第110話 偽名、マイケルとアレレレス

 「はぁ。またここに戻ってくる羽目になるとは......」


 「遅かれ早かれ、再びここで調査することになっている」


 「さいですか......」


 そんな僕の溜息は幾度となく繰り返され、それに連れて愚痴も溢れていた。


 現在、僕とアーレスさんはデロロイト領地へ足を運んでいた。やってきた理由は、昨日、オーディーさんを通して依頼された皇女さんのお手伝いである。


 ただ意外なのは、僕らが利用している安宿にやってきたオーディーさんが、王国側の人間であるアーレスさんと騒動を起こさなかったことだ。


 てっきり僕らの情報を掴んだ騎士団長さんが捕まえに来たのかと思ったが、そんなことは一切なかった。


 なんというか、皇女さんはのに、こちらを利用する気満々と言った感じだ。


 そこまで切羽詰まっているのだろうか。若干心配にもなる。


 「ワンチャン王都に転移できないですかね?」


 「仮に戻れたとしても、疑わしいこの地をまた調べに足を運ぶぞ」


 「そ、そのときは僕じゃない誰かとでお願いします......」


 「断る」


 “断る”。意思強いな。


 僕は終始巻き込まれただけですからね。僕なんか連れてっても大して役に立ってないでしょ。この人、そこんとこわかってない気がする。ザックさん連れてけばいいじゃん。


 まぁ、とにかくアーレスさんの言う通り、またデロロイト領地で調査しないといけないため、皇女さんのお手伝い云々はついでかな。


 それに皇女さんが睨むくらいにはデロロイト領地って怪しいらしいじゃん?


 現に僕らも闇組織の敵地に向かって転移した先がここ、デロロイト領地だったんだし。


 「何か不満か?」


 かなり態度に出てたのか、アーレスさんからそんな声が上がる。


 銀色の瞳で僕を見つめてくるのだが、如何せんその両目の色が神秘的過ぎて、目が合っただけなのに、思わずどきりとしてしまう。


 もう見慣れたけど、銀色の瞳なんて本当に珍しいよな。


 「いえ、特に。ただまた戦闘しないといけないのかなって」


 「敵も大人しく捕まるわけにはいかないからな」


 「......上機嫌ですね?」


 「......気のせいだ」


 いや、気のせいじゃないよ。なに今の間。敵と戦いたいの?


 「まぁでも、ここでの調査が終われば、また皇女さんのところに戻って別の仕事ですかね」


 「......別にこの国の皇女を手伝う必要は無いだろう」


 「でもこっちの事情を把握されちゃった以上、目的も一緒なんですから情報共有した方が効率よくないですか?」


 「.....我々だけで十分だ」


 「二人だけだと時間かかりますよ」


 「......。」


 別にあの皇女さんとは運命共同体ってわけじゃないけど、現に便を貰ってるしな。


 別にアーレスさんの主張を否定するつもりはなけどさ、早く王都に帰りたいし。


 そんなことを考えながら、僕はポケットから丸められた二枚の洋紙を取り出した。そしてそれを広げ、記載されている内容の一部を読み上げる。


 「『ブレット・デロロイト男爵はマイケル並びにの領地調査に協力することを命ずる』......ですよ? これで堂々と調査できるのは願ったり叶ったりじゃないですか?」


 「......ほぼ黒に違いない連中だ。そんな命令書かみきれと身分証明書など要らん」


 だとしても、こうして王国側の人間である僕らに、偽の身分証をくれたのはありがたいでしょ。


 連中もきっと僕らの正体に気づいているけど、提示された身分証が嘘だなんて疑うことができないんだし。


 これが身分証だけだったのなら話は別だけど、それと同じく皇女さん直筆の命令書もあるのだから、この偽の身分証を疑うのは皇女さんを疑っていると言っているようなもんだ。


 それを見込んで皇女さんは僕たちに、命令書と偽の身分証を与えてくれた。


 ちなみにマイケルという偽名の僕はまだしも、“アレレレス”というのは言うまでもなく、アーレスさんの偽名である。


 “レ”が多いとかそれ以前に、なんだこのネーミングセンス。現場に着いたら彼女をこの名前で呼ばないといけないの僕なんだぞ。


 『ぶッ! アレレレレス!』


 『“レ”が一つ多いです(笑)』


 『ぎゃはははは! わりーわりー! アレレレレレレレス』


 『二つ増えました(笑)』


 『三つだよw』


 『自覚あったんですか(笑)』


 「......。」


 「すみません、後で叱っておきます......」


 この偽名を知った魔族姉妹は、もう何度目かわからないくらいアーレスさんをこのネタでいじっている。


 彼女もいちいちコレに反応しては大人気ないと踏んだのか、特に何も言ってこない。


 おかげで寄生先の宿主である僕は申し訳なさでいっぱいだ。


 『ま、これでやっと大手を振って調べられんだ。さっさと仕事済ませて王都に帰ろーぜ!』


 『ですね。ルホスちゃんが私たちを待ってますよ』


 「だね。寂しがってそう」


 でもまだまだ帰れそうにないんだよねー。


 多少、効率的に情報を集められるようになっただけで、闇組織を壊滅にまで追い込むにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 ったく。王国にはアーレスさんやタフティスさんみたいなチート連中がいるんだから、手を出そうとするなよって感じ。


 あ。


 僕はふと思ったことをアーレスさんに聞いてみた。


 「そう言えば昨日、オーディーさんが言っていた<狂乱>ってなんですか?」


 正確には<狂乱の騎士>で、オーディーさんは略称してアーレスさんのことを<狂乱>と呼んでいた。


 なんだろう、<狂乱>って。二つ名かな。文字通りの意味なら、アーレスさんがそんな狂乱してるとこ見たことないから見当つかないや。


 同じく<三王核ハーツ>という存在も気になる。


 「......。」


 「アーレスさん?」


 『<狂乱>なんてかっけぇー二つ名持ってたのな』


 『<狂乱>のアレレレス(笑)』


 姉者さんのその一言に吹き出す妹者さん。もう止めなよ......。


 魔族姉妹のいじりはともかく、僕の問いにまで答えてくれなくなったアーレスさんは、歩む足を止めずに進んでいった。


 聞いちゃまずい話だったかな?


 「王国には......」


 が、アーレスさんが沈黙を破って口を開いた。


 「特に戦闘という面において秀でている三者が居る。その中の一人が私だ。またうち一人は貴様らも知っている騎士団総隊長のクソティスになる」


 最後の一人はアギレスという人で、王城を専門に守備を担っているらしい。そしてそれぞれが二つ名を有している。


 <不敗の騎士:タフティス>。以前、アーレスさんからタフティスさんは死なない体質の持ち主と聞いていたので、まぁ、“不敗”というのも頷ける。


 <狂乱の騎士:アーレス>。本人であるアーレスさんから聞き出せるかわからないが、“狂乱”とは程遠い冷静さを兼ね備えた人なので、いまいちピンと来ない。


 <無情の騎士:アギレス>。正直、アーレスさんでもよくわからないとのこと。あまり人前に、というより公の場に顔を出さないタイプの人間らしいが、実力は確かなもので、王城の中のどこかに居るみたい。


 以上の三名が、この大陸で有名な<三王核ハーツ>という存在とのこと。


 『んで、<狂乱>ってのは?』


 「昔、王国に属する小国が戦争を吹っ掛けられ、私が派遣されたことがあってな。敵国が保有していた戦力を全壊させた私の戦いぶりが......」


 歩みを止めたアーレスさんは、同時にそこで一度続く言葉を切った。


 が、ここまで言って言わないというのは野暮であり、その先の言葉は言わずとも察することができる。


 だからか、彼女は普段より声色を落として言う。


 「<狂乱>......そのものと見たらしい」


 「......何度かアーレスさんとは共闘したことありますが、そんな二つ名が付くような印象はありませんでしたよ?」


 「さぁな。の目からは、私はそう映っていたのだろう」


 「......。」


 そうか、アーレスさんは“味方”からそんな二つ名を付けられたのか......。


 戦場で立ちはだかる敵軍を次々と壊滅させていくアーレスさんは、どれほど頼りになる存在であったことだろうか。


 当事者ではない僕は何も言えないが、彼女のこの様子からして、あまり気持ちの良い響きではないのだろう。


 そんなことを思いながら僕らはデロロイト領地を統べる、ブレット男爵の屋敷へ向かうのであった。

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