第106話 イベント発生は自ら進んで

 「え、レベッカさん、皇女さんから依頼を受けてたんですか?!」


 「そ。というか、その口振りだと既に会ったのかしら?」


 会うも何も、皇女さん巻き込んだの僕らだからね......。


 現在、帝国でお世話になっている安宿にて僕とアーレスさん、レベッカさんの三人は情報交換をしていた。部屋の真ん中にある丸型テーブルを囲い、軽食を摂りながら話していた。


 深夜もいいところな時間帯で、あと少しすれば日が昇り始めるだろう頃合いだが、お互いの話をまとめることに時間がかかってしまっている。


 というのも、まずはアーレスさんが僕と別れた後、<魔軍の巣窟アーミー>で起こった出来事やダンジョンの生態など、聞けば聞くほど疑問が深まる内容だったからだ。


 加えてレベッカさんとのやり取りである。なぜ彼女とダンジョンで会ったのかを含めて教えてもらった。一言で言えば偶然の賜物である。


 そのお陰でアーレスさんのバンクカードを持っているレベッカさんに会えたのだから、これでやっと金策面はどうにかなったな、と安堵した僕だが、事はそう上手く行かない。


 なんと、レベッカさんはこの短期間でアーレスさんの所持金を全て使い果たしたのだ。


 いくら残高があったのかわからないけど、豪遊女という他ない。


 そして僕がどうやってドラゴンゾンビに勝ったのか、戦法はもちろんのこと、現場から離れた場所に居たアーレスさんやレベッカさんからでも察知できた、姉者さんの氷属性魔法に関して色々と話していた。


 で、今は皇女さんの話題が上がっている。


 「びっくりですよ。質素な馬車や身形でしたから。まさか皇族の方だったとは」


 「お忍びでデロロイト領地に行っていたからねぇ」


 「なぜお忍びなんですか?」


 「ああ、それは――」


 レベッカさん曰く、帝国皇女さんは皇帝に秘密で色々と影で活動しているかららしい。


 内容は先程皇女さん本人から聞いたものと相違無く、昨今の王国でも問題視している闇組織を潰すためとのこと。


 僕やアーレスさんと利害は一致しているのだが、如何せん立場的に手を取り合うのは難しい。


 「でもロトちゃんから直接誘われるなんて珍しいわね」


 「と言いますと?」


 「あの子、立場上、信頼した者以外声を掛けないもの」


 やはり皇族というのは、それだけで周りに敵が多いのだろうか。


 聞けば帝国皇女 ロトル・ヴィクトリア・ボロンに兄妹は存在しないとのこと。それ故に皇帝から譲り受ける皇位継承順位はあの少女が一番高い。


 無論、何らかの理由で、その継承が難しい場合は次に上位の貴族、いわゆる門閥貴族とやらが候補に上がる。


 歴代の皇帝から見ても、今の皇室の系図は例外中の例外で、本来ならば皇女さん以外に血縁関係者をつくらない、子供が一人だけというのは非常に稀らしい。


 そりゃあ、あの子に何かあったらごたつくもんね。


 帝位継承の対象が前代未聞の一人だけなら、そのリスクは想像を絶することだろう。


 皇帝なんて側室のバーゲンセール野郎、もっと子作りすればいいのにね。


 などと素直な感想は口にできない。


 『かぁー! 童貞の鈴木は女を選べねーのに、贅沢な王様なこった!』


 『ですね。苗床さんに謝った方がいいですよ、ここの皇帝』


 謝った方がいいのは君らね。


 「今の帝国の代は異常と言っていい」


 「異常、なんですか?」


 「約七年前に皇妃が亡くなってから、それ以来体制が一気に変わったからな」


 え、皇女さんの母親亡くなってるの。


 マジか。それがショックで皇帝は正統な後継者をロトルさん以外につくっていないとかかな?


 わからないけど、側室のバーゲンセール野郎とか抜かしたことを心の中で謝っておこう。


 『父親ってのもあんが、国の長なんだからちゃんとセックスしねぇーとな』


 『ええ、涙を流すのではなく、精子を注ぎ込まないといけません』


 言わんとすることはわかるけど、言い方ってものがあるだろうに。


 「それで、これからどうします?」


 「引き続き金策と捜査――」


 「ええー!! それは無いわよ!」


 アーレスさんが言い切る直前で割って入ってきたのは、言うまでもなくレベッカさんである。


 戯けた様子で隣に座っている僕に近寄り、またも抱き着いてくる。今度は正面からではなく、後ろから伸し掛るようにしてだ。


 いくらレベッカさんに命を狙われたからと言っても、彼女を傭兵というより美女と認識してしまうのだから、抱き着かれて嬉しくないわけがない。


 グラビアアイドル顔負けのプロポーションだから、オスとして悦んじゃう。


 股間に意識を向ければ、即ギンギン化することだろう。


 「......良い提案でもあるのか?」


 真正面に居るアーレスさんにギロリと銀色の瞳で睨まれた僕は、無罪を主張したくてしょうがなかった。


 睨むならレベッカさんでしょう、と。


 話が進まないので、レベッカさんの奇行に関しては黙っておこうと決めた僕である。

 

 「スー君はアーちゃんの巻き添えを食らって、この国にやってきたのでしょう?」


 「......。」


 「王国側の人間であるアーちゃんが関わったらマズいのはわかるけど、籍を置いてもないスー君は関係無いじゃない?」


 「......ザコ少年君には近い将来、うちの騎士団で働くことになっている」


 なにそれ、初耳なんですけど。


 そんなアーレスさんの話を聞いて、レベッカさんは必要に笑いを堪えた様子になる。


 「今の話よ。い、ま、の。効率良く事を進めるには手分けした方が良いと思うのよねぇ。ほら、アーちゃんも単独行動の方が気楽でいいでしょ?」


 「......何が言いたい?」


 アーレスさんのその言葉に、レベッカさんはSっ気たっぷりな笑みを浮かべた。


 「私とスー君がロトちゃんの下で調査してあげるってこと」


 「......。」


 え、ええー。


 たしかに僕は厳格に王国の者ではないけど、知らない土地でアーレスさんと別行動っていうのはちょっと......。


 それに今更だけど、殺されかけた相手と一緒に行動するのもなぁ。


 「私が責任を持ってスー君を預かるから♡」


 「おふぅ?!」


 レベッカさんは後ろから更に体重を乗せるようにして、僕に抱き寄ってきた。彼女の柔らかな巨乳が後頭部に乗って、すごいことになっているのは言うまでもない。


 童貞野郎の頭にたわわに実った双丘が......。


 その重さが大きさを語っているようで、大声で万有引力バンザイと叫びたい。


 「いっ?!」


 が、目の前の席に座っているアーレスさんからテーブルの下にて、僕の脛に彼女の蹴りを貰ったことにより、その衝動は掻き消されることになる。


 「作戦会議中だ。鼻の下を伸ばすな」


 『そーだそーだ! 伸ばすなー!』


 「の、伸ばしてませんよ......」


 「くく。ほ、本当に面白いわね」


 こ、この人、絶対楽しんでるだろ......。


 「でも冗談は抜きにして、きっと今後は動きづらくなるわよ?」


 「......だろうな」


 一変してレベッカさんが真面目な話を再開させた。


 まぁ、彼女が言ったことに関しては僕もそうとしか思えない。


 だって僕、ドラゴンゾンビ倒しちゃったから(笑)。


 それも単騎で。


 もっと言えば、ジャモジャ森林地帯一部を氷漬けにした実力もある。


 おそらく、いや十中八九、帝国の騎士は僕の動きを視てくるに違いない。場合によっては疑われて指名手配されてもおかしくないかも。


 それを考慮するならば、いっそのことレベッカさんや皇女さんの誘いに乗った方が動きやすい上に、こちらが持っていない情報まで得られるメリットは有る。


 無論、それを素直に応じれない理由もある。


 『王侯貴族と関わるのが何よりのデメリットです』


 『だな。いくら皇女の後ろ盾があるからっつっても、安全とは限らねぇーし』


 そこねー。政治絡みで、今後も首を狙われ続ける人生なんて嫌すぎる。


 たしかに異世界ライフじゃこういったイベントは見返りもでかいのが定番だけど、そのストーリーにいざ自分が立たされたとなっては、迂闊に協力することはできない。


 「悪いが、ここの王侯貴族とザコ少年君を関わらせるわけにはいかない。現状の輩じゃ尚更だ」


 「<隻眼>のオーディー」


 「......。」


 ん? “隻眼”? オーディーさん?


 その名前が出たことで、アーレスさんは黙ってしまった。


 「ロトちゃんの最大の武器はあの有名な<隻眼>。周りの貴族連中が下手に手出しできないのもオーディーが絡んでるからよ」


 「地位に興味の無い男と聞いている」


 「ええ。それも手伝って、彼は気に食わない悪徳貴族が居れば平気で殺しちゃうもの。普通なら死罪だけど、いつも確固たる証拠を提示してから殺めるのだから、手に負えないらしいわ」


 「正義の名の下......とやらか」


 「さぁ? どちらにしろ、ロトちゃん絡みなら、オーディーもアーちゃんたちを睨むでしょうね」


 「ふむ、厄介だな」


 なんかよくわからないけど、オーディーさんってあの気さくな騎士団長さんのことだよね?


 色々と報告した僕だが、まだオーディーさんの名前は出していなかったな。


 騎士団長なんてヤバそうな肩書きの人と接触したら即報告しなきゃなんだけど、如何せん人柄がアレなだけにすっかり忘れていた。


 「すいません。オーディーって、あの騎士団長ですか?」


 「あら、知ってるの?」


 「はい。知っている、というか、さっきまでオーディーさんから取調べを受けていましたし」


 「......わーお」


 わーお。そんな驚く?


 アーレスさんがはぁと溜息を吐いて、席を立ち、コーヒーを淹れ直していた。


 なに、僕、なんかマズいことしちゃった?


 「オーディーさんってどんな方なんです?」


 「そうねぇ......。一言で言うのであれば、帝国版のアーちゃん、みたいな?」


 「......。」


 マージか。


 すごく伝わりやすい表現で感謝したいけど、そんな人と接触しちゃったことの不幸を嘆きたい。


 「それは言い過ぎだろう。少なくとも戦闘能力の面で言えば、私よりやや下だ」


 「そう? なら賢さは?」


 「......それも私の方が上だ」


 「素直でよろしいこと」


 アーレスさんの葛藤に満ちた間を、却って素直さと見たレベッカさんがそんな返事をした。


 「ほら、アレよ、アレ。叡智ってやつ?」


 「......全然、そうには見えませんでしたよ」


 なんなの。僕は異世界に来てそんな経ってないのに、出会う人たちとのパワーバランスおかしすぎでしょ。


 ちっとも俺TUEEE!ができないじゃないか。


 「あれ、“隻眼”って......」


 「ああ、片目が見えないだけよ。噂によれば、片目を犠牲にして頭良くなったって」


 『片目失ってまで頭良くなりたかったんですか』


 『魚食えば頭良くなるのになぁー。魚魚さかな〜♪って』


 とりあえず、やべぇ奴に目をつけられたことには変わりないらしい。


 「やむを得ないか。......レベッカ、ザコ少年君を頼むぞ」


 「え゛」


 「もちろん♡」


 『うへぇ。痴女と行動すんのかよぉ〜』


 『同感です。苗床さんの童貞プレミアの危機ですよ』


 いや、それは願ったり叶ったりなんだけどさ。


 斯くして、アーレスさんは単独行動、僕とレベッカさんは一先ず皇女さんの下へ向かって方針を仰ぐことになったのであった。

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