第117話 謎の黒いブレスレット

 「戻って......これたね」


 『みてぇーだな!』


 『これで一安心です』


 本当だよ......。


 ああ〜、もう二度と会いたくないなぁ。


 最後に駄目元で僕の首に掛かった懸賞金を無くしてほしいと頼もうとしたけど、やっぱ駄目だったな。


 現在、ブレット男爵が統べるデロロイト領地と思しき場所に戻ってこれた僕は、安堵の息を漏らしていた。


 周りを見渡せば、近くに僕と男爵たちが乗ってきたと思しき馬車があった。御者の人は呑気に馬に水をやったり、愛でたりしていた。


 予めブレット男爵に適当な場所へ連れて行け、と命令されていたのだろう。御者の人の顔を見れば、なんだか仕事をやりきった感を醸し出していた。近くに転移して帰ってきた僕の存在に気づいた様子も無い。


 また僕と違ってブレット男爵は帰ってくる気配がない。執事の人は殺されたからどうでもいいけど、男爵が帰ってきたら意味ないもんね。僕に捕まるわけだし。


 「さて、とりあえずアーレスさんと合流するか」


 『んの前に』


 『ええ。ところで苗床さん、右腕を見てください』


 え、右腕?


 姉者さんの言葉に疑問符を頭上に浮かべた僕は、言われるがまま自身の右腕を見た。


 するとどういうことか、


 「なんだこれ」


 僕の手首に真っ黒なブレスレットが嵌められてあったのだ。


 その色からして即座に連想したのは、男爵の執事を殺害した漆黒の槍、あるいは僕の右足を容易く切断した漆黒の両手剣に似たものである。


 つまり十中八九このブレスレットは、あの玉座に居た人物が僕に身に着けさせたものだろう。


 なんで?


 というか、どうやって?


 いつの間に?


 『気味わりぃーし、取るか?』


 「え、でもこれ外れないよ? 見た感じバックルなんか無いし、輪の大きさ的にも手を通せるとは思えない」


 『あーしの【固有錬成】があんだろ』


 それを聞いて僕は最悪な気分になった。


 「ちょ、なんでも切断と治癒で解決する思考やめてくれない? 宿主を労ろうよ」


 『こっちの方が手っ取り早くていーだろーが』


 「そうかもしれないけどさ、こう、ブレスレットを壊すとか無いの? ドラゴンゾンビ戦の後も、平気で僕の胴体を真っ二つにしようとしたよね? なに、僕のこと嫌いなの? なんかした?」


 『っ?! べ、別にきら......じゃね.....けど』


 「もごもご言ってて聞こえないよ」


 『だぁー!! とにかくブレスレット壊したときに、なんか変な魔法でも発動したら危ねぇーだろ!!』


 「うっ。それはちょっと嫌だなぁ」


 『だろ?! それにドラゴンゾンビのときだって、下半身の氷漬けで結局壊死したら【固有錬成】使うじゃねぇーか! あーしはな! ちゃんとおめぇーのこと考えてんだよ!!』


 「ぐぬぬ」


 『それを痛いからやだとか、ガキかてめぇーは! ああん?!』


 ど、どうしよう、ぐうの音も出ないや。


 素直に謝るか......。僕だって被害者なのに。


 「わ、わかったよ、ごめんって」


 『ったく。もっとあーしの存在に感謝しろよなぁー。鉄鎖ゲロ吐くだけの姉者より有能だろ』


 『あれ、私までとばっちりを食らわないといけないんですか』


 今まで我関せずといった様子だった姉者さんが疑問を口に漏らす。


 ゲロイン姉者は、もう僕の中で深く根付いてしまった印象だ。


 実際頼もしいし、便利な鉄鎖だけど、彼女が口から生成する度に苦しそうな声を出すから居た堪れない気持ちになる。


 とりあえず、人気の無い所へ移動した僕らは、右腕に装着された腕輪を外すべく、その付近を切断することにした。


 できるだけ血で服を汚さないよう、上半身裸になった僕は深い深い溜息を吐く。


 ああ〜、めちゃくちゃ痛いんだろうなぁ。


 『戦闘時はしょっちゅう部位欠損おおけがしているじゃないですか』


 【凍結魔法:鮮氷刃せんひょうば】を生成し、左手の甲に口を移した姉者さんがそんなことを言う。


 ちなみに妹者さんは腕が切断される前に、右肩の位置へ口を移していた。


 今更ながら思うけど、僕の身体って本当にへんてこだよなぁ。


 「戦闘中は違うじゃん。なんていうの、アドレナリンが分泌されているから、みたいな?」


 『情けねぇーな。それでも男か』


 う、うるさいな。


 僕はこれ以上言わないよう、無言で右腕を前に差し伸ばした。


 そして姉者さんは特に合図もなく、躊躇なく、そして呆気なく、宿主の右腕に向けて氷の刃を振り下ろした。



*****



 「はぁ。痛かったなぁ......」


 『まだ言うか』


 『まぁ、結局ブレスレット取れませんでしたし、斬られ損ですよね』


 言わないで......。


 そう、右腕を切断してブレスレットを外す予定だったのだが、未だに僕の右腕にはそれが着いているのだ。


 というのも、切断した後に姉者さんがすぐさまブレスレットを引っこ抜く予定だったんだけど、おかしなことに全然外れなかったのだ。


 力づくて恥ずそうにしても僕の手首から動くことなく、がっちりとその場に留まるという想定外の出来事が起こった。


 二人が踏ん張るも、その間は切断による痛みで泣き叫ぶ僕であったが、外せないという結論に至ったので、妹者さんの【固有錬成】で完治させて今に至る。


 完全に斬られ損だ。なんなの。


 「このブレスレット自体をどうにかしないと駄目みたいだね」


 『だなー』


 ちなみにこのブレスレットを僕から遠ざけることはできる。


 単純にブレスレットが装着されているやや上から腕を切断すれば、それは手首ごと切り離されるわけだが、そうなると妹者さんの【固有錬成:祝福調和】の特性上、失敗に終わってしまう。


 というのも、僕から切り離したそれが消滅しない限り、新たに右腕を再生できないからである。


 だから切り離した程度じゃ、再生というより、くっついて修復という回復方法なので、ブレスレットは依然として右腕に残ったままだ。


 じゃあ切り離した後に火属性魔法で焼却でもすればいいじゃん、と行きたいところだが、もうその段階に入るんだったらアーレスさんに対処してもらおうと考えた次第である。


 『今すぐどーにかなるってわけじゃなさそーだから、とりあえずあの女騎士と合流すっか』


 「うん」


 そんなこんなで僕らは、定時でアーレスさんと待ち合わせする場所へ向かうのであった。

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