第121話 口喧嘩

 「遅い」


 「す、すみません」


 現在、蜥蜴型の人造魔族との戦闘を終え、無事に勝利した僕は、少し離れた所で丁度良い高さの木箱に腰掛けていたアーレスさんに謝っていた。


 既に戦闘を終えた彼女は、腕を組んで人差し指でトントンともう片方の腕を小突いている。


 そんなアーレスさんの傍らには、二体の人造魔族の死体が並んでいた。


 一体は巨翼の人型人造魔族だったが、アーレスさんとの戦闘で羽を失ったのだろう、片翼を付け根辺りから引きちぎられていた。


 もう一体は両手両足が全て切断されている。左右二本ずつの巨腕が特徴のゴリラっぽい人造魔族だったと記憶しているのだが、こちらも戦闘の過程で全てを失ったのだろう。


 すごいな。二体の人造魔族を倒して、僕がこの場へ戻ってくることを退屈そうに待っていたなんて......。


 正直、早く終わったのなら手伝いに来てほしかったのだが、文句を言うと不機嫌になりやすい彼女なので、胸の中に仕舞っておくことにした。


 『こっちが相手した人造魔族は【固有錬成】持ちだったぞぉー』


 「やはりそうか......」


 『というと、そこの死体たちも?』


 「ああ」


 アーレスさんが短くそう答えて、二つの核を僕に見せた。


 どちらも大きさはテニスボールくらいで、僕らが回収したものと同じサイズだ。色はそれぞれ黄色とオレンジ色だったけど。


 「鳥みたいな奴は飛んでいる間は超加速ができる【固有錬成】持ちで、腕が四本ある奴は握ったモノを変形させる【固有錬成】だ」


 「ま、マジすか......」


 僕だけじゃなくてアーレスさんが相手していた人造魔族も【固有錬成】持ちだったのか。


 鳥魔族の超加速のスキルがどれくらいの速さかわからないけど、ゴリラ魔族は聞いた感じヤバそう。


 握れば変形できる、という意味合いであれば、身体の一部を掴まれた瞬間に変形させられるのだろう。もしかしたら、こちらの防御力が無視されるのかもしれない。そう考えると割と危険な【固有錬成】かも。


 しかしアーレスさんにとっては二体とも大した敵ではなかったらしい。頼もしいことこの上ない。


 『なぁー。そいつらの核要らねーなら、あーしらにくんねぇー?』


 と話題を変えてきたのは妹者さんだ。


 図々しくそんなことが口にできるのは彼女くらいだろう。


 正直、アーレスさんが妹者さんのお願いを聞いてしまったら、その二つの核は僕の中に収められる気がするので、できれば彼女には断ってほしいところだ。


 無論、彼女は魔族姉妹が他者の核を取り込もうとする理由を知らないため、疑問符を浮かべた顔つきになる。


 「なぜだ? 売った方が良いだろう?」


 『鈴木の強化に必要なんだよ』


 「......ザコ少年君の体質か」


 アーレスさんは銀色の瞳を細めながら僕を見てそう呟いた。


 僕の体質でいいのかな?


 魔族姉妹からは他者の核を体内に取り込んで、その核に宿る【固有錬成】を自由自在に扱えるようにするって聞いているけど、それが成功したことは未だに一度も無い。


 まだ二回しか核を取り込んだことないから、一概には失敗とは言えないけど。


 「まだ使えたことはないんですけどね」


 『これから使えるようになるかもしれないじゃないですか』


 「どちらにしろ、そういう話であれば尚更渡せない」


 『は? なんでだよ?』


 妹者さんがアーレスさんの返答を受けて、理解ができないと言わんばかりに理由を問う。


 「ザコ少年君は当初出会ったときよりは信用のおける人物となった。が、まだ不安要素が拭えない。先日の<屍龍>戦で使った【多重魔法】も含め、今後敵にならないとは限らない者に力を与えられないからだ」


 『つまり私たちたちが力をつけ過ぎては困ると?』


 『んだとてめぇ! 元はと言えば、おめぇーがあたしらを巻き込んだからだろ!』


 「同時に貴様らという存在を看過している」


 『は? “監視”の間違いだろーが』


 『私たちの協力を仰いどいてよく言えますね』


 「ちょ、ちょっと二人とも!」


 「“協力”......か。こちらの指示に忠実な面は好ましく思うが、生憎との強化を手伝ってやれるような立場でないんでな」


 『......てめぇー、マジでそれ言ってんのか。見損なったぞ』


 『ええ、そこまで言われては共に行動する価値いみはありません』


 魔族姉妹はそう言い残して僕の手のひらからすがたを消した。口喧嘩したときによく見る去り方である。


 な、なんか急にすごいことになったな......。


 僕のそんな他人事にも思える感想は口から漏れるわけでもなく、ただじっとその場へ佇ませていた。


 対してアーレスさんは何を言うでもなく、鼻を鳴らすと同時に立ち上がり、歩み始めた。僕も特にすることはないので、そのまま黙って彼女についていくことにした。


 『鈴木、帝都に戻ったらあの皇女んとこに向かうぞ』


 「え」


 『あまり関わりたくない界隈ですが、この女騎士と行動するより、あっちの方が待遇良さそうですしね』


 「......勝手にしろ」


 一度は姿を消した魔族姉妹だが、僕に今後の方針を伝えるべく、再度姿を見せた。これを受けてアーレスさんは短く答える。


 け、喧嘩しないでよ......。


 確かにアーレスさんの言い方は少し思うところがあったのかもしれないけど、基本この人って口下手だし、無愛想だし、厳しいじゃん。


 それに彼女は、僕らが相手した奴の核を取り上げることはしなかった。つまりはあっちからは協力はできないが、個人で強くなる分には勝手してもいいということだろう。


 そんなことをアーレスさんから距離を取って魔族姉妹に説くと、それでも二人はカンカンに怒った様子のままだった。


 『にしてもだぞ! こっちだって手伝ってやってんのに、鈴木のこと得体の知れねぇー者とか言いやがった!』


 『言葉足らずなとこは理解していますが、ああも上から目線に、それも協力的でない態度見せられては、こちらが譲歩し続けるだけです』


 「う、うーん。これはしばらく距離を置いた方がいいかな......」


 この様子だと、本当に魔族姉妹はアーレスさんの仕事に協力する気は無いみたい。


 というのも、これがいざってときの足枷となってしまうのなら、魔族姉妹の熱りが冷めるまで別行動を取った方が良い気がする。


 僕は、はぁ、と溜息を吐いてアーレスさんの下へ行き、皇女さんの所で情報共有するついでに、しばらくの間は別行動する旨を伝えた。


 アーレスは先と同じように、勝手にしろ、の一言で済まして、特に口出ししてくることもなかった。


 翌朝、僕らはデロロイト領地内の町から帝都まで向かう商人に頼んで、馬車の荷台に載せてもらい、この地を出発した。


 以前、ここに転移してきたときと同じ手段である。もちろん、ただで乗せてもらうのではなく、道中の警護も兼ねてだ。


 「お、この果物美味しい!」


 馬車に揺られながら、僕は商人から珍しい果物があると聞いて、試しにそれを買って食べてみることにした。


 今の僕らに金を無駄遣いする余裕は無いんだけど、荷馬車に乗せてもらった手前、断ることも躊躇われた。


 それに僕自身、異世界ならではの食べ物にすごい興味があったし。


 それで買ったのはリンゴほどの大きさの黄色い果実だ。天辺は少し緑掛かっているが、そこから下にかけてグラデーションの如く黄色くなっている様は、素人目の僕からしたら熟しきっていないようにも見えてしまう。


 また銀貨1枚と、日本円にして約1000円で、相場がわからない僕にはカモられた気分でもあったが、美味しかったので文句を口にすることはなかった。


 商人によれば皮ごと食べても美味しいとのことなので、その手軽さからさっそく丸噛りしてみたんだけど、見た目に反してめちゃくちゃ美味しかった。


 果実特有の甘さはもちろんのこと、噛じった瞬間の果汁が溢れ出てきたことに驚いた。汁っけたっぷりだから果肉入りのジュースみたいで、一気に食べないと溢してしまうほどである。味は桃......いやマンゴーに近いかな?


 『んぐ、じゅる。うめぇーな!』


 『これはピカトロの実ですね。熱帯地域で採れる果物です。この辺で食べられる物ではないので、かなり貴重な体験ですよ』


 へぇ。さすが商人だな。遠方からこうして珍しいものを取り寄せているのか。


 「ですって、アーレスさんもいかがですか?」


 「......要らん」


 「甘くてジューシーで美味しいですよ」


 「......。」


 ガン無視。彼女はそっぽを向いて、僕が差し出したピカトロの実を見ようともしない。甘い物が大好きなくせに。


 やっぱり昨晩のことを気にしてるのかな。


 『ほっとけ、ほっとけ』


 『そうですよ。気にかける必要ありません』


 「え、ええー」


 「......。」


 こうして気まずい帰路になるのであった。

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