第109話 死罪かお手伝い
「それで何もせずに帰ってきたと?」
「......はい」
「貴様は馬鹿か?」
ぐうの音も出ませんね。
現在、帝国の城から抜け出して、世話になっている安宿に戻ってきた僕は、なにやら紙束に目を通しているアーレスさんに呆れられていた。
真紅の髪を窓から吹いてくる風に靡かせながら、僕に目もくれずに資料を読んでいる姿は知性的で、できる女上司って感じをこの上なく醸し出ているが、それに見惚れている場合ではない。
というのも半日前に、アーレスさんに『頑張って情報集めてきますね!』と意気込んで出たくせに、なんの成果も無く帰ってきたからだ。
おまけに下手をしたら闇組織だけではなく、正式に表立って指名手配されてもおかしくない現状である。
なんせ平たい顔面の平民が、平たくない股間のやや上を皇帝の娘の股座に押し付けていたのだから。
『ま、元々皇族の力を借りずに解決する予定だったんだ。男として最低だが、そこまで気にすんな。男として最低だが』
『ええ。男として最低ですが、結果的にこの女騎士と行動できるんです。こっちはこっちで上手く動けばいいでしょう。男として最低ですが』
酷い言われよう。
いや、十割五分で僕が悪いんだけどさ。なんであんな馬鹿なことしたんだろう......。
そんな僕の後悔はしても足らないもので、もう皇女さんたちとは関わらないことを祈るしか無いものでもある。
「はぁ......。本当にすみません」
「......まぁ、これはこれで行動を共にできるのだから、連携が取れるとも言える。ザコ少年君が気に病む必要はない」
「え、あ、はい。ありがとうございます?」
なんと、あのスパルタなアーレスさんからフォローが入ったぞ。今日はこの後雨でも降るのだろうか。槍が振ってくると言っても大袈裟じゃないや。
などと失礼なことを考えていた僕だが、宿のドアがノックされたことにより、思考が切り替わる。
誰だろう。
僕は出ていいのか、アーレスさんに視線を向ける。彼女は顎をクイッとやって出てこいと指示を送ってきた。
「......面倒なことになってきたな」
「?」
先程よりも呆れた様子でそう呟く彼女を尻目に、僕は部屋の出入口へ向かい、そのまま戸惑うことなくドアを開ける。
普段なら姉者さんが先に探知魔法で探ってくれて、ドアの向こうの人物に注意が必要かどうかを教えてくれるのだが、今回はそれが無かったのでそうした次第である。
しかし次の瞬間、僕は後悔することになる。
もう後悔の連続だ。止まることを知らないらしい。
「やぁ、ナエドコ。殿下の股座にイチモツ押し付けたって本当かい?」
「......。」
会って開口一番にそう言ったのは、この国のフッ軽騎士団長さんであった。
*****
「人違いです。じゃ」
「待って待って。別に捕らえに来たわけじゃないからさ」
「じゃ」
僕はドアを閉めようとするが、相手が片足をその隙間に突っ込んできて阻止されてしまった。
オーディー・バルトクトと呼ばれる青年は、陽気なオーラからでは想像が難しい帝国騎士団長である。聞けば、アーレスさん程ではないらしいが戦闘面で長けていて、その上、頭も切れるときた。
正直、帝国のお尋ね者に近い僕にとって、今一番関わりたくない人物である。
特徴的なのは青緑色の髪の一部を三編みに結っている先、チリンと涼しげに鳴る鈴を飾っているところだ。
歩くだけで鳴る鈴の音が煩くないのだろうか。ついそんなどうでもいい疑問が浮かぶ。
またオーディーさんは相変わらずの軽装なのだが、以前ジャモジャ森林地帯で対面したときとは違って槍を持っていなかった。
他に武器っぽいものも、ぱっと見では無かったので、一先ず何しに来たのか聞くことにする。
が、
「お邪魔するよ〜」
「あ、ちょ」
その前に許可してないのに、目の前の僕を退かして部屋に入ってきた。
そしてオーディーさんは僕の他に居た人物と顔を合わせて、予想通りと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「やはり君か」
手にしている資料からオーディーさんへ視線を移したアーレスさんは、一つ溜息を吐いて対応した。
「......こちらは初対面だと認識している」
「昔、俺が王都に行ったときに見かけただけだからね〜」
「その口振りからして私のことを知っているのだろう。しかし王都では日中、ほとんど全身鎧だったと思うが?」
「魔力でわかるもんさ。上手く隠しているつもりでもね。さてと、<
「......。」
<
聞いたことのない単語に、僕は疑問符を浮かべた。
というか、そもそもなんでオーディーさんはアーレスさんがここに居ることを知っていたんだ。
「なぜアーレスさんが居るってわかったんですか?」
僕のその素朴な質問に、オーディーさんは特段隠すことなく語ってみせる。
「そりゃあ少し調べればわかるよ〜。ナエドコは冒険者なんだし、他の誰かとパーティー組んでないかとかさ〜」
なるほど、冒険者ギルドに所属しているわけだから、この国に在籍している組織が騎士団の調査に協力的でもおかしくはないな。
ということは、あの晩、ジャモジャ森林地帯から帰国した僕に取調していたときには、他に協力者が居ることを考えていたのか。
......まぁ、Dランク冒険者が一人でドラゴンゾンビを倒したなんて信じないよな。
「でも意外だったよ? 俺は索敵とか得意でさ。近くに<狂乱>が居れば気づけたのに、それができなかった。相当気配を消すのが上手いのか、将又、本当にナエドコが一人で<屍龍>を倒したのか......今となっちゃ後者だと信じるしかないねぇ」
オーディーさんがそう言えるのは、部屋に入ってきてアーレスさんの魔力を間近で感知したからだろう。
アーレスさんみたいな強者の魔力を、あの現場の近くで感知できたのなら、僕ら二人で倒したと見たはず。
だから逆説的に考えて、実際にあの場に一人だけ居た僕が、ドラゴンゾンビを倒したと今になって確信を得たみたい。
「困ったなぁ。<狂乱>だけでも厄介なのに、<屍龍>を単騎で倒せる者まで一緒だとは......帝国の脅威がこんな近くにいるなんて、誰も思わないだろうね」
「別に僕らは敵対する気ありませんよ」
「皇女さんの股座にイチモツを押し付けた男がなんか言ってるよ〜」
「ちょ! お腹ですって! イチモツじゃなくてお腹!」
「はは。あんな子供相手に欲情するのかい?」
「だから!! たしかに可愛いと思いますが、そんなんじゃありませんって!」
ヤバい。あの場に居なかったオーディーさんがその事実を知っているってことは、僕を捕まえに来たのか......。
でも武器を持ってないのが気になるな......。
僕はともかく、捕まるとなればアーレスさんも相手になるんだから、武器無しじゃ返り討ちになるだろう。
そんな僕の心配は、察した相手が気を利かして答えてくれた。
「そんなかまえないでよ〜。俺はただ伝言で来ただけだからさ」
「伝言?」
そそ、と短く答え、オーディーさんは適当な場所に腰を掛けて足を組んだ。
「皇女さんからの依頼。『先の件を不問にしてあげる代わりに、デロロイト領地を統べる豚野郎の秘密を暴いてこい』だって」
「え、ええー」
いや、僕らそのデロロイト領地からここまでやってきたのに、また戻れって言うの......。
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