閑話 [ロトル] 恋しない乙女
「あんなもの押し付けられるなんて......最悪ッ!!」
「何回繰り返すんですか、それ......」
私、ロトル・ヴィクトリア・ボロンは自室のベッドにて、枕を相手に悪態と暴力をぶつけていた。
そんな私を呆れた様子で眺めている女執事のバートが、私の代わりに公務をやってくれている。というのも、ただ書類に押印をするだけの単純作業だけど。
無論、事前に私が一通り目を通しているので、完全に従者に任せっきりではない。
ただ単純作業に不向きな重さの印章を手にするのが嫌なだけ。
「落ち着いてください。殿下の膜は未だに健在なのですから」
「“膜”って言わないでッ!」
「失礼いたしました」
私は半日前のことを思い出して憤慨していた。
マイケルという冒険者に、手足を拘束されて下着を見られた上に、彼の下腹部を押し付けられたからだ。
元はと言えば、その前に私が自身の下着を見られたことを怒って、彼に襲いかかったのがいけないのだけれど、まさか返り討ちにあうとは......。
それもこれも元はと言えば、あの女――この部屋に居るレベッカのせい!!
「まさか本当にロトちゃんがクマさんパンツを穿いていたなんて......。ふふ。それじゃあ、いつまで経ってもオトナの女にはなれないわよ?」
「ぶっ飛ばされたいのかしらッ?! あとアレは偶々、そう偶々! 穿いていただけだから!!」
この女が、見えてもない私の下着事情を言い当てたせいで、騙された私はマイケルに襲いかかってしまったのよ!!
その結果、マイケルに返り討ちにされた挙げ句、下着を見られて、自身の股に彼のアレが押し付けられるという羽目に......。
レベッカのブロンドヘアーが上下に揺れるほど、笑いを堪えている様子なので、尚更腹が立ってしまう。
この女......いつか恥をかかせてやるわ!!
「怖いわぁ。ちなみにだけど、私があの状況になっても恥をかくことは無いわね」
「っ?!」
「だってオトナの下着を穿いているもの〜」
「ぐ、ぐぬぬぬ」
「くく。愉快、愉快ねぇ。これに懲りたらあんなお子様パンツを穿くのやめなさいな」
「バートぉ!!」
私は限界が来て、近くに控えていたバートに泣きついた。彼女の執事服に溢れ出る涙を擦りつけるが、バートは気にしていなかった。
それどころか、バートはまるで実の姉のように、そんな私をよしよしと頭を撫でて慰めてくれる。
普段はバートの、着痩せするはずでも隠しきれない大きな胸を妬ましく思うけど、今日に限っては慈愛すら感じてしまう。
しかし、
「ですが今回ばかりは一国の皇女にも非があると思われます」
主人の傷口に塩を塗ったくるのがコイツである。
「あんな幼稚な下着、転んだ際に誰かに見られたらどうするのですか」
「こ、転ばないもんッ!!」
「でもあの冒険者に押し倒されたでしょう?」
そうだけどッ!!
私がなんて言い返したらいいのか迷っていると、不意に部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「誰よ!! 今取り込み中なのッ!」
「お入りください」
主人の私を無視して、入室の許可を出す女執事。
もう駄目ね。私の威厳は地に落ちたわ。
......クマさんパンツのせいかしらね。
「入るよ、殿下」
そう言って入ってきたのは、私が保有する駒のうちで最も戦力のある人物――オーディー・バルトクトだ。
この男はこの国の騎士団長であり、私の味方をする
オーディーの髪飾りである鈴がチリン、チリンと音を鳴らすから、その存在は必然と目立ってしまう。
「俺ももうちょっと色っぽい方が良いと思うけどな〜」
「ぬ、盗み聞きしてたの?!」
「馬鹿め。殿下にはただ年相応に可愛らしい下着が必要なだけであって、色っぽさは不要だ」
最悪。乙女の下着事情を盗み聞きされてたなんて......。ぶっ殺したいけど、私たちの力関係上、それは叶わない。皇族の権威をもっても不可能なのがこの男、オーディーである。
オーディーはケラケラと笑いながら、椅子のある所まで行って腰を下ろした。
「要件は?」
「ナエドコに伝えてきたよ。依頼、受けてくれるってさ」
「あらそう。それは良かったわ。じゃあ帰ってちょうだい」
「どいひ〜」
こ、この男は......。
マイケルに頼んだ依頼内容は、デロロイト領地を統べるブレット男爵の近辺調査。というのも、ブレット男爵が闇組織と関わりを持っている線が否めないからである。
お忍びで行った私はまるで相手にされなかったけど、今回は新しい駒をさっそく動かして調査を試みたわ。
もちろん、マイケルが調査しやすいように、偽の身分証と私のサイン入り命令書を授けたわ。これでブレット男爵も大人しく従うはず。
今まで実力と信用に足る駒がそこまで居なかったから調査を頼めなかったけど、マイケルなら及第点ね。
彼の実力はドラゴンゾンビを倒したのだから申し分ない。加えて共通の敵という認識もあるのが頼もしいわ。
本当はオーディーを動かしたいけど、いざってときに私を護ってくれる忠臣がいないのよね......。
レベッカは大金を所持していると、それを散財するまで依頼を受けてくれないから不便だし。その大金を提示しないと、依頼を受けてくれないからすごく面倒くさい。
「レベッカも知ってたんだからさ、アーレスがこの国に居るって俺に教えてくれてもよかったのに」
「あら? 言わなかったかしら?」
「クソ女じゃないか」
「どいひねぇ」
さすがに同名だけの別人ってわけにはいかなかったわね。
マイケルの冒険者活動をギルドに聞くついでに、同伴者も居ないか聞いて正解だったわ。まさか本当にあの<狂乱の騎士>とは......。
ただ不思議なのは一介の冒険者であるマイケルと、王国騎士団のトップの戦闘力を誇るアーレスが行動を共にしていることね。
オーディーの予想では、二人の関係は不明だけど、マイケルが闇組織を狙う理由と王国の騎士が連中を追う理由は大体同一だから一緒に居るとのこと。
それだけじゃ確固たる理由には成りえないけど、まぁ、また今度会ったときに聞きましょ。
「ま、俺も暇じゃないからね。......殿下、あまり小言はしたくないんだけど、冒険者を雇うのはやめた方がいい」
「あら、なぜかしら?」
「ブレット男爵だけじゃない。皇女が騎士よりも冒険者を頼っている現状に、他の貴族まで良くない噂を立てている。この国は一際騎士の存在を重んじる国だからね」
「ご忠告とは痛み入るわね」
オーディーが珍しく真面目な顔つきになって言ってるくもんだから、私も今の状況に不安感を抱いてしまう。
でもしょうがないじゃない。どこに闇組織の息が掛かった貴族が居るかわからないのだから。
もちろん全員が全員、そんな悪事に手を出しているわけではない。それでも裏で貴族同士の関係がどうなっているかなんて、私にはわからないわ。
かと言って、冒険者も完全に信じ切れる存在とは言えない。
金を積めばそれなりには従ってくれるけど、命あっての物種の職業だから、忠誠心のある騎士と違ってそこら辺は信用できない。
「ま、今の殿下と貴族連中の関係を考えれば、仕方ないことだけど」
「はぁ。どこかにお姫様を助けてくれる勇者様はいないかしら......」
「勇者様(笑)。あ、そうだったナエドコがさ〜」
「な、なぜこの流れでマイケルの名前が出てくるのよ」
「殿下のこと可愛いって」
「っ?!」
なッ、なんですって?!
......。
「あら、ロトちゃんのお顔が真っ赤――じゃない?」
「本当ですね」
「おや? 嬉しくないのかい?」
三人が主人のいじり甲斐のない様子に、残念そうな顔つきになる。
ぶっ飛ばしていいかしら? ったく。
「嬉しいわ。でも別に、彼に惚れているわけじゃないから」
「あれ、危ないところを助けられて惚れなかったの?」
「たしかにあのときはドキッとしたけど、ほら、私は一国の皇女じゃない? 一介の冒険者に恋する余裕な状況でもなければ、無意味なことしないわ」
「む、無意味って......」
な、何かしら、そのもの言いたげな顔は。何が悪いってのよ......。
私はそんな三人を目にして溜息を吐くのであった。
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