第101話 フッ軽な上司はどの国にだって居る説
「この後の予定を聞いていい?」
『まずは直ちにここを離れます。そう遠くない位置にある帝都から、調査隊が派遣されるはずでしょうから』
「うんうん。ドラゴンゾンビのブレスといい、ここら一帯の有様を考えたら、すぐにでもここから離れないとね」
『ええ。次にあの女騎士と合流をします。彼女と合流しなければ、無一文の私たちは腹を満たすことは疎か、夜風に当たりながら寝る羽目になりますし』
「うんうん。ドラゴンゾンビとの戦いで、持っていたモンスターの核全部失くしちゃったからね。手持ち無いからね」
『はい』
「で、今の僕の状況を見て、もっかい今後の予定を聞かせて」
『......。』
僕は今後の予定を丁寧に教えてくれた姉者さんに、もう一度笑顔で聞くことした。
笑顔を取り繕ってみたけど、目は全然笑っていないことを自覚する。
だって、
「氷漬けになっている僕の下半身を見て、もう一度同じこと聞かせて」
『『......。』』
僕はこの場から身動きが取れないのだから。
*****
【凍結魔法:氷塊一輪】。
姉者さんが発動させた氷属性最上級魔法の一種は、この森林地帯を文字通り、丸ごと凍らせていた。
虫も、植物も、野生動物も、モンスターも、そして<屍龍>も、全て凍らせた。
それも一瞬で平等に。
おかげで<屍龍>を討伐......いや、氷の中に閉じ込めたと表現すべきか、勝つことに成功した。
でもこの魔法の影響範囲がどこまで広がっているかわからない。わからないから早急にこの場を離れないといけない。
だって、全く関係無い各地で影響が出てたら、真っ先に僕らは帝国から追われる身になってしまうのだから。
それに一番の懸念事項は、さっきのお貴族様一行である。
僕が居るこの地点から見渡す限りの氷の世界だ。敵と一緒に凍らせちゃいました、とか笑えないにも程がある。
仮にそんなことをしでかしたのなら、一刻も早くこの場を後にしなければならない。
それなのに、
「あの、この凍った僕の下半身をどうにかできませんかね?」
『......今、私が鉄鎖で魔力を吸収して、溶かしているところでしょう? 急かさないでくれます?』
「......。」
姉者さんって、謝らないタイプの人間だよね。
魔法を発動する前に、副作用で僕も一緒に氷漬けになるのではないか、と聞いたとき、彼女は大丈夫ですよ云々言ってたのに、この様だ。
しかも不幸なことに、僕は岩を背に座り込んでいて、その状態で魔法を発動させたから、より地面から接地面積の広い下半身がほぼ全て、氷の中に閉じ込められてしまった。
冷たいったらありゃしない。
上半身まで凍らなかったことを喜べばいいのか、よくわからない感情に駆られる。
で、姉者さんが鉄鎖を生成し、氷漬けになっている下半身にそれを乗せて、そこから魔力を吸収して溶かしている。魔法で作った氷なので、こういった溶かし方もできるのだ。
が、如何せん今までの魔法よりも桁違いに強力だったからか、中々溶けてくれない。
「なんか感覚なくなってきた......」
『しゃーね。あたしの魔力が少しだけ回復したから、真っ二つにして切り離すか』
DO・KO・WO☆
曖昧に言ってるけど、妹者さんは僕を胴体で真っ二つにする気なんだろう。こちらが返事をする前に、【閃焼刃】を生成した妹者さんが、それを横に構えた。
日が沈みきった今、【閃焼刃】がメラメラと灯の代わりとなって僕を照らしている。
宿主を真っ二つにする気満々じゃないか。
回復した魔力で火を出して溶かす、とか考えないのかね。僕を真っ二つにしてから全回復させるとか鬼畜か。
もう少しだけでいいから、宿主を労ってほしい。
僕はそんな妹者さんに抵抗することにした。
すると突然、
「ああー、報告にあったドラゴンってあれか。ただの龍じゃなくて、<屍龍>じゃん」
「『『っ?!』』」
頭上から男の人の声が聞こえて僕らは驚いた。
振り向けば、僕がもたれ掛かっている岩の頂上に、青緑色の髪の青年がヤンキー座りしていた。
特徴的なのは一部の髪を三編みに結いで、その先に小さな鈴が着いている。チリンと涼しげに鳴るその音に、思わず息を呑んでしまった。
また両肩を通して、人の身長を遥かに超える一本の槍を担いでいる。装飾なんてほとんど施されていない槍だが、安物とは思わせない存在感を示していた。
服装からして帝国の騎士だろうか。街中で見かける騎士たちのような重装備は着込んでおらず、軽装備だが、肩に帝国の国旗が刺繍されていた。
ど、どこからやって来たんだろう。
音一つ無いこの森で近づかれたにも関わらず、全く気配を感じなかったぞ。
素人の僕は疎か、魔族姉妹も気づかなかったと言わんばかりに驚いている。
「あれ、君がやったの?」
「え?」
青緑色の髪の青年が顎をクイッとやって、ここから少し先に位置する氷漬けにされたドラゴンゾンビを指す。
「い、いえ、知りません。むしろ僕は被害者です。ほら、下半身が氷漬けになってるでしょう?」
「ふーん?」
「は、ははは」
笑って誤魔化す僕。咄嗟に吐いた嘘だけど、相手が帝国の者かどうか関係無く、しらを切るつもりである。
バカ正直に、大規模な魔法を使っちゃいました、などと言うつもりは無い。今後の行動に支障を来すかもしれないし、黙っておくのが吉だ。
話題を変えよう。
「あの、あなたは?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。俺はオーディー・バルトクト。一応、騎士団長を務めている者だよ」
まーじか。
そんなヤバそうな人がほいほい来ちゃ駄目でしょ。
毎回思うんだけど、偉い人って部下に指示を出すのが主な仕事だと思うんだよね。フッ軽なのはよくない気がする。
部下が困っちゃうよ。帰ってください。
「君は?」
「え、あ、苗床です」
『ばッ! そこはマイケルで通せよ!』
「あ」
「?」
「な、なんでもないです......」
やべ、さっきのご令嬢さんには“マイケル”と偽名を伝えたんだった。
もうあの人たちとは会わないことを祈るしかないぞ。
「ま、あの感じだと芯まで凍ってるし、活動できないだろうな〜」
「は、はぁ」
「あーあ。帝都の近くにドラゴンが出現したとか報告があったから、せっかく急いでやって来たのに終わってるとかなんなの。ね?」
「僕に言われても......」
なんか軽いな、この人。
王都のタフティスさんを連想しちゃうよ。
「強かった? ドラゴンゾンビ」
「......僕は戦っていないので詳細はわかりませんが、強かったと思います」
「へぇー。まだドラゴンゾンビとは戦ったこと無いから残念だよ」
さて、この状況をどう切り抜けようか。
相手はこの国のトップ。僕は下半身氷漬け。どうしよう、良い案が全く浮かばない。
魔族姉妹は沈黙を貫いている。おそらく、魔族姉妹の会話が筒抜けだったアーレスさんのように、ヤバい人はどんな能力を持っているのかわからないため、下手に口を開けないのだろう。
さっき妹者さんがツッコんだけど、気にしたら負けだ。
「あ、それとは別の理由でここに来たんだ」
「?」
「でん――じゃなくて、このくらいの背丈の、金髪の女の子を見かけなかった?」
「っ?!」
そう言って、ヤンキー座りをやめたオーディーさんが、片手を水平に振って探している人物の身長や髪色を僕に教える。
それを聞いた僕は、もしかしてと思ったが、平静を装って「見なかった」と伝えた。
あの子、ロトルって名前だったけ? たぶん、オーディーさんはその子のことを指しているのだろう。貴族みたいだったし、騎士と関わりがあってもおかしくないな。
まだわからないけど、姉者さんが放った魔法で氷漬けになっていたら目も当てられない。
知らない、で通すしかないぞ。
「本当に? そろそろ帰ってくる頃合いだったから、もしかしたら、この辺でドラゴンゾンビとの戦闘に巻き込まれたんじゃないかと思ったんだけど......」
「さ、さいですか......」
「ほら、思い出して。さっきの女の子に加えて、屈強な護衛の騎士が五人と、色気は無いけど身体の凹凸のはっきりした女執事が一人、計七名だよ」
「そう言われても......」
ここで僕は疑問符を頭上に浮かべる。
あれ、護衛の騎士って五人もいなかったよな。
僕が現場に到着したときは、ロトルって金髪の子と女執事のバート、あとは護衛の人が三人いたくらいだ。だから七人もいなかった。
と、ここで僕は一つの結論に至る。
あの一行はオーディーさんが探している人たちではないんだ、と。
主人と従者の特徴はびっくりするくらい合ってるけど、人数が違うんじゃ僕の知っているお貴族様一行とは関係無い。
良かった。
ワンチャン、僕が現場に来るのが遅れて、すでに跡形もなくドラゴンゾンビに殺されちゃったとかなら、欠員の可能性もあるけど、そんなことないはず。
ないはず(大切なことなので二回言いました)。
「知りませんね」
「......本当に知らないのか」
「はい?」
「いや、なんでもないよ。しかし困ったなぁ」
「?」
「俺が探している連中は、本来ならとっくに帝都に帰ってきているはずなんけど、未だにそれが確認できていないんだよね」
へ、へー。まぁ、僕には関係の無いことだし、うん。
そんな僕の内心は、“欠員”の二文字でいっぱいだった。
死体は確認できなかったけど、護衛のうち二人がドラゴンゾンビに、パックンとかペシャンコにされていたらわからない。
オーディーさんに事実を確かめてもらうには、実際にあのお貴族様一行が襲われた現場に向かうのが一番早い。この人のことだから死体を探したり、破壊された馬車の残骸を見れば、何かわかるのかもしれない。
でも、そんなこと言い出せる勇気無いじゃんね。
「本当に、本当に、ほんとーに知らない? 金髪で赤い瞳をして、歳は十代前半の子だよ?」
「し、知りませんね。金髪で、赤色の瞳で、十代前半の少女なんて」
僕は復唱するようにして、否定に努めた。
「名前はロトルって子で〜」
「......。」
ああぁぁあぁああぁあああ!!
まさかとは思ってたけど、マジかぁぁあああぁああああ!!!
あと欠員んんんんんん!!
二人死んじゃったよぉぉぉおおおぉぉおおお!!!
そんな心の中で絶叫をしている僕を他所に、オーディーさんは続ける。
「ええー、思い出せない? 如何にも生意気そうで、身体の凹凸部分の主張は無いくせに、自己主張が強くて面倒くさい暴力クソ女――がッ?!」
「っ?!」
突然、岩の上に居たオーディーさんが前方にすっ飛んだ。
華麗に顔面から着地をして見せた彼に驚きつつ、何事かと思った僕だが、その答えはすぐにやってきた。
「ふーん? そう。あらそう。あんたは私のこと、如何にも生意気そうで面倒な性格の持ち主のクソロリ女だと思っていたのねぇ!!」
吹っ飛んだオーディーさんの代わりに、岩の上から現れたのは、月明かりに照らされた黄金色の髪を靡かせる少女だった。
少女の格好は、汚れていたり、破れていたりで着ていた衣装がボロボロである。そんな子がオーディーさんを蹴っ飛ばしたと言わんばかりに片足を浮かしていた。
そして僕はその子と目が合った。
合ってしまった。
「あら? そこに居るのは......マイケルじゃないッ?!」
「......ども、マイケルです」
会ってしまった......。
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