第123話 二つ名

 「おい、アイツ」


 「ああ、アイツが噂になっている<>か」


 「アイツが、あの......」


 周りからそんな声が聞こえ、僕は鼻息を荒くした。


 現在、皇女さんに連れられて帝国のお城にやってきた僕はだだっ広い廊下を歩いていた。


 僕と皇女さんの他に女執事であるバートさんも居て、先程まで一緒に居たオーディーさんは居ない。


 僕が皇女さんにこの場へ連れてこられたのは言うまでもなく、彼女が僕に依頼してきた護衛任務のためだ。つい成り行きで即承諾したため、アーレスさんにその旨を伝える前に同行してしまった次第である。


 というのも、魔族姉妹が『あの女なんか気にすんな』だの、『どうせこちらのことは気にしてませんよ』だのと、僕が宿に戻ることを否定してきたからだ。


 まぁ、アーレスさんならしばらく僕がいなくても大丈夫だろうし、皇女さんを待たせるのも気が引けるから、二人の判断に乗じた僕なんだけど。


 で、今はお城の真正面から入って、廊下を突き進んでいる。


 どこに向かっているかわからないが、今はそれよりも周りの騎士たちの噂話が気になる。巡回なのかよくわからないが、僕を見てなにやら小声で話していた。


 「本当にあの<屍龍>を討伐したのか? Dランク冒険者なんだろ」


 「疑うなら、お前もジャモジャに行って見てこいよ。未だに氷漬けされたままの<屍龍>が居るぞ」


 「それに殿下のお命を救ったらしい」


 騎士たちだけじゃない。貴族っぽい人も似たような話題を連れの従者たちと話している。


 前者は疑念や興味深そうな視線を僕に向けてくるが、後者は何が気に食わないのか、僕が邪魔者と言わんばかりの視線を向けてくる。


 <屍龍殺し>、いいですね。格好良い二つ名じゃないか。


 僕はホクホク顔になるのを堪えて、前を歩く皇女さんに問いかけた。


 「今からどちらへ?」


 「パパの所よ」


 「え゛」

 

 僕の口から間の抜けた声が漏れる。


 パパって......皇帝さんのことですよね?


 緊張する僕を見ることなく、彼女は進む足を止めなかった。


 「あなた、正規の手続きや検査無しで私の傍に居るのよ? なら何か問題があったときに、真っ先に疑われるのはマイケルよ。だからあなたの存在を早い段階で知らしめた方がいいわ」


 「知らしめるって......」


 「そのためにはパパに紹介した方が一番手っ取り早いのよ」


 「はぁ」


 いきなりだなぁ......。


 そんなこんなで長い廊下を進み、階段を上ってまた廊下と繰り返して辿り着いたのは、この国の皇帝が居ると思しき部屋の前である。


 重量感のある出入口の巨大な扉の左右には、これからこの先に進む者を取り締まる屈強な騎士が一人ずつ居た。


 二人とも自身の身長よりも長い槍を片手に姿勢正しく立っているので、騎士って疲れそうな職なんだな、と失礼な感想を抱いてしまった。


 そんな騎士たちは皇女さんの姿を見て、ガシャンと鎧で音を立てながら敬礼をしてきた。


 そしてその二人によって開かれた扉の先――


 「パパ! 私よ! 今日はパパに紹介したい者が―――」


 と皇女さんが、扉が開かれたと同時に声を大にして言うが、


 「キィエェェェエエエェエェェエ!!」


 誰の奇声かもわからない声が、飛んできた。


 ............え?


 何がどうなっているのかわからない僕は、その飛んできた矢が自身の喉を貫くまで何もできなかった。


 「ごふッ!」


 「ま、マイケルッ?!!」


 口から盛大に血を撒き散らした僕だが、瞬時に姉者さんが【固有錬成:祝福調和】を発動させて僕の傷を治す。


 それを見て皇女さんが、僕の無事を目視で確認し、ホッと安堵の息を漏らした。


 また押し出されるようにして、引き抜かれた矢が、この空間の中央に線を引く真っ赤なカーペットに落ちた。僕の血でそのカーペットは一部、色を濃くして汚れてしまったが、今はそんなことどうでもいい。


 「どうだ! ムムンよ! 娘に纏わりつく獣を射止めたぞ!」


 「流石です、陛下」


 どうやら奇声を発しながら僕に向けて矢を放ってきたのは、この広間の中央で勇ましくガッツポーズして燥いでいる中年おやじだ。


 豪華な装飾と上等なマントを羽織って、如何にもな権威の象徴を体現していた。


 中々のイケメンで、鼻下の金色に輝く髭が特徴的である。無論、髭がその色なんだから、髪の毛も金色だ。またその色が皇女さんの髪の色を連想させた。


 加えて、成人男性の頭一つ分の大きさはあるであろう、王冠っぽい物を被っている。


 おそらく......いや、120%の確立でこのイケオジこそが――


 「ッ!! なんてことするの?!」


 ――皇女さんの父、つまり皇帝さんということだろう。

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