第127話 護衛は24時間フルタイムで

 「僕、もう王都に帰りたくない......」


 『『......。』』


 魔族姉妹が、そこまで言うか、と言わんばかりの視線を僕に向ける。


 現在、皇女さんの護衛依頼の下、彼女の部屋で夕食をいただいているところだが、出されたご馳走の美味しさに僕は感動していた。


 美味い飯に美女しか居ない空間。最高じゃないか。


 侍女の人がこの部屋に色々とご馳走を運んできたのだが、中でもやはりメインメニューが美味である。


 牛肉のステーキっぽいが、どこか違う食感だ。もちろん、この世界はファンタジー溢れる世界なので、地球人の僕が思うところの肉といえば、豚肉や牛肉などの常識は通じない。


 現に今までに何回もモンスターのお肉食ったしな。美味けりゃいいんだ。


 ただ最近贅沢していなかったからか、柔らかく脂身のある肉厚ステーキを食べると涙を流してしまう。


 「スー君は大袈裟ねぇ」


 「今まで贅沢できなくて......」


 「それなら私の食べかけもあげるわ」


 「ありがとうございます!!」


 「じょ、冗談だったのだけれど、その勢いはちょっと怖いわね」


 からかったくせに引くな。


 僕の前の席にはブロンドヘアーの美女、レベッカさんが居る。今日も変わらずタイトドレスを纏っている彼女だから、その容姿は貴族様なんじゃないかと疑ってしまうほどだ。


 が、実はこれで傭兵業界トップの実力者なのだから、人は本当に見かけによらないのだと思い知るよ。


 そんな彼女の唇には、今しがた食していたステーキの肉汁が付いていて輝きを放っている。


 それを目にしたら美女の食べかけなんてご褒美以外の何物でもない。


 お金払うから頂戴、と言いたいくらいだ。


 「いくらでしょうか?」


 「心の声が漏れてるわよ」


 失敬。


 本当に漏らしてしまったじゃないか。


 大人の色香を撒き散らす彼女を他所に、僕はこの部屋の主である皇女さんに目をやった。


 また彼女の近くには女執事であるバートさんが控えている。


 「しかし本当にいいんですか? 一国のお姫様の部屋で夕食をいただいて」


 「たしかに匂いが気になるけど、それくらいかまわないわ」


 帝国皇女、ロトル・ヴィクトリア・ボロンは窓際のソファーに腰を掛けて読書をしている。


 彼女は僕らと違って既に夕食を摂っているので、食事を共にしていない。ちなみに父親である皇帝と摂ったとのこと。


 さすがの護衛役である僕でもその場には居なかったが、レベッカさんやバートさんがその部屋の外で待機していたので、特にこれと言った問題は起きていない。


 皇女さんにとってはこのお城こそが自分ちなのに、こうも護衛を傍に置かなくては気が休まらない生活というのはなんとも皮肉な話である。


 この部屋で食べない方が良いに決まっているステーキの場違い感がやばいな。


 うんまうんま。


 「さて、食事中で悪いけど、二人には頼みたいことがあるわ」


 「?」


 パタンと厚みのある本を閉じた皇女さんは、食事中の僕らを見ながら話し始めた。


 十中八九、護衛依頼に関する話だろう。でなきゃこんな平たい顔の平民に贅沢な食事を振る舞わない。


 「まずはお互いの戦闘能力を把握してちょうだい。あなたたちの護衛を頼んだ理由は、紛れもなく個の力なのだから、効率良く動いてもらいたいわ」


 「そうねぇ。スー君とは一度やり合ったことあるけど、たぶん今は以前より強くなっているでしょうし」


 皇女さんの尤もな意見に同意したレベッカさんは、Sっ気たっぷりな視線を僕に向けてきた。


 マゾに目覚めたくはないのだが、それでも美女に性的に迫られる経験はしてみたいのだから、童貞とはつくづく救えない生き物である。


 また右手が僕の太腿を抓ってきたのだが、痛みによる声を我慢したのは言うまでもない。


 「明日でいいかしら? 実際に手合わせしてみないと正確にはわからないわね」


 「それでかまわないわ」


 げ。机上じゃ駄目なの。


 またレベッカさんと戦わないといけないのかぁ......。まぁ、命を狙われることは無いと思うから、そこは安心できるか。


 『このヤリマン女が! ぶっ殺してやる!!』


 『リベンジマッチです』


 魔族姉妹もやる気満々だ。


 レベッカさんがヤリマンかわからないのに、ヤリマン呼ばわりしちゃ駄目だよ。ヤリマンでも呼んじゃダメか。


 「なら次は護衛の話ね。前も言ったけど、最低でもオーディーが帰ってくるまでの間、しっかりと私を護るのよ」


 「それはいいんですけど、具体的にはどういったことが危ぶまれます?」


 いくらオーディーさんが不在とは言え、連中もそんな大胆なことしてこない気がする。


 もちろん、楽観視するわけじゃないが、皇女さんだって皇族だし、皇帝が黙って娘の命が失われるのを見過ごすはずがない。


 そんな僕の疑念を察した皇女さんが答えた。


 「王城ここに居る間で攻めてきそうなのは闇組織の連中ね。聞けば奴ら、“合鍵”というどこでも行き来できる代物があるみたいじゃない」


 なるほど。すでに騎士だけじゃない。ここで働く使用人たちや、訪れる貴族連中の中にも闇組織の内通者が居るのであれば、この城のセキュリティはあまり意味を成さないな。


 ああ、だからこうして皇女さんの部屋で食事させているのか、何かあってもその場で護衛できるし、牽制にもなる。


 それにしても美少女に密着護衛って......最高か。


 「私が居れば大抵のことは大丈夫なのだけれど、皇女さんを守りながら何かをするには、人手が足りなくなる懸念もあるからスー君を雇ったのよ〜」


 「基本はレベッカを私の傍に置いて、マイケルには好きに動いてもらう予定だわ」


 「そんな自由行動を取っても良いんですか?」


 「もちろん、求めている成果は、“私のためになるかどうか”、よ。よく考えて動きなさい」


 「ロトちゃんがこういうのも、原則、私が指示を出すけど、連携を求めていないからよ」


 「なるほど」


 皇女さんが僕らに求めているのは個の力。


 そりゃあ連携を取れるに越したことはないけど、所詮は即席の護衛人。下手に互いの立ち回りを意識するよりは、個人で好きなように動いた方がいい。


 レベッカさんだって皇女さんを護ることだけに集中できるし、僕だって今までのように一人で戦った方がやりやすいからね。


 「で、特に危ない状況に陥りそうなのが、明後日に控えているフォールナム侯爵のご子息の成人祝ね」


 「おめでたい日によく仕掛けようとするわよねぇ」


 皇女さんの説明に、レベッカさんが面倒極まりないといった様子で相槌を打った。


 続く話はこう。


 帝国西方に位置するフォールナム領地を統べるオッド・フォールナム侯爵からパーティーのお誘いがあっため、皇女さんは参加しなければならないみたい。


 そのパーティーとやらはご子息であるジンク・フォールナムの成人祝らしい。


 帝国貴族の中でもかなり上位に位置する貴族らしく、お誘いを無下にはできないのが辛いところと皇女さんはぼやいていた。


 無論、この侯爵さんこそが闇組織の連中と関わりがある貴族で、オーディーさん不在の今を狙ってのパーティー開催だろう。


 「当日の流れや護衛の指示に関しての詳細は後で説明するわ」


 「何されるんでしょうね」


 「可能性としては、道中の奇襲......それとその晩に一泊する予定だから、パーティー後か、もしくはその最中ね」


 「最中も?」


 「パーティー中でも襲ってくるかもってこと」


 え、そこまでするの。


 聞けば、侯爵が闇組織と関わっている証拠が非常に少ない故に立証はできないのだが、一番手っ取り早いのは王侯貴族が集うその場の奇襲らしい。


 実際に動くのが闇組織の連中と言っても、後先考えずに殺しにかかるとは、もはや関心してしまう。


 そんなことしたら侯爵に責任追求されると思うけど、相手もそこまで切羽詰まっていると考えるべきなんだろう。


 次に怪しいのが毒を盛るとのこと。


 まぁ、これは毒物の証拠が少なからず身体に残る上に、傍にはその面に長けた傭兵でもあるレベッカさんが居るので可能性としては低いらしい。


 「そういうわけだから、とりあえず明後日までには色々と準備は済ませておいてね」


 「は〜い」


 「わかりました」


 明後日までの予定はとりあえず把握できたことで、食事を終えた僕は皇女さんにどこで寝泊まりするべきなのか聞いた。


 密着護衛なので、きっと近くに控えていろとか言われるのかもしれない。


 年下だけど四六時中、美少女の近くに居れると考えれば、僕は果報者と自覚するべきだろう。


 無論、王都に居た頃はルホスちゃんと一緒にベッドで寝ていたけど、あの子はもはや妹のような存在で僕の心臓が高鳴ることはなかった。


 アーレスさんも同じである。帝国に来てから金銭面の理由で、ずっと同じ部屋で寝泊まりしていたのだが、何もイベントらしいイベントは発生しなかった。


 それにいくら美女であるアーレスさんといえど、下手な行動したら殺されるの僕だからな。


 どっちみち魔族姉妹(特に妹者さん)が、僕にそういうことさせない、と努めていることも手伝ってか、全然良い思いをできなかった。


 「マイケルは外よ」


 「......はい?」


 皇女さんの一言に、思わず僕は聞き返してしまった。


 決して聞こえなかったわけではないんだけど。


 「バルコニーがあるでしょ。そこで寝てちょうだい」


 「......。」


 あの、扱い雑過ぎません?


 いやまぁ、平たい顔の平民、それも前科有りの僕と同室は嫌にしても、近くの空き部屋とかさ......。せめて屋根があるところがいい。


 僕の不満を察して、レベッカさんから声が上がる。


 「ロトちゃんのベッドは広いのだから、一緒に寝てしまえばいいじゃない(笑)」


 「っ?! 馬鹿言うんじゃないわよ!!」


 「昼間はスー君に抱き着いていたのに、何を恥ずかしがっているのかしら?」


 「あ、あれはそういうのじゃないッ!!」


 「どういうの?」 


 「う、うるさいわね?! クビにするわよ?!」


 なにやら騒がしくなり始めたが、そんな二人を他所に、近くに控えていた女執事のバートさんが、食事を終えた僕の腕を取って、無言のままバルコニーへ連れて行った。


 そして開かれた扉の先、外の世界に僕を放り込んだ。


 無言のまま。


 「......。」


 「あの、せめて布団か何かを――」


 バタン。


 そんな勢いのある音と共に、扉は無情にも閉ざされた。


 シャー。


 ついでにカーテンも。


 「......。」


 『ま、人生そんな美味しいことばっかじゃねぇーってことよ』


 そんな妹者さんの言葉が、やけに心に響いた気がしたのであった。

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