第115話 一つ目の要求と二つ目の要求

 「あははははは!!」


 「......。」


 現在、僕とアーレスさん、並びに帝国皇女さんたちが追っている闇組織<幻の牡牛ファントム・ブル>のとある拠点にお邪魔した僕は、敵の幹部と思しき人物と出会い、あることに勤しんでいた。


 その“あること”とは、敵の幹部の人が突き付けてきた条件のことである。


 僕を見逃してくれる代わりに、何か面白いことをしてみせろ、と。


 それに従い、僕は魔族姉妹と協力して、幹部の人のご機嫌取りを行っていた。


 手段は例の如く、久方ぶりの腹話術だ。


 そしてその結果がこれだ。


 『そんで勇気を出して好きな女に告ろうとした』


 『無論、既に相手に交際相手がいないことを調べた上で、です』


 『なのになー』


 『ええ。相手は「私、彼氏いるよ」と返されたので、意気消沈します』


 『彼氏がいないことは調査済みなのに、これはどういうこった?』


 『だから聞いてみたんです』


 『「誰と付き合っているの?」と。そしたら』


 『「え、あ、いや、その、私にそれを言う義務ないし」と断られました』


 いつの記憶だったか、なんて言うほど遠い思い出じゃない。


 あれは僕が中1のときの思い出だ。当時、好意を抱いていた女子との席が隣同士だったからか、お互いそこそこ話す関係になっていた。


 入学して以来、異性の中で一番仲が良かったと言っても過言じゃないくらい。


 それがいつの日か、友情から恋心となって、終いには告ってしまったのだが、当然言うまでもなくフられてしまったのである。


 無論、その女子に彼氏がいなかったのは本当だ。が、あの言い様からしてわかるように、咄嗟に吐いた嘘なんだと察したのは言うまでもない。


 ではなぜ彼女はそんな嘘を吐いたのか。


 決まってる、僕の接し方とか口調で「あ、私告られるな、これ」と勘付いたから、予防線を張ったに違いない。


 僕に告られるという、相手にとってなんのステータスにもメリットにもならないことを、彼女は未然に防いだのだ。


 なんて女なんだ。


 告られてから断るくらいしてくれてもいいじゃないか。


 そんな黒歴史を魔族姉妹はつらつらと目の前の敵に語っちゃうもんだから、僕は軽く死にたい衝動に駆られてしまった。


 「だ、駄目だ! あはははは! 最高じゃないか!」


 「......。」


 『こいつ、ツボ浅すぎんだろ』 


 『ふむ、これなら次のエピソードを話す必要は無さそうですね』


 うん、そうして。僕のHPはとっくに0を振り切っているから。


 当初、玉座にて足を組み、頬杖を突きながら不敵な笑みを浮かべて、僕を試すと言った人物に、今はもう絶対的な強者の面影はどこにもない。


 僕が仮面の人を笑わせれば、それで条件を満たすことになるので、これは緊張感を持って挑まなきゃいけないな、と思ったのだが、そんな必要無かった。


 普通に笑ってるし、なんなら玉座から転げ落ちて、床の上でゴロゴロとのたうち回っている。


 腹を抱えて笑っている時もあれば、四つん這いになって床をガンガンと叩いている時さえあった。


 この上なく完勝したの一言に尽きる光景だった。


 「しかしすごいね。魔法を使わずに、それほどまで高等な腹話術ができるなんて。技術だけじゃなく内容も趣深い」


 「はぁ......」


 自分の黒歴史を絶賛されてもなぁ......。


 この世界は僕らが居た地球と比べて諸々の技術の発展が芳しくない。が、その代わりに魔法と言った摩訶不思議な力が、古来より生活に深く根付いているのため、科学に基づく技術は重要視されていない。


 だからか、何よりも魔法を前提とした力を伴わない、僕の腹話術とネタはウケがめちゃくちゃ良い。


 無論、僕からしたらただ両手が喋っているだけなので、腹話術でもなんでもないのだが、それを知る人はこの世界にアーレスさんとルホスちゃんくらいだ。


 しばらくして、落ち着きを取り戻した仮面の人物が、玉座に座り直して僕を見やる。


 「ふぅ......殺すには惜しい人物だとわかった。いいね。できれば道化師として雇いたいくらいだ」


 「結構です」


 「もう帰っていいよ。見逃してあげる」


 「ありがとうございます。では僕はこれで――」

 


 「、だけだが」


 「え゛」


 おっと。今、最後に意味深な言い方したぞ、この人。


 たしかに条件としては、僕を捕らえず殺さず見逃すという条件だ。口約束程度のものだけど。


 なんだ? 僕はそれだけで命が保証されているのだから、不安に思うことは......


 「『『あ』』」


 思わず間の抜けた声が僕と魔族姉妹たちから発せられた。


 そうじゃん、見逃してもらうだけじゃだめじゃん。


 ここがどこだかわからないじゃん。


 「あ、あの〜」


 「ん? なんだい? 何かお困りかい?」


 僕が両手を擦りながら、如何にも媚びるような姿勢で話しかけると、相手は仮面の奥からでもわかるくらいニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら対応してくれた。


 なんて人だ。わかってて僕を弄んだな。


 僕をいじめていいのは美女だけだぞ。


 「元居た場所に帰してくれませんかね?」


 「ふふ、断る」


 「もう1エピソードやりますので......」


 「うーん。迷うけど、ワタシは飽きが来るのが早くてね、つまらないと思った瞬間に少年を殺めてしまうかも」


 現金な人だなぁ......。


 あ、そうだ。


 僕は近くで未だに土下座をしてぷるぷると震えている男爵の方を見やった。


 執事の人が殺されたのがそんなにショックだったのか、僕の渾身のネタにウケること無く依然として土下座を貫いている。


 もう完全に当初の余裕さが、彼からは感じられなくなっていた。


 僕は男爵に近づいた。


 「あ、言っておくけど、ソレの【合鍵うで】を斬って奪うのは無しね」


 「『『......。』』」


 「一応、ソレにも利用価値はまだあるみたいだから、今後の活動に支障を来す事態は防がせてもらうよ」


 「......さいですか」


 玉座から聞こえてきたその声に、僕はピタリと動きを止めてしまった。


 仮面の人が言った通り、僕は男爵の腕を切り落とすなりして、ここへ来た手段と同じ方法で帰ろうとしたのだが、先方はそれを許してくれないらしい。


 無論、腕を切り落とさずに、男爵を脅して無理矢理にでも帰ることもできるが、帰った瞬間に男爵自身が命の危機に瀕するのだから、素直に応じてくれるはずがない。


 じゃあ、執事の人にも【合鍵】は施されているのだから、そっちの人の腕を奪うかと思った僕だが、


 「付き人の方はかまわないけど、もう死んでから時間経っているし、【合鍵】の効力は失われているんじゃないかな?」


 「......。」


 八方塞がりじゃないか。


 元々初めに訪れた闇組織の拠点に利用した【合鍵】は、王国の騎士団がホルマリン漬けっぽいことして腐らないように、そして効力を失われないように処置をしたものを使っていたんだし。


 もう死人と化した者からは【合鍵】は期待できないよね......。


 「ちなみにここってどんな国です?」


 「闇組織がそう安々と拠点の場所を吐かないよ」


 何を今更......。


 この様子だと、僕の脱出は疎か、道案内すらしてくれなさそう。そりゃあそんなことを敵に期待するのはおかしな話だとはわかってるけど。


 それにこの部屋を出てから、他の人に見つかったら大変だ。まさかこの拠点に居る全員が、目の前の仮面の人みたいに友好的とは思えない。


 出会って即バトっちゃうのは目に見えてわかる。


 僕は意地の悪い仮面の人を他所に、どうしたものかと考え込んでいると、


 「仕方ないなぁ」


 先方がやれやれと溜息混じりに呟いた。その様子は呆れというより、どこか面白がっている様子に思える。


 「特別サービスだ。ワタシが元居た場所に、少年を帰してあげよう」


 「本当ですか!!」



 思わず浮かれて喜んでしまう僕。


 パァーと明るく笑みを浮かべた僕を見て満更でもなさそうな相手は、頬杖を突いている腕とは別の腕を差し出して人差し指だけを立てた。


 「両手両足、どこでもいいから一本、ワタシに差し出せば、少年を無事に帰すと誓おう」


 さっきまでの要求との差よ。

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