閑話 <幻の牡牛> 1
「彼、中々どうして見所あるな。そう思わないかい? <
「その呼び方はお辞めください」
苗床を転移魔法で帝国領に帰した後、今までの余韻に浸るかのように玉座に座る者が居た。
ここ、ジョリジョ共和国、北方に位置する山岳地帯にある巨城は、創設から少なく見積もっても五百年は経っていた。
古城と称すべき城の外壁は、その年期から所々に罅や蔦が張り巡らされている。しかしその外見とは裏腹に古城内部は神秘的と言っても過言じゃないほど、行き届いた管理が尽くされていた。
塵一つ無い、磨き上げられた石床は濃紺色の素材から、限りなく黒に近い輝きを放ち、最上の間へ設けられた多彩なステンドグラスが、外から差し込んできた陽の光を数多に彩っていた。
その空間に一際存在感を放つ玉座がある。
そこに腰掛ける者は、この巨城の支配者たる雰囲気を醸し出していた。
「ナナちゃんも気に入ってくれると思ったんだけどなぁ」
「はぁ。低俗な芸に心を惹かれることはございません」
そして近くの玉座付近の柱から音もなく姿を現した人物、<7th>はその支配者に溜息を吐いてそう答えていた。
<7th>はその名称から<幻の牡牛>の一員であり、女性である。故に玉座に座る人物の仮面よりも二回りほど小さい雄牛の角を有した仮面を着けていた。
当初、女の自分が雄牛の仮面とは、などと不満を抱く彼女であったが、それも今となってはさほど気にしなくなった。
仮面の外、浅緑色の髪は、本来であれば彼女の肩まで長いのだが、職務中はそれをお団子のようにして綺麗にまとめている。
そして身に纏っている衣装は、闇組織に属する者に似つかわしくない修道服だ。
小ぶりな雄牛の仮面の存在も相まって、一言で言えば奇妙な格好と言えるだろう。
されど彼女の仮面は口を覆っていないので、そこから発せられる声は籠ったものではない。透き通った声は正しく美声のそれであり、仮面で覆い隠す彼女の顔を自然と美形に思わせていた。
「よろしいのですか?」
「なにが?」
「あの者をお見逃しになって」
「もちろん。保険はかけてるさ」
そう即答した人物は、依然として玉座に足を組んだまま座り、頬杖を突いていた。
<7th>とは違い、その者の頭全てを覆う雄牛の仮面は、言うまでもなく彼女以上に存在感を放っていた。
中肉中背、口を開けば中性的な声。衣服は牧師をモチーフとしているのか、黒一色で仕立て上げられていて、その首元には金色の輝きを放つ十字のネックレスが掛けられていた。
二人の存在は仮面を除けば、牧師と修道女の組み合わせだ。居合わせる空間も手伝って、その神聖さは語るまでもない。
「これを彼に着けといた」
玉座に居る人物はそう言って、どこから取り出したのか、黒色の金属製の腕輪を<7th>に見せた。
それを目にした<7th>は再度、はぁ、と溜息を吐く。
「また趣味の悪いことを......」
「ワタシはこれでもこの組織のトップなんだ。これくらいして当然だろう? それに......」
そう言葉を切り、黒光りの腕輪を宙高く弾いた後、それをパシッと受けて続ける。
「ワタシは気に入った者を失うのが嫌いだから」
「ただのストーカーです」
「ふふ。こんな辺境の地で大人しくしているんだ。退屈な日々に少しくらいの潤いがあってもバチは当たらない」
仮面の奥で楽しそうに笑みを浮かべる人物は、その腕輪の中を覗き込む。
別段、苗床にとって実害の無い代物であるため、警戒はそこまでされないと踏んでいた。
ただできることは観察であり、監視とも言える。
「彼がどんな私生活を送っているのか、楽しみでしょうがない。次はいつここに呼ぼうか」
「お辞めください」
覗き見と言った方が適切なのかもしれない。
「それで、この者はいかがなさいますか?」
「ひぃッ?!」
話題を変えた<7th>は視線の先を、未だに土下座の姿勢のままで居るブレット男爵へ向けた。
その視線は冷血さを含まさせていて、頭を下げているブレットと目が合っていなくとも突き刺すような鋭さを宿していた。
また男爵の隣には、土下座の姿勢のまま心臓を串刺しにされた執事の男性が居る。
時間が経ち、肌に温度を失ったそれは青白く見え、床に広がっていた血溜まりが隣で土下座している男爵の衣服を赤茶色へと染めていた。
「当初は呆れたけど、男爵のおかげで彼と知り合えたんだ。今日のところは見逃そう」
「あ、ああ、あ、ああありがとうございます!!」
「次はない。去れ」
「っ?! は、はいぃ!!」
その言葉に、男爵は顔を更に青白くさせて、足早にこの場を去っていった。死体と化した執事をその場に残し、自身が助かるためだけにその場を後にしたのだ。
男爵が過ぎ去った後、先に口を開いたのは<7th>だ。
「そこまであの少年がお気に召したのですか?」
「ああ。腹話術や独特なエピソードはもちろん、彼の中に潜む魔族の核が気になる」
それを聞いた<7th>は首を傾げた。
理解ができなかった。気配を殺し、苗床を死角から窺っていた彼女は、あの少年が人間にしか見えなかったからだ。
「......人間では?」
「彼自身は人間さ。ただ彼の心臓とは別に、魔族の核がある。それもただの魔族じゃない。もっと上位の、それこそ蛮魔と捉えてもいいかもしれない核が」
「なッ?!」
“蛮魔”の単語を聞いて、驚きのあまり声を漏らしてしまう<7th>だ。
「ば、“蛮魔”って、あの化け物のことですか?!」
「はは。失礼な物言いじゃないか」
当たり前じゃないですか、と声を荒らげて<7th>は続ける。
「一体で国を滅ぼせる、なんて生易しい表現ができない存在ですよ?!」
「ああ。その表現で収めたいのであれば、“一夜にして”と、“ついで感覚”と、“一発の魔法”が適切だろう」
その蛮魔の核があの冴えない年若い男の中にある。それを想像しただけで、気が遠くなる思いをする<7th>だ。
無論、その気は苗床に対しての策を講じることを意味する。
が、玉座に座る者は、その説明に付け足した。
「しかも二つ......いや、三つ有しているみたい」
「あぅ」
「上手く隠しているようだけど、ワタシには意味無かったね」
上司のとんでも発言に、思わずがっくりと膝を折ってしまった<7th>である。
そんな部下を眺める上司は、安心するといい、と口にした。
「ただあの少年にまだ馴染んでいない。馴染みきっていないのかな。実力で言えば、中級魔族程度、まず上級には至らない」
「それまたなぜ......」
「さぁ? ワタシだってそもそも人間の身体に、他種族の核が、それも蛮魔に相当する核が三つも宿っているのは新発見なんだ」
「そ、そうですか」
「できれば、今すぐ少年をバラして色々と見たいが、そんなガッツいてはすぐに飽きてしまうだろうし、なによりナンセンス極まりない」
「......。」
上司の発言に、『何を言っているんだ、こいつ』と思ったのは、<7th>の密かな思いである。
が、当然、<7th>の頭に浮かぶのは、その不思議な少年とうちの組織の幹部の一人である、<4th>の対立関係だ。
「あの者とこちらの<4th>は、今は敵対関係にあります。帝国内での現状を考えると、接触するのも時間の問題かと思われますが......」
「そこなんだ、問題は。正直なところ、王国と帝国で戦争を引き起こさせるとか、両国が秘めている宝物なんてどうでもいい。元々興味無かったしさ」
そう砕けた言葉使いで姿勢を崩しに崩した人物は、その上で横になって肘掛けの箇所に自身の頭と肘を置いた。
「退かせますか?」
「いや、これはこれで楽しもう。蛮魔相当の核を三つも宿した少年の実力を見てみたい」
「......それで<4th>を失う結果になったとしても、ですか?」
<7th>の言葉に、仮面の人物は崩した姿勢を正して、また足を組み直し、頬杖を突く。
そして惜しむことを感じさせない、期待に満ちた気持ちを乗せて答えた。
「ああ」
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