第104話 皇族巻き込まれイベントは回避したい
「あの、何しにここへ?」
「無礼者! 殿下に向かって、なんという口の聞き方――」
「バート、うっさい。それに普段のあんたと変わらないわよ?」
「もう遅いな〜。これちゃんと残業代出るよね?」
皇女さんの突然の来訪にビビる僕。
そんな僕に殴りかかろうとする女執事さん。
それを呆れながら、片手で制する皇女さん。
どこかやりきった感を醸し出す騎士団長さん。
なにこの空間。カオスすぎでしょ。
現在、僕はこの国の騎士団長であるオーディーさんから取調を受けていたのだが、その最中に何故か皇女さんが現れた。
なにやら厄介事の臭いがしてしょうがない僕である。
「ここに来たのは他でもないわ。マイケル、あなたを雇うためよ!」
「え゛」
皇女さんの発言に、僕は間の抜けた声を出してしまった。
僕を雇うって言った?
この子、僕の冒険者ランクを知らないのかな? Dだよ? 皇女さんがDランク冒険者を雇っちゃ駄目でしょ。
「安心してちょうだい。ちゃんとあなたのことを調べた上で決めたことだから」
そう言って、皇女さんは女執事さんに目配せをし、説明しろと指示を出した。
女執事さんは懐から数枚程重ねられた資料を取り出し、読み上げる。
「ナエドコ。Dランク冒険者、前衛魔道士。Dランクに昇格したのはつい先日とのこと。それまではEランクとして活動していたが、達成してきたクエストはほとんど“棘系”ばかり」
“棘系”というのは、棘クエストの別称である。
依頼の内容の割には報酬が少ない、と冒険者にとっては美味しくもないクエストのことだ。僕の場合は、王都に居た時に美人受付嬢のマーレさんにお勧めされて受けただけだが。
というか、王都での冒険者活動は筒抜けなの?
と疑問に思ったが、そもそも冒険者ギルドがある国は、国境関係無く情報の共有が義務化されていると聞いたことがあるので、僕の冒険者活動が知られていてもおかしくはない。
そう考える僕を他所に、女執事さんは続ける。
「目立った功績は無し。が、数時間前の<屍龍>との戦闘では、単騎で討伐を成功させた。加えてダンジョン攻略者でもある。......貴様、化け物か」
「バート」
「失礼いたしました」
女執事さんが軽く頭を下げ、半歩下がる。
次に口を開いたのは皇女さんだ。女執事を制した凛々しい表情から、すぐさま年相応の無邪気な態度に切り替わる。
「あなた面白いわね! 棘系ばっか受けてたのはなぜかしら?! 実力はどう見てもDランク以上じゃない! どうやって一人であの<屍龍>に勝てたの?! あの魔法は何?! そもそもなんで名前を偽るのかしら?!」
「......。」
椅子に座る僕に、ずいっと近づいた彼女は目をキラキラさせながら質問攻めをしてくる。彼女の質問が増える度に距離を縮めてくるから、童貞野郎は対処に困ってしまう。
とてもじゃないが、燥ぐ様子は皇女という肩書きを忘れてしまいそうだ。
僕も美少女に迫られるのは嫌いじゃないが、妹のように接してきたルホスちゃんよりやや年上じゃあ素直に喜べない。
アーレスさんみたいな年上美女と傍に居る時間が長かったからか、僕の嗜好はややそっち寄りなんだ。
「んごっほん!!」
「っ?! お、驚かせて悪かったわ」
女執事さんが大袈裟に咳払いをしたことで、皇女さんは一旦冷静さを取り戻す。そして苦笑いした後、話を続けた。
「でね。今、結構戦力が欲しいところなのよ」
「“戦力”?」
これまた物騒な......。
皇女さんが戦力なんか欲してどうするのさ。それにこの言い方だと、“国として”ではなく、“個人的"に欲しいという意味合いが込められている気がする。
「そ。物騒な話だけど、手駒として私の近くに置いたり、仕事を頼みたいわ」
「それまたなぜ......」
「色々よ、色々。直近の目的は、うちに巣食う闇組織の炙り出しね。それのお手伝いをお願いしたいの」
“闇組織”?
闇組織って僕とアーレスさんが追っている連中のことかな?
無論、この世界に闇組織なんてたくさん存在するんだから、お目当ての相手とは限らないけど、僕らが襲撃した闇組織の拠点は帝国領に存在していた。
実際にそこから
「ちなみに、聞いたことあるかわからないけど、<
わーお。偶然なことに全く同じとこ追ってたよ。
まさか帝国の皇女様が直々に動いているとは......。
この口振りからして、皇女さんは奴らの敵であり、僕らの敵では無いはず。
が、アーレスさんの話によれば、王国と帝国の仲は決して良くはない。大雑把な括りで言うのであれば、貴族以上――帝国の皇族が影で闇組織の糸を引いているという線も疑っている。
だから皇女さん本人が奴らの敵だからって、僕らの味方とは限らないんだ。
「へぇー。その様子だと、やっぱり知っているみたいだね〜」
「っ?!」
と、横から話に割って入ってきたのは、オーディーさんだ。意地の悪い笑みを浮かべながら僕を見ている。
一応、ポーカーフェイスを装っていたつもりなんだけど、この国の騎士団長さんには見破られてしまっている模様。
「なんでDランク冒険者の君が知っているのかな〜」
「おい。今は殿下がお話し中だぞ」
「かまわないわ。それで? 本当に知ってるの?」
「......。」
困ったなぁ。
正直に語るわけにもいかないし、嘘で誤魔化そうにも半端な内容じゃオーディーさんは見逃してくれそうにない。
『ならこうしましょう。妹が闇奴隷商にしつこく狙われているので、思い切ってこちらから攻めてみました、という体で』
などと、今まで沈黙を貫いていた姉者さんが提案をしてきた。彼女はこの場に居る人間で、自分たちの声が聞こえている者は居ないと踏んだのだろう。
そう考えると、やはり魔族姉妹の声を探知したアーレスさんが異常だっただけに違いない。
『“妹”って、ルホスのことか?』
『そうです。妹みたいな存在でしょう?』
『......あのガキは鈴木を兄のように見てねぇーだろ』
『あの子の気持ちはこの際関係ありませんよ。嘘じゃない感じで、事情を話せばいいんです』
『チッ。まぁ、それが無難だな』
『ええ、ツッコまれるでしょうけど、そこからは真実を話してください。ただし、先と同じく王国騎士団と直接関わりを持っていることを伝えてはいけません』
む、無茶言うなぁ。
まぁ、たしかにルホスちゃんは懐いてくれるから、妹......みたいな気がしないでもない。
僕には兄が居るけど下にはいないから、居るとしたらルホスちゃんみたいな子を想像してしまうし。
「マイケル?」
鈴木です。
偽名言っといてなんだけどさ。
ただ聞かれたからには無視できないので、僕は姉者さんに言われた通りの事情を伝えることにした。
曰く、妹が一度闇奴隷商に捕まって、救出してから執拗に狙われるようになった、と。
曰く、襲ってきたから返り討ちにしたら、また襲ってきたの
曰く、王国で妹を匿ってもらっている手前、帝国の人間と共に行動したら、王国からの信用を失うかもしれないと。
多少、事実とは異なるが、それでも大まかな話は間違っていないのでそれらを伝え終わると、皇女さんと女執事さんが突然涙を流し始めた。
何事かと思った僕は、横に控えているオーディーさんを見やる。
「妹思いの兄で感動してるんだよ」
「な、なるほど......」
どうでもいいことのように、皇女さんたちの心境を察して語るオーディーさんは平常運転だ。
以降、オーディーさんからいくつか質問されたが、その内容が事実と相違無いくらい気持ちよく答えられたものだから、苦戦はしなかった。
「ぐすッ。あなた思った以上に良い人なのね......」
「ええ。当初、汚らわしいゴブリンと思ったこと、お詫び申し上げます」
「......。」
失礼な使用人だな、こいつ。
女執事さん、薄々そんな気はしてたけど毒舌だよね。
そういえば王都に行く前にお世話になったエエトコ村でも、村人から新手のゴブリンと勘違いされたな。
マジなんなん。こんなにもイケメンなのにさ。
「で、どうかしら? 報酬は弾むわよ?」
「どうって言われても......」
正直、関わりを持ちたくないというのが本音である。
理由は二つ。
まず僕がやや王国側の人間であるということ。
皇女さんに協力したくないわけじゃないけど、その前に僕は王国側の人間であるアーレスさんと行動しているから、たぶん共同作戦なんか叶わないだろう。
アーレスさんの存在を秘密にしちゃってるしね。付き合っていく上で、ボロが出ないとも限らない。
まぁ、そもそも僕自体、王国の人間じゃないんだけど。多少お世話になったくらいで、別に帝国に寝返っても罪悪感など湧きもしない。
ただ「どっちかって言ったらこっちかな〜」感覚で王国側についているだけである。
などとアーレスさんに告げたら、僕に明日は無い。
もう一つの理由は、皇族に関わるなんてメリットよりもデメリットの方が大きいからだ。
当然、闇組織と関わっている貴族も居るだろうから、皇女さんのお手伝いをするだけでも目をつけられる可能性もある。
現状、闇組織に狙われている僕が、帝国の貴族連中からも狙われたら堪ったもんじゃない。
伊達に、懸賞金百五十枚の金貨を積まれてないからね、僕の首。
安心して夜も眠れなくなる。
『リスクがでけぇーんだよなぁー』
『ええ。ここはきっぱりと断りましょう』
うん。僕は心の中で二人に同意して、皇女さんに向き直る。
「すみません、お断りします」
「......理由を聞いても?」
皇女さんは顔を曇らせて、そう聞いてきた。きっと僕が断る理由に察しがついているのだろう。年齢の割に聡明だから、さすがは皇女様だって感じ。
僕はできるだけ当り障りないように、断る理由を口にした。
それを聞いて皇女さんは残念そうに溜息を吐く。
「あなたも大変ね......」
「まぁ、半分成り行きみたいなものです」
「でも私たちと一緒に行動した方が効率良いわよ? 情報共有だってできるし」
「効率の話ではないんです。......僕の首に、いったいどれだけの懸賞金があると思います?」
「金貨二百枚」
「......。」
マージか。また上がったのか。
どうやら僕の方が自分の首の価値を把握していなかったらしい。まさかこの短期間でまた上がるとは......。
闇組織にとって僕という存在は、本当に無視できない敵となってしまったようだ。
「殿下、そろそろ時間です」
すると突然、女執事さんがそう主人に伝えた。
ここに来たのもお忍びなんだろう。どうやらこれ以上は悠長にしていられないみたい。
「わかったわ。......マイケル、気が向いたらいつでも連絡してちょうだい。冒険者なのよね? ならギルドを通して連絡するのが一番スムーズで確実かしら」
「はぁ。わかりました」
「殿下のご勧誘を断るとは......貴様に明日は無いと思え」
「もう帰っていい? お腹減ったんだけど〜」
こうして僕は無事、皇族の巻き込みイベントをギリギリで回避することができたのであった。
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