閑話 [ロトル] ベッドの上でクッキーをかじる皇女

 「はぁ。マイケルはなんで私の誘いを断ったのかしら......」


 「またその話ですか......」


 昼下がりの時間帯、私は王城にある自室にて、白のワンピースとラフな格好のままベッドの上に寝っ転がっていた。


 不貞寝とも言えるその行為により、誇り高き皇族の面影は失われつつある。


 そんな私の溜息混じりの声に、女執事のバートが呆れ顔で答えた。その呆れ具合は、主人である私に対して、相手するのも面倒くさいと言わんばかりだ。


 「お互いの目的が同じなら、手を取り合うべきじゃない?」


 「大凡、貴族や王族に直接関わると面倒事になると思っているのでしょう」


 出た出た。これだから一般人は。


 こっちは国のため、ひいては民のためになることをしていると言うのだから、そっちもそっちで手伝いなさいよって話。


 「......。」


 でも税金巻き上げといて、そこまで強要するのは酷よねぇ。


 早くこの帝国の税上げをなんとかしないと。


 そんなことを思いながら、私は寝そべったままクッキーの入った箱から、それを一枚取り出して口へ運んだ。


 「お行儀悪いですよ」


 「別にいいじゃない、これくらい」


 「あのナエドコとか言う冒険者の少年が来たらどうするんです?」


 「さすがに恥ずかしいから、起きてクッキーを食べるわ」


 「クッキーは召し上がるんですか」


 「ったりまえじゃない」


 そんな私の動じない返事に、少しばかり驚いた顔を見せるバートである。


 「てっきりあの少年に恋心を抱かれたのかと思ってました。助けられたときに、何度か頬を染めてましたし」


 「べ、別にそういうわけじゃないわよ。たしかに少しだけ格好良いと思ったけれど、顔はそこまで好みじゃなかったわ!」


 「左様ですか。それが聞けて安心しました」


 その言葉の最後にバートは、所詮は殿下も外見を重視されるのですね、とナメた口を利いてきた。


 しばこうかしら、この女執事。


 そんなことを考えていたら、バルコニーからノックする音が聞こえてきたので、それに驚いた私は口にしていたクッキーを吹き出しそうになった。


 けほけほと咽りながらそちらを見れば、笑顔でこちらに手を振っているレベッカが居た。


 バートは外に居るレベッカを無視して、咽ている私に水の入ったコップを渡してくる。受け取った私はそれを飲み干して、再びバルコニーを見やった。


 『ロトちゃん元気〜?』


 「......またこの女、バルコニーからやって来ましたよ」


 「......まぁ、城内うちに入るには、面倒な手続きが必要だから、わからないでもないけれど」


 それでも、なんのための“面倒な手続き”なのか、存在意義を彼女に説かないといけない。


 それにしても地上から遥か高みに位置する私の部屋まで上がってくるとか、本当に化け物みたいな女ね。それも城を巡回する騎士たちの目を掻い潜って。


 見た目からじゃ全く想像つかないわ。


 とりあえず、レベッカなら別にいいか、とバートに扉を開けることを許可した私は、再び寝っ転がった。


 窓から入ってきた人を客人扱いしたくないとか、決してそんな小さな器の持ち主ではないわ。


 ただ面倒なだけ。


 公の場以外、全力で脱力するのが、今の皇帝の一人娘なのよ。


 足組んじゃいましょ(笑)。


 「あらあら。お行儀悪いわねぇ。帝国のお姫様とは思えないわ」


 部屋に入ってきたレベッカが、私の様子を見て、くすっと笑う。


 「さっきも同じことをバートに言われたわ。お姫様なんて成りたくて成ったわけじゃないし、成りたいのなら代わってあげるわよ?」


 「結構よ。つまらない人生送りたくないし〜」


 「......。」


 本人に向かって、つまらない人生を送っているとか、この女も大概ね。


 ちょっとイラッと来たけど、私は器が大きい主人だから聞かなかったことにしてあげるわ。


 ......この場に居るバートが言い返してくれてもいいんだけれどね。主人を馬鹿にされて怒りもしないとか、執事としてどうなのよ、と思ってしまう。


 より一層、不貞腐れた私は、更にクッキーを取り出して口にした。


 が、


 「よっこらしょっと。レベッカさん、無言で僕を置いてかないでくれません?」


 「「っ?!」」


 「ごめんなさいね。侵入みたいなことさせて」


 「“みたいな”じゃなくて、まんまそれです」


 聞き覚えのある声に驚く私は、口に含んだクッキーを吹き出した。


 やはりベッドの上で乾いた菓子を食べていると、こういった事故には逃れられないらしい。再度、心配して私の下へやってきたバートが、コップに入った水を私に飲ませる。


 涙目の私は、バルコニーに居るマイケルの姿を目にして唖然としてしまった。


 「けほッ、けほッ。ま、まいげ、る?」


 「ど、どうも。半日ぶりです。......大丈夫ですか?」


 「レベッカ!! 殿下の部屋に男を連れ込むとはどういう了見か!!」


 「おほほ〜」


 私は慌ててベッドから飛び起き、椅子に掛けてあるカーディガンを着込んだ。


 そして無礼にも女の子の、それも皇族の部屋に窓から入ってきた男をキッと睨む。


 よく見たら彼の手には、レベッカに手伝ってもらったのか、それでここまで登って来たと思しきロープが束ねられていた。


 わ、私も私で悪かったけど、それでも異性にあんな格好......足なんてはだけてたし、あそこまで肌を見られたこと無いわ!!


 それにし、しししし下着まで!!


 そんな私を見て、相手は申し訳なさでいっぱいの顔をする。


 「そ、その、ごめんなさい」


 「すッ、素直に謝ることは褒めてあげるわ! 五分ほど待っていただけないかしらッ?!」


 「あい......」


 そうして私はバートに手伝ってもらい、簡易的に着やすくて愛用する、装飾の少ないドレスを着て、無礼者たちに対応するのであった。


 その直前までレベッカが、まるで面白いものでも観たかのように、クスクスと笑ってくる様が腹立だしく感じてしまうは言うまでもない。

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