第116話 脱出? いいえ、解放です
「両手両足、どこでもいいから一本、ワタシに差し出せば、少年を無事に帰すと誓おう」
「......。」
当初、僕を見逃してくれる条件は、牡牛仮面の人を笑わせればいいだけだった。
が、次の要求は僕の四肢の一部と来た。
なにその差。
何かの冗談かと思って聞き返そうとしたが、先方は冗談を言っている感じじゃなかった。マジだった。
「え、えっと、僕の身体の一部ですか? それまたなぜ......」
「なに、性分でね。別に欲しいわけじゃない。痛みだけ与えたいんだ。そしたらワタシのことを覚えておいてくれるだろう?」
きッッッしょ、と口から漏れてしまいそうだったが、既の所で堪えることに成功する。
なんだこの変態は。
「で? どうする?」
「まぁ、そんなことでいいのでしたら」
「ワタシが言うのもなんだけど、もっと自分を大切にした方が良いと思うよ」
「......。」
いや、四肢の一本失ったくらいで僕は死なないし、妹者さんの【固有錬成】で完治するし......。
これで助かるなら願ったり叶ったりだよね。
「で、どこを差し出す?」
「そうですね......」
僕は少し考え込む。
魔族姉妹は両手に宿っているが、二人の核は僕の身体のどこかにあるので、腕を失っても二人の口をまた身体のどこかに生やせば会話が可能だから、正直どこだっていい。
まぁ、無難に“足”にしておくか。
「右足で――」
と僕が言い掛けた瞬間、ダンッと足元から何かが勢いよく突き刺さった音が聞こえた。
僕はそれを確認する前にバランスを崩して倒れてしまった。
そして視界に入った光景に、僕は絶句した。
「っ?!」
『鈴木ッ!!』
『苗床さんッ!!』
見れば僕の右足は、太ももの真ん中辺りでそこから先を断たれていたのだ。
僕が痛みで叫ぶ前に、妹者さんが即座に【固有錬成】で傷を治した。おかげで激痛の始まりはただの違和感となって、後味の悪い感触だけを残すにとどまる。
「素晴らしい。<5th>から少し聞いていたけど、回復魔法の類いじゃないね」
そんな僕の様子を眺めていた先方は、パチパチと拍手をしていた。
なぜ切断されたのか、などと浅い疑問は湧かない。近くで床に突き刺さっている真っ黒な両手剣の刃には、流れるようにして落ちる赤黒い血がそれを物語っていた。
その両手剣は男爵の執事さんを瞬殺した物と同様の代物であることに気づく。
マジかよ......。全く反応できなかった。
「さて、要は済んだし。少年を帰そうか」
玉座に足組しながら座る仮面の人物は、片手を胸辺りまで上げて、その手のひらに三枚の魔法陣を浮かばせた。
上から順に赤、青、紫と三つの単色からなるそれらは、手のひらでゆっくりと回りながら淡い輝きと共に何かを構築していった。
な、何だあれ。
僕のそんな疑問に答えてくれたのは魔族姉妹だ。どうやらアレは転移魔法らしい。
あ、ぼーっとしてる場合じゃない。
「さ、最後に二つ、いいでしょうか?!」
「ん? 別にかまわないけど」
ちゃんと答えてくれるかわからないけど、ここまでやって来たんだ。少しくらい情報が欲しいじゃないか。
直接相手に聞くのもどうかと思うけど。
「な、なぜ少なからず敵である僕を、このまま生かして帰すのですか?」
「不満かい?」
「いえ、決して、全く、そんなことは絶対にありえませんが!!」
「さっきも言ったけど、ワタシが気に入ったからだ」
「......その僕が以前にあなたの仲間を殺して、これからも殺すとしても......ですか?」
「......。」
ああ、わかってる。
こんなことを聞くのは間違ってるし、せっかく助かりそうな命を、相手の神経を逆撫でして失うのは勿体ない。
でも、それでも......眼前の人から敵意や殺意を全く感じないのだから、踏み込むしかないじゃないか。
勇敢と無謀は違うって、痛いほど体験してきたから知ってるつもりなんだけど、それでも何もしないでは、状況は進展しない。
「少年は勘違いしている。たしかに<5th>は仲間でもあり、組織にとって欠かせない人材でもある............が」
そこで一度言葉を切って、仮面の人物は続けた。
「興味が無い」
「......はい?」
「そのままの意味さ。仲間の活動には興味が湧かないし、ワタシの管轄でも無い」
な、何を言っているんだ。
同じ組織に属していて、自分は無関係だと主張する気なのか?
「仮に少年が<5th>を殺し、彼が生き返らなかったとしよう。そのときにワタシが抱く感情は、自業自得の一言に尽きる。いや、尽きてしまう......と言うべきか」
“自業自得”?
駄目だ。この話は終わりにしよう。理解が追いつかない。
自業自得ってそんな無関心......。さすがの僕でも、たとえそれが嘘偽りの無い言葉であったとしても、根っから信じることはできない。
実際に大勢の人が、国が被害にあっているんだ。
その主張はあまりにも罷り通らない。
「まぁ、<5th>が面白いことをしていれば、手を貸してあげなくもないが......今回の件に関して結果どうなろうと、ワタシが動くことはないよ」
「......放任ってやつですか」
「ああ、相違ないね。さて、最後の質問は何かな?」
僕は先方の催促を受けて、最後の質問を口にすることにした。
話の前後からして、こっちを先に言えば良かったと後悔するが、後の祭りとやらである。
「僕の首にかかっている懸賞金を――」
「はは。じゃ」
え、ちょ!
次の瞬間、僕の意識は暗転した。
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