第103話 取調べからの分岐点
「ふーん? それで?」
「その、頑張ってドラゴンゾンビを倒しました」
「頑張って、ねぇ......」
「......。」
そうとしか言えないよ......。
現在、深夜もいい時間帯に、僕は帝都にある庁舎にて取調を受けていた。
壁に掛けられた灯が淡く、そう大して室内を照らしていないから、色々と陰って殺風景さを醸し出している。
目の前に居るのは、この国のトップでもあり、騎士団長のオーディーさん。僕がドラゴンゾンビに勝利した後、そのまま僕をこの場へと連行した人である。お陰様で、近くに居たかもしれないアーレスさんと合流できなかった。
っていうか、普通、こういった取調は部下がやるようなものじゃない?
今のところ、“取調”で済んでいるのは、偏にこの国の重鎮をドラゴンゾンビから救ったという功績があったからで、もしただドラゴンゾンビを倒して、辺りに被害をばら撒いていたら、こうはならない。
現にちゃんと水の入ったコップが、僕のために用意されている。
生温いけど。
ちなみに、“国の重鎮”というのは、この国の皇女さんのことである。名前はロトル・ヴィクトリア・ボロン。重鎮どころの騒ぎじゃないよね。
そんな彼女がお忍びでお出かけしていたらしく、その事実を公にできないから“国の重鎮”で通しているらしい。
「でもさ、<屍龍>なんて化け物、頑張って倒せるようなもんかな?」
「と言われましても......」
「冒険者ランクは?」
「......Dです」
「そっか、そっかぁ。Dランク冒険者が頑張って倒したのかぁ〜」
「......。」
オーディーさんは自身の青緑色の髪を指先で弄りながらそんな感想を述べる。
時折、短めに結ってある三編みをぷらんぷらんと揺らすから、その先端に付けられた鈴が涼し気な音を鳴らしていた。
ちなみにあの後、下半身が氷漬けになった僕は、オーディーさんの手によって脱出することができた。オーディーさんは風属性魔法を発動させ、ガリガリと絶妙に削ってくれたのである。
これには魔族姉妹も絶句だ。
いくら氷属性の最上級魔法の欠片、もとい副作用みたいなものでも、そう簡単に傷を与えられるものではないらしい。
なのであの森――ジャモジャ森林地帯だったか、広大に氷漬けにしてしまったので、しばらくはあのままとのこと。
どれくらい時間がかかるかわからないけど、あれだけの範囲に影響を及ぼしても、ロトルさんを助けた功績の前では不問になってしまうから、その存在に助けられたとも言える。
元々、<
一歩間違えれば、帝都に被害が及んだかもしれない僕らの行動は決して褒められたものではないんだ。
「協力者は居ないの?」
「居ません......」
「え、本当に一人で相手にしてたの?」
「はい。さっきからそう言っているじゃないですか」
「いや、だってナエドコは冒険者ランクDなんだろ?」
「......。」
んで、オーディーさんが無償に助けてくれるわけがなく、こうして庁舎に連れてこられ、似たような質問を繰り返しされているのだ。
もういい加減眠たくなってきたよ。
ちなみにだけど、帝都に着いてから別れた皇女一行は王城へと戻っていった。
この国のお姫さんだったとは、なんともベタな話である。
王都では王族どころか、貴族とも関わっていないのに、よりによって帝都なんて面倒くさそうな場所で関わりを持ってしまうとは......。
「王都から一人でやってきたEランク冒険者が、ここでDランクに昇格し、<
「......。」
まぁ、うん。そんな怪しい奴いないよな。
当然、王国騎士団第一部隊副隊長であるアーレスさんの名前は出してない。んなもん、今バチバチな関係である帝国の軍人に言えるわけがない。
だから全部一人でやったことにして、事態の収拾を試みているのだが、オーディーさんは中々納得してくれなかった。
うーん、こっちからもなんか聞くか。
「あの、僕からもいいですか?」
「ん?」
「皇女様の護衛の人が五人と聞きましたが......」
「ああ、うん。実際にあの場に居たのは三人だけどね」
余計なこと聞かなきゃいいのに、どうしても聞いてしまうのが僕である。
欠員してしまった原因が僕にあろうがなかろうが、もう後戻りなんかできないんだけど、気持ち的に知っておきたい。
なんて言えばいいのかな......。
言語化するのが難しい。これからは関係無い人を巻き込まないよう注意する、なんて綺麗事を並べるつもりはないけど、それでも欠員した理由はちゃんと知って、覚えておくべきだと思っている。
「あ、もしかして見ちゃった?」
「?」
オーディーさんが僕にそんなことを聞いてくる。
“見ちゃった”って......もしかしてその欠員した護衛騎士の死体のことかな?
もちろん見てないけど、皇女さんが来るまで僕はオーディーさんの質問攻めを全て嘘で躱してきたから、疑われているのかもしれない。
「ウケることにさ〜。居なかった二名の護衛騎士は、尻尾巻いて逃げちゃったんだよね」
逃げたんかい。
マジか。たしかにドラゴンゾンビは化け物だったけど、護衛対象である皇女さんを置いて逃げれるのか。
でもドラゴンゾンビとの戦闘で死亡してなくてよかった。流石に後味悪いよ。
「ま、さっきその二人は捕まえたから、死罪だろうね」
結局死ぬんかい。
オーディーさんはケラケラと笑いながら、そんなことを語る。
一方の僕は、その二人が逃げ出しちゃったことが、ドラゴンゾンビの出現であったせいで、そもそも出現しなければこんな大事にはならなかったと悔いてしまう。
その人たちは、死にたくない一心でドラゴンゾンビから逃げたのに、死刑判決になったんだ。
そっか......。
「あれ、もしかして二人のこと心配してる? 君が気にすること無いよ?」
「いや、その......」
「たしかにダンジョンの異常事態をギルドに知らせなかったのは不手際だ。が、火急の件だったんでしょ。なら君が対処しなければ、被害はジャモジャ森林地帯の一部じゃ済まなかったのかもしれない」
「......。」
「それに、それとこれとは全く別だ。護衛を任された者が、護衛すべき対象を置いて逃げるなど言語道断」
「......なるほど」
オーディーさんの言う通りなんだろう。
帝都に限らず、大切なのは個人の命ではない。命の価値は平等じゃないんだ。だから、より存在価値のある命、高貴な身分の人を護らなければならない。
日本人の僕には少し難しい話だ。
そして同時に、死と生を繰り返す僕に、“命を賭ける”ことを語ることはできない。
「あ、そうだ。一応、現場には君しか居なかったし、なにより証人としてロトル殿下がいるから心配する必要はないけど、アレ、どうする?」
「?」
一瞬、オーディーさんが何を言っているのかわからなかったが、話の内容からして次第に理解できた。
「凍らせたドラゴンゾンビ」
「あ、ああー」
「ま、幸いにも交易路なんか使ってる道路には影響無いから、急ぐことはないけど」
あの巨大ドラゴンどうしよう......。
一応、僕が討伐したことになっているから、死体丸ごと僕のもので、どうにかして処理しないといけない。
オーディーさんが言うには、ワンチャン見世物になるかもしれないから、話はそう急いでいないとのこと。
なんであんなものが見世物になるのか聞くと、そこは帝国の威厳というか、うちのもんが<屍龍>を倒したぞー、という国のステータスになるらしい。
剥製を見せびらかしているようなものか。
「見た感じ、もう死んでるから面倒事になる前に、
「そうですね......。冒険者ギルドに頼めば、やってくれるん――」
と僕が言い掛けたところで、今までずっと黙り込んでいた妹者さんが口を開いた。
『あの女騎士が<屍龍>の核をどうしたか確認しねーと、また生き返っかもしんねーぞ?』
「......。」
「?」
ああー、そうだよね。アーレスさんの状況を確認しないと、あの氷の中からドラゴンゾンビを解体しようとして出したときに、また生き返らせちゃったらヤバイよね。
もう二度と戦いたくないし。
「保留......でもいいですか?」
「いいけど、国が展示物登録しちゃったら素材獲れないよ?」
見世物って、アレを展示物として国が登録するって意味か。
下手に氷漬けから解放しちゃったら困るしな......。
姉者さん曰く、あの氷の中に閉じ込めておけば、しばらくは自力で出てこれないとのこと。なら素材回収なんて欲は出さない方がいい。
僕はそれでもかまわない、とオーディーさんに告げて、ドラゴンゾンビの後始末の話を終わりにする。
「さて、後はどんなこと聞こっかな〜」
「......。」
この人、暇人か?
オーディーさん、世間話程度で聞いてくるだけで、全然掘り下げてこない。助かるっちゃ助かるけど、それでいいんか。
一応、アーレスさんのこととか、どんな目的で帝都に来たとかは隠しているつもりだ。むしろオーディーさんから特に聞かれたことは、先の戦闘や使用した魔法に関しての詳細である。
最初こそ緊張したけど、もう四時間以上この調子だからつい気を緩めてしまう。
途中、トイレ行きたいって僕が言ったら、見張りの人を付けるどころか、出て通路の突き当りを右だよ、と難なく許可されてしまった。
それでいいんか、騎士団長。
痺れを切らした僕は、取調べ中にもかかわらず、思い切ってオーディーさんに聞くことにした。
「あの、そろそろ帰ってもいいですか?」
「まぁまぁ。もうちょっとだけ待ってよ。あと少しで来るからさ〜」
誰が?と聞き返そうとした僕だったが、その答えは部屋のドアが勢いよく開かれて、入ってきた人物が現れたことで明らかになる。
入ってきた人物は、決して明るくないこの部屋の中でも、存在感を示すほどの輝きを放つ黄金色の長髪の少女だ。
出会った当初の彼女は全身傷だらけで、服もボロボロになっていたが、今はそうじゃない。
少女はドレス姿で、両手を腰に当てて如何にも気の強そうな感じを醸し出す。
そして少女のクリっとした赤色の瞳が僕を捉え、口を開く。
「待たせたわね、マイケル! 迎えに来たわ!」
「......おうち帰りたい」
あの、大物がそうほいほいと出てくるようなもんじゃありませんよ。
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