第108話 押し付けたらいけないもの
「そ、そう。手伝ってくれる気になったの。う、嬉しいわ。すごく」
「......。」
そう火照った様子で、ティーカップに入った紅茶を口にする黄金色の長髪の少女は、なんというか落ち着きが無かった。
そわそわと紅茶を飲んだり、テーブルの上に置いてある焼き菓子を口にしたりと、必死になって平静を装おうとしているのが伝わってくる。
時折、チラチラと真っ赤な瞳で見てくるから、こちらまで落ち着かなくなってしまう。
というのも、目の前の少女――帝国皇女 ロトル・ヴィクトリア・ボロンが、ベッドの上で露出した足を組んでいたところを、不意な来客である僕に目撃されたからだ。
それもお行儀悪く、クッキーを食べながらである。
正直、思っていたほど皇女様していなくて親近感が湧いてしまった。
その皇女さんとレベッカさん、僕は円形のテーブルを囲っていた。テーブルには皇女さんがつついている茶菓子や三人分の紅茶がある。菓子から茶器まで高級品ばかりという印象だ。さすが皇族。
「ロトちゃん、なにを緊張しているのかしら。いつもみたいに胸張った方が素敵よ?」
「う、うるさいわね。あそこまで見られたのは初めてなのよ」
「ご安心ください、殿下。この者は生きて帰さないので」
そんな物騒なことを言ったのは、女執事のバートさん。二十代半ばと、アーレスさんのような大人の女性独特の雰囲気を纏っていた。また黒の執事服に身を包むその姿は格好良いという印象が強い。
が、執事服という如何にも窮屈そうな服装に抗うかのように、おっぱいはデカかった。
レベッカさん>バートさん>>>ロトルさん。
そんな大小関係が脳裏を過る。
話を戻すけど、たしかにあのときの皇女さんに品が無かったとしても、誰だってプライベートじゃだらしなくなるものだから、別にそこまで気にすることないでしょ。
そんなことを思いながら、僕はいただいた紅茶を啜った。
うんま。なにこの茶。香りだけかと思ったけど、飲んだ後に鼻の奥にスーッと広がる爽やかな感じがすごいのなんの。味というより香りで楽しむのかな?
皇女さんが普段飲んでいる紅茶って、こんなにも後味が良いものなんだな。
僕の中で紅茶革命が起きている中、まだ何か気にしているのか、皇女さんが僕をチラ見しながら聞いてくる。
「み、見えた?」
「え?」
「いや、ほら、その......ね?」
“見えた”って、ベッドでお行儀悪く、横になって足組みながらクッキー食べてたところ?
んなのバルコニーからでも普通に見えましたよ。
それくらい、お互い目が合ったんだし、確認しなくてもわかっているだろうに。
まぁ、レベッカさんに連れてこられたとは言え、女の子の部屋に許可なく上がり込んだ僕に非があるから謝ることしかできないけど。
「い、色というか、柄というか......たまーによ? 偶に。偶に、偶然、気分が向いたときくらいの頻度だから......アレは」
“色”? “柄”? 偶然を連呼するのはなんで?
僕のそんな疑問に答えてくれたのは姉者さんだ。
『おそらくこの少女は、ナエドコさんに自身の下着を見られたかもしれない、と疑っているのでしょう』
「え」
『おまッ! 見たのかよ?! 見損なったぞ!!』
いや、見てないし、見損なうもなにも事故じゃん。
これどうやって答えればいいんだ。なんのことですか、で通すには僕の演技力が足らないから無理だ。姉者さんから事情を聞いてしまった以上、下手に発言すると疑われそう。
そんな僕の葛藤を横で眺めていたレベッカさんが口を開いた。
意地の悪い笑みを浮かべて。
「私が見えたのだから、スー君にだって見えたに決まってるじゃない」
「「っ?!」」
「やはり殿下の下着を見たのかッ!!」
辛うじてそのワードだけは皆出さなかったのに、この女執事さん、はっきりと言っちゃったよ。今更だけど、それで辱めを受けるのはあんたの主だよ。
見れば、皇女さんの顔が先程よりも真っ赤になっていることに気づく。
「み、見てませんよ」
「またまたぁ。潔く自白しなさいな」
「や、やっぱり見られてたの......」
「お気を確かに! この者らが嘘を吐いている可能性がございます!」
女執事さんの『嘘を吐いている』という言葉に、ピクリと反応を見せた皇女さんが、依然として顔を真っ赤にしてプルプルと震えながら、レベッカさんに問う。
「マイケルが見てないというのが本当かどうかは、同じ位置から見ていたあなたの発言が、なによりの証拠になるわ」
「ええ。もうばっちりよ――」
「でも!」
と、レベッカさんの言葉を半ば遮って言う皇女さん。
その様子はある種の覚悟をした勇ましさを感じさせるものがある。
そんな皇女さんは、バンッと丸テーブルを叩いて言った。
「あ、あなたが私の下着の特徴を言えなければ、そもそも見たことにはならないッ!!」
お、おお! かなり踏み込んだこと言ってきたな、皇女さん。逞しいよ。
でも一歩間違えれば、それは自殺行為に他ならない。
だって、本当にレベッカさんが見ていたのなら、この場で自身の下着の特徴が彼女の口から告げられるのだから。
僕はその情報をオカズに、紅茶を楽しむしか道が残されていないのだ。
「特徴、ねぇ。......言ってもいいのかしら?」
「い、言えるものなら言ってみなさいよ!! ただし、嘘が判明したらクビだから! 雇う上で大切な信頼が消されるのだから覚悟しなさいッ!」
『このガキ、気持ちいぃーくらい面白ぇー性格してんなー』
『ナエドコさんも見習ってみてはどうです?』
僕はうるさい両手を無視して、レベッカさんの発言に耳を澄ました。
無論、何度も言うが、僕は彼女のパンティを見ていないので無罪である。
「あらあら、私を試すとはいい度胸ね。ロトちゃんが穿いていたのは、クマさんパ――」
「あああぁぁあぁああ!!!」
「おほほ」
“おほほ”じゃない。
というか、待って。この世界に“クマさんパンツ”なんてあるの。誰だよ、そんなもの作った奴。なんで皇女さんが穿いてんのさ。穿くのは自由だけど、さすがにセーフゾーン越してる年齢でしょ。
そんなことを思っていた僕に、キッと鋭い眼光を向けてきた皇女さんは怒鳴り声を上げた。
「こ、この嘘つきッ! 見たくせに認めないで嘘吐くとは、男のすることじゃないわッ!」
「ま、待ってください! 本当に見てないんですって!」
「記憶諸共殺すッ!!」
そう叫んで、突然僕に襲いかかって来た皇女さん。
まさか御本人が直々に手を出してくるとは思わず、僕は驚きのあまり掛けていた椅子から転げ落ちてしまった。
そんな仰向けになって倒れてしまった僕に皇女さんは馬乗りしてきた。女性に馬乗りされたのは人生初めてだ。しかも相手は超が付くほど美少女。でも予想できる次の行動のせいで素直に喜べない。
少女は片手を僕の胸倉に、もう片方の手で握り拳を作って、それを僕の顔面に振り下ろす。
きっと次に瞬きをした後、僕の顔面はこんな年端もいかない少女に殴りつけられることだろう。
本当に下着を見たのなら、黙って殴られるのが漢ってものかもしれない。
でも僕は無実だし、殴られる筋合いは無い。
それにこの場の人たちには向かって証言させられないが、ほぼ同じ目線の位置にある魔族姉妹も見えてないって言ったし。
だから殴られてたまるもんか!!
「あぶなッ!」
「っ?!」
僕は唯一の自慢と言える動体視力で振り下ろされた彼女の拳を見切り、その手首を掴んだ。
まさか掴まれるとは思わなかったのか、一瞬驚く様子を見せた皇女さんだが、次の瞬間にはもう片方の手で握り拳を作り、先と同様に振り下ろそうとする。
そこまでして殴りたいか。というか、殴り慣れてない?
どう見ても一国の皇女さんがすることじゃない。暴力的すぎるだろ。さっきのマウントボジションの取り方上手すぎだったし。
そんなことを思いながら、彼女が作った別の握り拳も同様に、僕はその手首を掴んで殴られることを阻止した。
そして、
「うおぉぉおお!!」
「きゃッ?!」
雄叫びを上げながら、馬乗りしてきた皇女さんを横に倒し、掴んでいる両の手首を彼女の頭上に持っていって床に押さえつけた。
無論、マウントボジションを取って仕返すつもりはない。
ただ蹴られてはまずいと思い、彼女は僕の腹部を跨っていたので、その両足は僕が体勢を維持することにより、開きっぱなしにさせた。このまま自分のお腹を押し付けておけば蹴られることはない。
完璧だ。
あとは説得だけ。
「聞いてください! 本当に見てないんです!」
「ちょ、ちょっと待って! 動かないで!! 押し当てないでッ!」
「あ、ちょ、暴れないでくださいッ!」
押し倒された彼女はジタバタと暴れるが、僕はかまわず説得を続ける。
「あ、あああんた、この私になんてモノをッ!」
「いいですか、たしかに見た、見てないの証拠を示すのは困難です。が、無実の一般人に殴りかかるのは早計です!」
「わ、わかったから、ソレを押し付けないでッ!」
本当にわかったのかな。
っていうか、さっきから皇女さんは何を『押し付けないで』と懇願してくるのだろうか。
そう思った僕は視線を彼女の股座に向けた。
そして気づく。
両開きさせてしまったことで、彼女のドレスのスカートが捲り上げられ、ほぼT字の布が見えてしまった。
正直に言えば、凝ったデザインはしておらず、色気なんて皆無な代物である。
きっとこの下着の後ろには、レベッカさんが言ったようにクマさんが潜んでいらっしゃるのだろう。
『おめぇ、最ッ低だな』
『ええ。傍から見たらただのレイプ野郎ですよ』
「......。」
魔族姉妹から非難の声が飛んでくる。
僕はイチモツじゃなくてそれより上、腹部を彼女の股座に押し当てているのだからセーフだと思っていたが、押し当てられた本人からしたらどっちも同じようなもんである。
また皇女さんは怒りから顔を真赤にしていると思ったが、実はそうじゃなかった。
こんな初対面にも等しい、平たい顔面の平民に辱めを受けて顔を真赤にしているのだ。しかも涙目。
相手は一国の王の娘。そんな存在に自身の身体の一部を押し付けることは、それだけでギルティ判定である。
「もうわかったから......退いてぇ」
「そ、その、これはですね――」
「退けぇえええ!!!」
視界の外、僕は頭の真横からの強打に耐えられず、盛大にふっ飛ばされる。
勢いよく宙を舞う最中、見えたのは女執事さんが蹴りを放った後の姿勢である。
人の頭をサッカーボールでも蹴り飛ばすように、強打を決め込んだのだ。
また少し離れた所で、机に突っ伏しながらダンダンと机上を叩くブロンドヘアーの彼女の姿が視界に入る。プルプルと震えていることから、笑いに耐えられずと言った様子だ。
「もう、ほんっと、さい、こうね」
「ばーと、ばーとぉ! もうわたじおよめにいげない!」
「ああ、ロトル様ぁ。なんて屈辱を......。帰れッ!! 死罪にするぞぉぉおおおお!!」
「......。」
『結局見ちゃいましたね(笑)』
『怪我は治さねぇー。しばらく苦しめ』
僕は急いでこの場を後にし、城から抜け出すのであった。
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