第122話 護衛って響きがいいけど面倒な予感しかしない

 「え、次は護衛任務ですか?」


 「そうよ」


 んな急に......。


 現在、帝都のとある喫茶店にて、僕はこの国の皇女さんと次の依頼について話し合っていた。


 デロロイト領地から戻ってきて早々、僕らが世話になっている安宿にアポ無しで女執事のバートさんがやってきたのだ。


 そして彼女は開口一番に言った。


 近所の喫茶店で殿下がお待ちだ、と。


 言うまでもなく、呼び出しである。


 またアーレスさんはその立場からか、自ら皇女さんとは関わろうとはしなかった。なので僕はアーレスさんと別行動を取ることになった次第である。


 「期待されるほど、僕に力はありませんよ」


 「そうかしら? 十分備わっていると思うのだけれど」


 「いやいや。本当に世の中広くて、全く俺TUEEEEできないんですよ」


 「“俺TUEEEE”? なにそれ」


 帝国皇女、ロトル・ヴィクトリア・ボロンさんは町娘みたく落ち着いた感じの服装で、その格好は下級貴族にも見えないくらい立派に偽装している。


 しかし黄金色の長髪は艶があって整っているから、服装は平民のそれだけど、完全には高貴な佇まいを拭い去れていない。


 クリっとした真っ赤な双眼がとても愛らしいが、それとは裏腹に暴力的な一面もあるので、人とは本当に見かけによらないものだ。


 そんな皇女さんの近くの席には、バートさんとオーディーさんが二人で静かにお茶している。皇女さんの格好から、二人に協力してもらってまた城を抜け出してきたのだろうか。


 王城に侵入した僕が言うのもなんだけど、一国の皇女さんがそうホイホイと出かけていいのかね。ザルってもんじゃないでしょ。


 「理由を聞いても?」


 「今が一番、敵にとって私を排除しやすい時期で、しておきたい時期だからよ」


 これまた物騒な......。


 皇女さんは自分が危うい状況と主張するくせに、大した事ではないと言わんばかりの平静を装っている。


 紅茶の香りを楽しみながら、それに口を付けて飲んでいる様は肝が座っていると見るべきなんだろうか。


 今はおやつの時間帯で、僕らが囲むテーブルの上には紅茶の他に、ティラミスが置かれている。僕の分も含めて二つあるのだが、今はそれよりも依頼の話が気になってしょうがない。


 「オーディーさんが護衛できないくらい離れてしまうからですか?」


 「あら? 驚いたわ。よくわかったわね」


 そりゃあまぁ、ほぼ勘に近いけど、考えればわかることだし。


 以前、レベッカさんが皇女さんの最大の武器はオーディーさんって言ってたから、今まで近くに控えていたオーディーさんが勅命か何かを受けて、皇女さんの下から離れると考えれば、彼女が少しでも戦力を手元に置きたくなるのはわかる。


 「賢い殿方は素敵よ」


 「はぁ。でも、なぜ僕なんですか? レベッカさんは?」


 「レベッカも居るわ。頼りないわけじゃないけど、今の状況からして使えるものは近くに置いておきたいのよ」


 「あれ、結構ヤバめの状況なんです?」


 「ええ。かなり」


 「......。」


 落ち着いてるなぁ、この子。


 僕より年下なのに、命が狙われているっていうのに平然としているのは、皇族としての矜持か何かかな?


 そんな関心する僕を他所に、皇女さんは細い指を三本立てた。


 「あなたが疑問に思っていることは三つかしら?」


 「はい。なぜ皇女さんが危機的状況なのか。なぜ他の冒険者や騎士ではなく僕を雇うのか。そしてあなたは何がしたいのか」


 思っていたことをはっきりと聞いた僕に、皇女さんは一つ頷いて語り始めた。


 「まず一つ目からね。これは明日からオーディーが私の傍に居なくなることに直結するわ」


 「というと?」


 「私が置かれている立場だけど、去年から本腰を入れて闇組織の調査を始めたからか、連中は私の活動が相当厄介みたいね」

 「今まで何してきたんですか?」



 「普通に潰してたわ。主に<黒き王冠ブラック・クラウン>の拠点よ。<幻の牡牛ファントム・ブル>と違って、探ること自体はさほど難しくなかったわ。でもそれと引き換えに圧倒的に数が多いから、ほぼ無意味に等しいわね」


 「なるほど」


 たしか<黒き王冠ブラック・クラウン>って闇奴隷商を生業としているんだよね?


 それじゃあ販売店となる会場や拠点を潰そうが、親元を叩かない限り、事は良い方向に傾かないだろう。


 「で、今まではオーディーが近くに居たから直接アプローチはしてこなかったけど、オーディーが軍を率いてこの国を発つから危ういわね」


 「“軍”?」


 「そ。ここから東の方角でモンスターの軍勢が出現したそうよ」


 それまたすごいことになったな......。


 聞けば弱小モンスターから強大なモンスターまで多種多様に居ることが確認されているらしい。


 あれか、“魔物の群衆スタンピード”ってやつか。異世界ラノベ大好きな僕にはよくわかりますよ。


 そんな知ったかぶりなことを口にすると、皇女さんは眉をひそめた。


 「偶然? なわけないじゃない。<黒き王冠ブラック・クラウン>が仕向けたのよ?」


 「え?」


 「今回のはどう見ても人為的に発生させたものよ。奴ら闇奴隷商はモンスターを山程飼っているから、それらを一斉に解放したって感じね」


 「確定なんですか?」


 「当然。弱肉強食の世界で生きるモンスターたちが、原因も無いのに力関係問わず、帝国へ迫るのはおかしな話でしょう?」


 「ああ、まぁ、たしかに」


 「それに滅多なことでないと、“魔物の群衆スタンピード”なんて起こらないわ」


 「さいですか......」


 そうか、現実はそんな簡単にスタンピードとか起きないのか。別に期待していたわけじゃないけどさ......。


 「で、そのために騎士団長であるオーディーが軍を率いて対処するのよ」


 「なるほど」


 僕は皇女さんの後ろの席に居る、オーディーさんに目をやった。


 目が合ったわけじゃないが、彼は今の話に応えるように軽く手を降って、皇女さんの話は本当だと主張した。


 「連中が仕向けたことなのはわかりましたが、そうなると......」


 「ええ。今のうちに私を暗殺するためでしょうね」


 皇女さんはなんでもないことのように、僕にそう語ってみせた。


 この話が本当ならば、闇組織の連中は度々横入れをしてくる皇女さんを、オーディーさんが離れたタイミングで襲うためにモンスターの軍勢を使った。


 で、この時期にその行動を取ったということは、王国との衝突――戦争が近いことを予期させる。


 そう考えられるのは、闇組織が王都で人造魔族を使って騒動を起こしたことから来る。そして王国はその人造魔族を、帝国領土で造られていることを掴んでいるときた。


 加えて、現皇帝さんも戦争やる気満々だと以前アーレスさんから聞いたな。


 なら、そんなすぐとまでは行かずとも、必ず衝突は避けては通れない道である。


 「あなたを雇う二つ目の理由は、ただ単に私が騎士という存在を信用していないだけ」


 「は、はぁ」


 なんかめちゃくちゃ言うな、この皇女さん。


 たしか帝国って、かなり騎士の存在が重んじられる国なんじゃなかったっけ? それを信用してないとか、皇女さんが口にしていいのか。


 っていうか、オーディーさんがそこに居ますよ。騎士団の長に聞かせちゃっていいんですか?


 「まぁ、全ての騎士が信用ならないってわけじゃないけど、ごく一部なのよ」


 「よくわかりませんけど、って考えですよね」


 「......あなたって本当に面白いわね」


 「?」


 「なんでもないわ。そうよ、私にとってはそのくらいの存在が、あなたたち冒険者よ」


 「僕の立場からしても、会って間もないのに信用される方が疑わしいので」


 信用。


 この世界、特に帝国で騎士が重んじられる理由はなんだろうか。以前、アーレスさんから聞いた話では、騎士とは主君に絶対の忠誠を誓う者とのことで、その思想は王国よりも帝国の方が遥かに高いらしい。


 そんな騎士を信用していないと言う皇女さんが、出会ったばかりの僕なんかを傍に置くのはおかしな話なんだ。


 だから信用できるというよりは、「騎士よりマシ」と捉えた方が適切な気がする。


 「三つ目。最後の理由は、の目的になるのだけれど、王国との戦争を阻止すること。それとこの国に蔓延る闇組織を一掃すること」


 “直近”?


 なにやら含みのある言い方をするな。まぁ、皇女さんとは短い付き合いになるだろうから、直近の目的だけで今はいいか。深く聞いて、この先ずっと付き合わされても面倒だし。


 『おいおい。そもそも護衛って、王城を出入りするには鈴木を検査しないといけないんだろ。大丈夫かよ』


 「あ」


 「?」


 今まで沈黙を貫いていた妹者さんが、不意にそんなことを言ってきた。僕は忘れてはならないことを思い出し、つい間の抜けた声を出してしまう。


 そんな僕を見て、疑問符を頭上に浮かべた皇女さんが首を傾げた。


 「あの、お城に入るには手続きや検査が必要なんですよね?」


 「当たり前じゃない」


 何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの視線を僕に向ける皇女さん。


 とりあえず、ここは以前に魔族姉妹たちと話し合って決めていた設定を伝えるか。あとできるだけ強めの口調で言おう。


 「決して信用していないわけじゃありませんが、僕はこれでも冒険者ですし、検査等で身体を調べられたら困ります」


 「......たしかに強さの秘訣を露呈されたら困るわよね。一応、マイケルは王国側なんだし」


 「はい」


 皇女さんの返答に短く相槌を打つと、彼女は顎に手を当てて考える素振りを見せた。が、それも束の間のことで、一つ溜息を吐いてから彼女は口を開いた。


 「わかったわ。検査無しにするからお願い」


 「え」


 お、驚いたな。いくら過去に自身の命を救ってくれた人物とは言え、なんも検査しないで我が家に得体の知れない者を招き入れるとは、正気の沙汰とは思えないぞ。


 皇女さん、あなた皇帝の一人娘なんですよね? いいんですか、そんなんで。


 こうして半ば退路を断たれたような気分になった僕は、皇女さんの護衛任務を渋々受けることになったのであった。

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