 「待て」


 「へ、陛下!」


 皇帝さんである。やっと冷静になったのか、偉そうに玉座へ腰を下ろした。


 そして長い溜息を吐き、僕を見やる。


 「名は?」


 短く、そして声色を落として僕にそう聞いてきた。


 まずは娘に詫びろよ、と言いたいところだが、とりあえず話を進めたいので、置いておくことにした。


 「ナエドコです」


 「......。」


 僕も応じて短く答えた。それを受けて先方は顎に手を当てて呟く。


 「ナエドコ......あの件の<屍龍殺し>か」


 「この者が......」


 お、皇帝さんも知っていたのか。隣の緑騎士さんも少し驚いた様子である。


 「陛下、私は彼を護衛役として雇います」


 先程とは一転して、真剣な面持ちとなった皇女さんが、皇帝さんに向き直ってそう言い放った。その声は事務的で、実の親に話しかけているとは思えないほど慇懃である。


 「何度言えばわかる。その者より遥かに強い騎士がおるのだぞ」


 「私の傍に置きたい者は私が決めます」


 「また我儘だだを......」


 「我儘ではなく、信用できるか否かです」


 皇女さん、普段より結構強めに言ってる気がする。さっきの皇帝さんによる攻撃で怒ったのかな。......そりゃあ怒るか。


 それでは、と軽く頭を下げて、皇女さんが僕と女執事さんを連れてこの場を立ち去ろうとするが、皇帝さんから待ったの言葉が入った。


 ......女執事さん、今の今までほぼ空気と化してたな。


 「......何か?」


 「条件がある。それを満たせば、その者が護衛役を担うことを許そう」


 「“条件”?」


 お、条件付きだけど許可してくれるのか。


 それにその条件ってもしかして......


 「余が選んだ騎士と戦って実力を示せ」


 お約束来たぁぁああぁぁあ!!

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