第111話 権力フル活用のアレレレス
「......儂に要件とは、冒険者風情が調子に乗りおって」
「質問に答えてもらおうか、ブレット男爵」
「敬語くらい使えッ!!」
「......。」
現在、デロロイト領地を統べるブレット男爵とやらの屋敷にやってきた僕らは、ちょうどお出かけのタイミングだったのか、その敷地内で領主と出会うことができた。
ナイスタイミングでしょ。
お互い初対面なのに、なぜ本人とわかったのかというと、単純にその男爵の周辺に居た従者の方たちが、挙って旦那様と口にしていたからである。
ブレット男爵は小太りの中年オヤジって感じで、着ているシャツやベストなどの衣装が、貴族さながらの高級な衣装であった。
また今日はそこまで暑くはではないのだが、男爵の額に浮かぶ脂汗がてかっていて、見ているだけで胃がもたれそうだ。
「怪しい者の相手をするほど、儂は暇ではない!」
「身分証は先程見せただろう?」
「偽の身分証など納得できるか! なんだ、この“アレレレス”とか言う珍妙な名は?!」
「......私が聞きたい」
こ、堪えてください......。
『しっかし偽名にしても、もっと王道な名前にしろよな。余計に怪しまれてんじゃねーか』
『まったくです』
そんなことを言う魔族姉妹たちに、その珍妙な名前を先程までいじり倒していたことに罪悪感は無いのだろうか。
「ええい! 兵を呼べッ! この者らを――」
「やってみろ。こちらにはロトル殿下の命令書がある。このまま質問に答えず、立ち去るのならば勝手にすればいいが、我々の調査の邪魔はしないと約束してもらおうか」
「こ、こんの......」
アーレスさんは相手の憤りにかまうこと無く、こちらの要件を突きつけている。
ここ、デロロイト領地に闇組織の拠点があると見ている、というより確信を持っている僕らは皇女さんの依頼の下、この場へやって来て、実際に調査を始める前に領主である男爵に許可を貰おうとしていた。
まぁ、命令書がある以上、あちらの許可関係なく行動するけど、一言断っておくのとおかないのとじゃあ訳が違うしね。
で、一通り先方とのコミュニケーションをアーレスさんに任せている僕だが、話が上手く進まないのなんので困っている。
「その身分証が本物という証拠が無い限り信じん!!」
「まだ疑うか......。ロトル殿下公認だぞ? 後で本人に確認してもらってかまわないが......そうか、男爵は殿下を疑うのか。報告しておこう」
「ぐぅ」
アーレスさん、あなた皇女さんと面識ないのにチクる感覚でそんなこと言っていいんすか......。
そんなアーレスさんの態度に、小太り男爵が悔しさのあまり歯軋りをしていた。
男爵のこの様子から、まず僕らの正体を知っていると考えられる。じゃなきゃ、ここまで僕らを疑わないし、仮に男爵が白だったのなら渋々でも調査の許可をするはず。
それができないのは闇組織と繋がっていて、以前、この地にある闇組織の拠点の一つを襲撃した僕らの特徴を、あのリチャードとか言う幹部っぽい人から知らされていたからだろう。
「ふんッ! 勝手にしろ! 儂は行くからな!!」
「ああ、協力に感謝する。あとここにサインしろ」
「こんのッ!!」
アーレスさんの一言に憤慨したブレット男爵は、ほぼ殴り書きに近いサインをしてくれた。
そして彼はふんすかと怒りながら、近くに控えている馬車へ乗り込んでいった。
どこに行くんだろう。
そんなことを考えていた僕に、アーレスさんから疑問の声が上がる。
「何を突っ立っているんだ、君は」
「?」
「あの男についていけ」
「え」
「ここは二手に分かれて調査した方が効率的だろう?」
「ですけど、そんな大胆にアプローチして大丈夫ですか?」
「ここまで来たんだ。皇女の権限をフルに使う。なに、責任は全て我々を顎で使った皇女にあるのだから気負う必要は無い」
「......。」
まーじか。
アーレスさん、帝国の皇女だからって容赦なさすぎでしょ。
個人的な恨みがあるかは知らないけど、まぁ、皇女の命令書をフルに使うなら男爵と同伴すべきだろうな。
敵地に乗り込むんだったらアーレスさんの方が良いけど、僕がついている以上、ブレット男爵もそんな下手な行動しないでしょ。
だから見張りの意も込めて、尚更僕が同伴した方がアーレスさんも動きやすいはず。
「わかりました。気をつけてくださいね」
「......。」
僕は了承と共に、アーレスさんにそう言ってブレット男爵の下へ向かおうとするが、彼女から返事が無かったので、つい顔色を窺ってしまった。
アーレスさんは銀色の瞳で僕をじっと見つめているが、何か言いたいことでもあるのだろうか。
「アーレスさん?」
「......なんでもない。その、なんだ......ザコ少年君も気をつけるんだ、ぞ?」
なぜに疑問形?
それに棒読み。
彼女のなんとも言えない、心の籠もっていない一言に苦笑した僕は、男爵が乗っている馬車へ向かうのであった。
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