第112話 想定外の転移先
「「......。」」
現在、ブレット男爵とその執事と思しき中年の男性に加えて僕の三人が貴族用馬車の中に居た。
さすが貴族用と言ったところか、以前、デロロイト領地からボロン帝都までに乗せてもらった荷馬車とは腰掛けの座り心地が違いすぎて恐れ入っちゃう。
でも居心地は悪くて仕方なかった。
沈黙。そう、圧倒的沈黙で気まずいのだ。
皇女さんの命令書の所持が手伝って、男爵と同伴することができたのは良いのだが、相手はストレスが溜まって仕方がないと言った様子。
そりゃあ急に押しかけてきた低ランク冒険者が、そのまま馬車にまで駆け込み乗車するとは相手も思わないよね。
「小僧、何を疑ってこの地へやってきた?」
気まずかったので、窓から外の景色を眺めていた僕だが、先に痺れを切らしたのは相手の方だった。小太りの男爵はギロリと僕を睨みながらそんなことを聞いてくる。
彼の質問になんと答えたものか、悩んでしまう......。
命令書は曖昧にも、ただ僕らの調査の邪魔をするなってだけで、どんな調査かも記載されていない。
理由くらい書いてくれてもいいと思うんだけど、書かないのは書かないなりに理由があるのだろうか。
そう考えると、素直に答えて良いものか悩みどころである。
「はッ! あくまでしらを切るつもりか。大方、以前ロトル殿下が来られた理由と同じだろう」
お、もうバレてるならいいか。
まぁ、正直こうして直談判している手前、時間が勝負なところがあるからバレようがバレまいが大した差は無いか。
「お察しの通りです」
「ふ。見つかるといいな? Dランク冒険者のナエドコよ」
余裕な雰囲気を醸し出す小太り男爵は、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。
おいおい。化けの皮を自ら剥がしちゃっていいの?
......そっちがその気なら別にいっか。
皇女さんと同じように冒険者ギルドに、僕に関して探りを入れていたとしたら、ドラゴンゾンビの一件から数日あったんだ。僕の大凡の戦闘力を把握しているんだろうな。
そう考えると、僕はアーレスさんとはぐれない方が良かったのかもしれない。もはや後の祭りだ。
「そうですね。見つかるといいですね、闇組織の拠点。......仮に僕が皇女さんに、あなたが自白したことを伝えても、なんら動じないのはなぜですか?」
「なに、始末してしまえばいい話だ」
「一緒に来ていたアレレレスさんが怒りますよ?」
「この段階で<狂乱>が帝国領土で暴れれば、王国と帝国の仲はより深刻になるだろう。確固たる証拠が無い現段階では、な?」
この小太り男爵、意外と思い切ったことするな。
しかしこの様子だと、本当にデロロイト領地に闇組織の拠点が存在しないのかもしれない。
いや、存在しないというよりは、出払っているのかも。
僕とアーレスさんがこの地に転移してからは、帝都で金策活動に勤しんでいた。だから十分な期間はあったと言える。僕らが転移してきた、あの拠点すら証拠を消しているのかもしれない。
面倒だな......。こんなとこまで来て収穫無しは嫌だぞ。
『なぁーに深いこと考えてんだ』
『そうですよ。そもそも黒である男爵と同伴しているんです。いずれ闇組織と接触するでしょうから、気長に待っていればいいんですよ』
悩んでいた僕に助言するよう、魔族姉妹がそう言ってきた。
だね、待っていよ。
一応、アーレスさんとは定時で集合場所を決めてあるから、その時間になってもどちらかが姿を見せなければ、行方を探すことになっている。
早々に見つけてくれるかわからないが、僕だってそれなりに戦ってきたつもりだ。派手な魔法ぶっ放していれば気づいてくれるでしょ。
「ちなみに今からどちらへ?」
「小僧の探し求めている場所だ」
あれ、僕には教えてくれるの?
さっき見つかるといいな的なこと言ってたから、当分は大人しくしているのかと思ったけど、そんなことは無いみたい。おそらくだが、あれはアーレスさんに向けての発言だったのだろう。
それにこの言い方だと、さっそく僕を始末するつもりみたいだ。
なんてアグレッシブな小太り男爵なんだ。僕に返り討ちされるとは思わないのか。
僕は足を組んで余裕な表情を浮かべた。
「ご案内、ありがとうございます。僕を逃したらお終いですが(笑)」
『『......。』』
「......なんなんだ、その余裕な顔は」
だって僕、ドラゴンゾンビ倒したし〜。
まぁでも、妙だよね。馬車の中で敵である僕にここまで話すってことは、自分が死んだり、捕まったりすることを考えていないのかな?
いや、対策があると見るべきか......。
僕のそんな考えを察した魔族姉妹が口を開く。
『変だなぁ。横にいる執事の魔力は平均だし、強いとは思えねぇー』
『ええ。加えて、罠のような魔法陣を潜ませているわけでもなさそうですから、このまま襲っちゃっても負けないと思います』
現場に着く前に殺すのは意味ないよね。それにブレット男爵の殺害は依頼内容に無い。あくまでも証拠探しなんだから。
そうこうしていると、いつの間にか馬車が速度を落としていることに気づく。
あれ、目的の場所は思ったよりも近かった? でも屋敷を発ってから、そこまで時間経ってないんだけど......。
「ああ、そっか」
違う。そう、僕は気づいた。
目の前の小太り男爵は闇組織と繋がりのある人物だ。
ならばどこに馬車を停めようが関係無い。
「着いたぞ」
「......ども」
とりあえず大人しくするか。
何があるかわかったもんじゃないし、僕の予想が正しければ、まずはその現象を目で確かめないと。
馬車の出入り口付近に座っていた中年執事が腰を上げ、ドアノブに手を掛ける。
そして扉が開かれた先、普通ならば外に繋がって見える景色のはずが外ではなく、明らかに屋内であることを理解させる。
それも西洋風の城の中のような神秘的な空間だった。太い石造りの柱が何本も対になって奥まで続いている。
最奥の間、色取り取りのステンドグラスがそこから差し込む陽の光を鮮やかなものに仕立て上げていた。
どう考えても馬車のドアからじゃ広さ的に繋がっていることがおかしい空間である。
まぁそこはどうだっていい。わかっていたことだし、ファンタジーなこの世界では“文句”よりもまず“理解”が先だ。
だから馬車の中に居る執事の人が、闇組織が愛用する【合鍵】を使って、馬車のドアの向こう側をここと繋げたのは予想通りなんだ。
でも――
「誰かと思えば、男爵か。......その少年は?」
――最奥の玉座で頬杖を突きながら座る、牛のデザインが施された仮面を付けた人物との出会いは想定外だった。
その声は中性的で、容姿共に性別が判断できない。
そして僕は瞬時に悟る。思い知らされる。
何か一つでも所作を間違えれば、その瞬間に僕の......魔族姉妹の命は、その人物に刈り取られることを。
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