第107話 初めてのお城侵入

 「ロトちゃんのお部屋の真下まで行ったら、先に私が登ってこのロープを垂らすわ。間違っても魔法は使っちゃ駄目よ?」


 「はぁ......」


 現在、僕はレベッカさんと共に、人気の無い物陰に身を潜めている。


 アーレスさんと共同で使っている安宿を発った僕は、この国の中心部でもあり、核でもある王城の敷地内にレベッカさんと来ていた。


 来ていたっていうか、お邪魔しちゃった。


 もっと言えば不法侵入。バレたら即捕まって処されるに違いない。


 「緊張しなくても大丈夫よ? 敷地内と一緒で、割と簡単に忍び込むことができるから」


 「......。」


 なぜ城の警備兵にバレないようにして侵入しなければならないのかというと、シンプルに一般冒険者の僕が城に入ることは疎か、城門で追い返されるのがオチだからである。


 もちろん以前、皇女さんが言っていたように、冒険者ギルトを通して、彼女と連絡するのが無難な策だが、それもできないのが僕という個体である。


 というのも、僕の中には魔族姉妹が寄生しているため、入念に検査されてしまったらバレてしまうかもしれないからだ。


 レベッカさんほど有名な人なら正面切って手続きすることもできるのだが、同行する僕が正規の手続きを受けられないので、こうして一緒に侵入している次第である。


 んでもって極論、これが一番早い。


 「じゃあさっそくこれで登るから、少し待っててちょうだい」


 そう言ったレベッカさんは、腰に携えていた魔法具の鞭を手に取った。


 ......そんな鞭でどうやって地上から、皇女さんが居る部屋のバルコニーまで登っていくんだろう。


 上を眺めれば、教えてもらったバルコニーの位置が、少なくとも十、いや十五メートルはあるんじゃなかろうか。


 「ふふ、下から覗いちゃ駄目よ?」


 「はい!」


 『こいつ、覗く気だろ』


 『最低ですね』


 「じょ、冗談のつもりで言ったのだけれど、いっそ清々しいわね......」


 そんな! 僕は覗く気なんてないのに三人して酷い!


 でも僕は身を潜めなければいけない身。周囲を警戒してチラ見しないといけない。


 右とか左とか上とか上とか上とかね。


 きっと際どい下着を穿いているに違いない。なんてけしからん人なんだ。


 『鈴木、下から覗き見したら殺すから』


 「か、過激だなぁ。でも一回くらい死んでも見る価値はあると思う」


 『覗く気満々じゃねぇーか!!』


 「少しくらいご褒美があってもいいじゃないか!!」


 『ざけんなッ! あたしがいんだぞ?!』


 「君関係ないで――ふがッ?!」


 僕らが言い合いを始めたら、突然、左手が僕の口を塞いできた。


 その際、いつもなら掌にある姉者さんの口が、行動と同時に手の甲へと移る。


 「おい。今、こっちから声が聞こえなかったか?」


 「いや? 俺には聞こえなかったな」


 「そうか......」


 息を潜めて待つこと束の間。近くを巡回していたであろう二人の警備兵が、僕らが潜んでいる付近の場所を過ぎった。


 うおぅ。あと少しでバレるところだった......。


 『私たちは侵入しているんですよ? 馬鹿ですか?』


 「ご、ごめん」


 『こ、今度あーしが見せてやっから、我慢しとけ!』


 なんか右手がアホなこと言ってる。無視だ、無視。


 「あれ、レベッカさんは?」


 彼女の姿が消えたことで、僕は辺りをきょろきょろと見渡した。


 が、不意に目の前にロープが垂れてきたことで、びっくりして目を見開いてしまう。


 上を見れば、すでにバルコニーまで辿り着いていたレベッカさんが、地上に居る僕らに手を振っていた。


 ......もう登ったのかぁ。早いなぁ。


 『残念そうな顔してますね』


 「シテナイヨ」


 僕は辿々しくそう言って、ロープを手にするのであった。


 自分で言うのもなんだが、意外にも頼もしくなったもので、妹者さんの【固有錬成】で誰かの身体能力をコピらなくても、僕一人の力で登り切ることができた。


 「よっこらしょっと。レベッカさん、僕を置いてかないでくれません?」 


 バルコニーに辿り着いてロープを素早く回収した後、覗き見ができなかったことによる悔しさを乗せつつ、不満を口にした僕である。


 「ごめんなさいね。不法侵入みたいなことさせて」


 「“みたいな”じゃなくて、まんまそれです」


 そしてバルコニーから部屋の中を見れば、


 「っ?!」


 ベッドの上で、皇女さんがはだけさせた足を組んで、クッキーを食べていた現場を目にしてしまう。


 目撃しちゃマズいとこを見てしまった気分である。


 そりゃあそうじゃん。ここ、皇女さんのお部屋のバルコニーじゃん。無礼にも程があるだろ。


 そんな僕の登場に驚いてか、皇女さんはクッキーを喉に詰まらせ、それに気づいた女執事さんが水を飲ませていた。


 「けほッ、けほッ。ま、まいげ、る?」


 咽りながら、こちらに聞いてくる少女が涙目で居た堪れない。


 “ナエドコ”なら割とこの世界で呼ばれ慣れている名前だけど、“マイケル”というのは少し背に痒いものを感じる呼ばれ方だ。


 名乗ったのは他でもない僕だけど。


 「ど、どうも。半日ぶりです。......大丈夫ですか?」


 「レベッカ!! 殿下の部屋に男を連れ込むとはどういう了見か!!」


 「おほほ〜」


 とりあえず返事をした僕に、レベッカさんを怒鳴りつける女執事さん。それを面白がるレベッカさんは絶対に、こうなることを読んでいたのだろう。性悪な美女である。


 するとベッドから勢いよく起き上がった皇女さんが、近くの椅子に掛けてあったカーディガンを慌てて手にとって羽織った。


 そして僕をキッと睨んでくる。


 ......まぁ、事故とは言え、無防備にも露出した肢体をぼくに見せちゃったもんなぁ。


 謝って許してくれるかわからないけど、謝ろう。


 「そ、その、ごめんなさい」


 「すッ、素直に謝ることは良いことだわ! 5分ほど待っていただけないかしらッ?!」


 「あい......」


 こうして最悪な再会を果たしてしまう僕らであった。

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