第120話 勝利の緒
「なんなんだよ、あの硬さは......」
現在、僕は眼前の蜥蜴魔族の防御力に唖然としていた。
就寝する時間帯で繰り広げられていた戦闘は、ちらほらとこちらの様子を見に来る町の人たちまで見かけるほど長引いてる。
マズいな、そろそろ終わらせないと目立ってしまう上に、周りの住民にまで被害が出てしまう。
デロロイト領地にあるこの町は、人口が四桁に行かないほど少ないだけに、被害が大きくなればなるほど復興や町の存亡に深く関わってくる。
しかもその領主たるブレット男爵は闇組織の関係者だ。町の住人も関わっているかわからないが、まず間違いなく、今後は苦労が絶えないはず。
それ故に少しでも速く戦闘を終わらせて、この町を発たなければ......。
『姉者の魔法で氷漬けにできねぇーか?』
『難しいでしょうね』
「その心は?」
僕のその問いに姉者さんは指を二本立てて答える。
『まず一つ。いくら魔法であっても凍結は凍結です。外的要因をもって凍らせるのですから、外から中へと凍らせていきます。逆はありません。なので、あの防御力の高さが魔法耐性にまで直結しているのか不明な現状、魔法を放っても効果があるかわかりません』
たしかに。まだ魔力に余裕はあるけど無駄にしたくないよね。
それに長期戦になるかもしれないし、敵が蜥蜴魔族を含めて三体だけとも限らない。
『次にあの防御力が魔法からなるものではない可能性です』
「まさか......【固有錬成】?」
『かもしれないですし、種族故の体質かもしれません』
“体質”?
僕のそんな疑問を察した妹者さんが、代わりに説明してくれる。
種族によって魔法に耐性や逆に弱点があったりするらしい。まぁ、そこは現代人でゲームや漫画を嗜んできた僕だから理解は難しくはない。
例えばゲームっぽい話になるけど、明らかに火属性なモンスターは火属性攻撃を得意とし、同属性の耐性だってある。しかし水属性攻撃に弱く、水属性なモンスターに対しては攻撃力が下がってしまう。
当たり前っちゃ当たり前な強弱関係だ。
種族的にめちゃくちゃ防御力がある外皮を纏っている生物もいるようなので、なにも魔法を手段としていないからって【固有錬成】に繋がるわけではないのだとか。
とは言うものの、今回は前者というより後者の方が濃い気がする。
「ああ言う敵って決まって毒に弱い気がするんだよなぁ」
『お、わかってんじゃねぇーか。毒が効けばだが、たしかに内部から弱体化させることはできんな』
『ゲーム知識が異世界で活きて良かったですね。あなたがボッチで過ごしてきた時間は無駄じゃありませんでした』
一言多いよ。
あれこれと話し合っていた僕らだが、敵は構うこと無く近づいてくる。
ズシンズシンと、勿体ぶっている様子さえ感じさせる歩み方だ。
『【多重魔法】を試してみっか?』
「いや、あんな高威力魔法、こんな所で使えないよ。人もちらほらと集まってきているし」
『ではここから少し離れて――』
姉者さんの提案の途中で、蜥蜴魔族より斜め後ろ、離れた所で一人の男性の姿が見えた。
時間帯もあってはっきりとはわからなかったが、点々と町中にある灯が照らしてくれたのは、その男性が弓を構えていた様子である。
格好はこの町の警備兵だろうか。革鎧姿だから、急所だけでも鋼鉄の鎧を纏う帝都の警備兵と比べると明らかに防御力の面で劣っている。
「し、死ね! 化け物!」
「あ、ちょ!!」
そんな警備兵が如何にも怯えた様子で、矢を放った。その顔つきは恐怖の色に染まっていたが、この町を守ろうと意気込んでいる。
僕は止めようとしたが、時すでに遅し。
あの強固な外皮に矢なんて無力にも等しいし、もし蜥蜴魔族の注意が警備兵の男へ向かったら面倒この上ない。
そう思って声を上げたのだが、矢は蜥蜴魔族を射貫かんとばかりに真っ直ぐと飛んでくる。
次の瞬間にはその矢が弾かれる未来を視た僕だが、
『ッ?!』
こちらに歩み寄ってきた蜥蜴魔族の肩にぶすりと刺さったのだ。
しかし蜥蜴魔族の太い肩に突き刺さったそれはあまりにも傷が浅く、蜥蜴魔族が驚いた拍子にポロッと落ちてしまった。
矢が自身の肩に刺さるまで、後方の警備兵の存在に気付けなかった蜥蜴魔族は、その者をギロリと睨み、反撃をしようとするが、次に取った僕の行動の方が速かった。
無謀な警備兵に向けている奴の注意を、再びこちらに向けるためじゃない。
見えたのだ。
勝利の
「姉者さんッ!!」
『はいッ!!』
僕の意図を察した姉者さんが、駆けていく僕に先んじて【凍結魔法:氷牙】を発動する。
勢いよく地面から線形状に放たれる氷の牙は、敵を穿つためではない。
敵の足場を奪うためである。
攻撃目的とは別の一撃は、蜥蜴魔族を空中へと放り投げた。姉者さんも僕と同様に勝利を確信したから行ったのだ。
そしてそれは妹者さんも同じである。
『【紅焔魔法:爆散砲】ッ!!』
後ろに向けた右手が生み出した爆発力で、僕の突撃は超加速した。
ある種の砲弾と化した僕の身体は、そのまま一直線に宙へ浮かんだ敵へ急接近する。
「その硬さの秘密が【固有錬成】ってのはわかったし、その発動条件もわかったよ!!」
僕は【凍結魔法:
それをろくに防げることができなかった相手の首元に突き刺す。
そして
『ッ?!』
「じゃあね」
半円を描くようにして、横に振り払った。
*****
「ふぅ。結構、連携取れてたんじゃない?」
『ええ。文句無しでしたよ』
『あーしの魔法でトドメ刺せたら満点だったなぁー』
いやだって、【爆散砲】のせいで右腕グチャグチャだったじゃん。
称賛する姉者さんとは違い、若干不服そうにしている妹者さんに苦笑いしつつ、僕は死体と化した蜥蜴魔族を見下ろした。
首を切断された蜥蜴魔族は、その切断面から黒い血をドクドクと外へ流していた。
「やっぱ【固有錬成】だったんだね」
『おう。あんなちっぽけな矢が肩に刺さったのは、そうとしか思えねぇー』
『はい。移動しなければ攻撃無効、と言った具合でしょう』
そう。それを証明してくれたのが、あの警備兵が放った矢である。
まず僕らが蜥蜴魔族に与えられたダメージはたったの一回だけ。蜥蜴魔族の尻尾攻撃を姉者さんのワイヤー鉄鎖で切断したときだけだ。
それ以降は全て攻撃が無効化に近いレベルでダメージが無かった。
「攻撃無効......か。チートすぎでしょ」
『そこだけ見ればな』
で、攻撃無効というほど防御力が高いのはわかったわけで、それが【固有錬成】由来のものであり、かつ発動条件がわかったのは、先も言ったようにあの矢のおかげである。
別に矢自体は大したものではない。
鏃はこの町なら納得するような、石を削って作った代物であった。まず鉄製とか特殊な鉱石ではないのは確かだ。
そんなものが掠り傷とは言え、蜥蜴魔族の強固な外皮を害したのに、魔族姉妹の攻撃が効かなかったのはおかしな話だ。
だからまず【固有錬成】だと確信を持てた。
『まぁ、賭けみたいな要素がありましたし、思い込みで動くのはできるだけやめた方がいいですね』
「き、気をつけます」
今回は駆け出した僕の意図を瞬時に理解してくれた魔族姉妹のおかげで勝てたと言える。
というのも、奴にダメージを与えられたのは共通して敵の動きがあったからだ。
ワイヤー鉄鎖で切断できたのは、蜥蜴魔族が回転力を利用した尻尾の攻撃したから。
【打炎鎚】や【抜熱鎖】などの魔法が効かなかったのは、奴が動かずに受け止めていたから。
そして姉者さんが放った【螺旋氷槍】を避けたのは、奴が前進途中であった上に、こちらの攻撃が速すぎたからだ。
ゆっくりとこちらに近づいてきたのは、いつでも移動を止められるように慎重になっていたからだろう。
だから僕らはまず奴の足場を崩して、無防備な状態の空中で襲撃した。
結果、首を跳ねられて地に伏しているのは蜥蜴魔族だ。
「......やっぱ核は回収するの?」
そして終いにそんな死体から剥ぎ取ったのは、今までの【固有錬成】持ちのモンスターと同じく、心臓――核である。
大きさはテニスボールくらいで、形はまん丸、色は透き通った青色だ。
魔族だからって全部が同種じゃないのはわかるけど、割と容赦なく剥ぎ取ったから若干引いてしまった。
『ったりめーだろ。今までは能力を取り込めずに不発だったが、次がそうとも限らねぇーしな!』
「え、また核を飲み込まなきゃいけないの?!」
『一度や二度の失敗で諦めてどうするんですか』
うへぇ。あの瞬間は本当に苦しいんだよね。飲み込むまで呼吸できないし、核を砕いてできた破片が口内や喉を傷つけるから辛いのなんの。
勝利の余韻に浸れず、まだまだ苦労が尽きないことにうんざりする僕であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます