第100話 一輪の氷薔薇
『ッ?!』
全長三十メートル近くあるドラゴンゾンビの頭から尻まで一本の赤い線が貫いていった。
僕が、妹者さんが生成した【螺旋火槍】を奴目掛けて撃ち放ったからである。
ここで一つ、ドラゴンゾンビは手順に失敗したと言える。
【打炎鎚】を使った近接戦で大ダメージを与える僕に対して牽制を入れるため、猛毒のガスを纏ったのは正解かもしれない。
しかしそんなガスを纏ったまま僕の方へ向かってきたのは間違いであった。
なぜなら猛毒ガスも気体の一種で、素早い動きについていけないからだ。どんなに強力な猛毒のガスでも所詮はガス。その特性上、気体はその場に停滞しやすい。
大方、猛毒ガスを纏って僕を近づけさせずに、破壊力のあるブレスで遠距離から攻めようとしたんだろうけど、生憎とこちらにだって遠距離攻撃の手段はある。さっき思いついただけなんだけど。
そしてドシン、と重力の名の下、ドラゴンゾンビは力なく倒れた。
『よっしゃ! ざまぁねぇーなぁ!!』
『ふふ、相手が悪かったですね』
「まだ魔力は残っているだろうから、全回復させる前に畳み掛けるよ!」
さっきまで圧倒されていたけど、良い感じの攻撃を入れられたから善戦している気がする。
僕は敵に近づかず、遠距離攻撃に徹することにした。
魔族姉妹が生成した【螺旋火槍】や【螺旋氷槍】を同じように次々と撃ち込んでいく。
が、相手も学んだのか、倒れ伏しているにも関わらず、急所を避けるように両翼や尻尾で、それらの魔法槍を防いでいる。
無論、代わりに防御した箇所は欠損していくが、それでも動けるまでに回復していった。
運良く一撃が入ったからって、【螺旋火槍】一本分の直撃じゃダメージの高が知れている。
『ガァアアァァアアァア!!』
「『『っ?!』』」
傷ついた両翼や尻尾は癒やし切れてないが、それでも四足歩行を駆使して、異常な速度で奴は僕に襲いかかってきた。
僕は迫り来る敵を迎え撃つため、魔族姉妹の魔法を使おうとするが、妹者さんから待ったが入った。
『あたし魔力ほぼねぇーぞ!』
「なら姉者さんと僕で――」
『いえ、私の魔力は使わないでください』
は?! こんな時になに言ってるの?!
『試してみたい魔法があります。そのためには今以上に魔力が必要です。私の鉄鎖で<屍龍>から魔力を吸収してください』
魔力使うなどころか、近づいて魔力を吸収してこいと言われたんですけど。
姉者さんは有無を言わさず、鉄鎖を吐き出して僕に預けた。理由を聞きたいけど、それどころじゃないのは明らかだ。
眼前の敵は、もはや目と鼻の先だし。
ああ、もう!
『正直、一か八かになりますが――』
「信じるよ!」
『......。』
僕はそう叫んで走り出した。
今まで使い続けてきた妹者さんの魔力はほぼ無いに等しい。
更に姉者さんの魔法は使用禁止、武器は彼女が生成した特性鉄鎖だけときた。
え、それであんな化け物と戦わないといけないの?
あの、傷口や口から猛毒のガスを撒き散らす巨大ドラゴンと?
姉者さんが魔力欲しいって言ってんだから、なんとかするしかないじゃんね!
「くそ! 妹者さん、魔法は本当にもう使えない?!」
『一、いや二回ならいける!』
「なら二回とも使わせてもらうね!」
『おう!』
はは、僕が貴重な魔力を使うってのに、妹者さんも理由を聞かないで返事しちゃったよ。......全幅の信頼と捉えるべきか。
僕は鉄鎖を左側にある近くの木の幹に巻き付け、左手にも同じようにして固定する。
そして奴が突進してきたタイミングに合わせて、【紅焔魔法:爆散砲】で右側に緊急回避。
ドラゴンゾンビがまるでゴールテープを切ったかのようになり、首元に鉄鎖が纏わりつく。
「ぐぅっ?!」
鉄鎖が巻き付けられていた木の幹は、その衝撃に耐えられず、根本から引っこ抜かれた。
もう一方の鉄鎖の端、僕が握る左手も【爆散砲】で飛んだ方向とは逆向きに引っ張られる。
その際、妹者さんのスキルで奴の身体能力をコピっているため、僕の身体は強化されているはずなんだけど、一瞬で肩が外れてしまった。
が、それも気を利かせた妹者さんが即座に完治させる。
よって無事に、ドラゴンゾンビの背の上に乗ることはできた。
また引っこ抜かれた木は幾度となくぶつけられたため粉砕し、幹に巻き付いた鉄鎖は遠心力によって、僕が居る所までやってきた。
上に居る僕はそれを掴み、自身の片腕に絡みつけ、ドラゴンゾンビの手綱と言わんばかりに握りしめる。
『おおー! 器用なことすんなー!』
「驚くにはまだ早いよ! 本題はこれからだ!」
さて、残り使える魔法はあと一発。それだけで奴を仕留めることは叶わない。
目的は鉄鎖をドラゴンゾンビに巻きつけて、奴から魔力を吸い取ること。
そして僕は今、ドラゴンゾンビの背の上に居る。
なら首元に巻き付けた鉄鎖が振り解かれないようにするしかない。猛毒を撒き散らす上に、暴れ回るこいつから離れないようにするには――。
僕は深呼吸を数回して息を整えた。魔族姉妹はそんな僕を見て疑問符を浮かべる。
「行くよ―――【螺旋火槍】ッ!!」
イメージは細く、鋭利に、そして頑丈に。
そう思い描くまま、僕は自身の背後から【螺旋火槍】を生成し、ドラゴンゾンビの背を目掛けて自身を串刺しにした。
『アァアァア!!』
「がはッ!」
『『っ?!』』
ドラゴンゾンビが痛みで鳴き叫んだ。
螺旋状の炎の槍が、回転を加えながら僕とドラゴンゾンビに突き刺さる。一定の深さまで刺さったところで進行が止まった。そして捻じれの構造からそう簡単に取れない。
そんでもって槍で貫かれた腹が、それを纏う火によって焼かれている。幸いなことに、僕自身が火達磨になることはなかった。
でも、
「ぐぅぞい゛っでぇええぁああぁああ!」
なにこれ、超絶痛い。気を失いそう。
僕はみっともなく泣き叫び、歯を食いしばった。
一瞬でも気を抜いたら、そこでお終いだ。
というか、僕って本当に痛みに強くなったよな。異世界に来るまでの僕だったら、包丁で指先を切っただけでも泣く自信あるのに。
『ばッ! 何してんだよッ?! 待ってろ! 今すぐ【祝福調和】で治して――』
『やめなさい』
身体中に走る痛みのせいで二人の声が全く聞こえない。
きっと妹者さんのことだから例の如く、【祝福調和】で僕を完治させようとしているんだろう。それを冷静な姉者さんが止めたに違いない。
姉者さんなら、僕のこの行為の意図を即座に気づいたはず。ドラゴンゾンビに鉄鎖を巻き付けて、僕ごと固定したのは一目瞭然だからね。
『い、いくら魔力を吸収するったって、こんなやり方おかしいだろッ!!』
『苗床さんが気力で踏ん張っている間は死にません』
『は、は? なにを――』
『たとえこのまま彼が力尽きても、あなたがこの【螺旋火槍】を維持すれば、私たちが力尽きるまでの間は、これを維持できます』
本当に二人の会話が全然頭に入ってこない。
わかるのは妹者さんが怒号にも似た声を発しているのと、姉者さんが相も変わらず冷静に対応しているということくらい。
痛みで頭がおかしくなりそうだ。
『グアウゥ!』
ドラゴンゾンビは近くの木々に、背中に居る僕を振り払おうとぶつかるが、それでも僕は鉄鎖を手放さなかった。
一瞬でも気を緩めることはできない。
全ては―――姉者さんに繋げるため。
それだけだ。
*****
「うぇ?」
意識が浮上して目を覚ます。
気がつけば見知らぬ森に、僕は一人で座り込んでいた。
背中に感じるのは硬いもの......岩があり、よく見たら周辺の木々が薙ぎ倒されている。
日は沈みかけているが、まだ薄っすらと明るい。それもあと少しすればこんな森、すぐに闇夜の間と化すだろう。
意識が朦朧とする中、僕は正面を見た。
少し離れた先、ズシンズシンと巨体を揺らしながら、僕の方へ近づいてくる黒い影が視界に入る。
―――ドラゴンゾンビだ。
「......ああ、そっか。戦ってたんだっけ」
もたれかかっている岩がやけに冷たい。腹部に直接当たる風も冷たく感じる。
そう感じてしまうのも無理は無い。腹部を中心に服は焼け焦げているが、傷一つない自身の肌が晒されていたのだから。
その腹を片手で擦って、僕は呟く。
「......魔力は足りそう?」
『......ええ。おかげさまで』
『頑張ったな......』
いつもは騒がしい両手が静かに答える。
どれくらい気を失っていたのかわからないけど、それもほんの少しの間だったのだろう。二人に怒られるかな、と思ったけど、そんなことはなかった。
「ごめん」
『次からは相談しろよ』
『ま、私は妙案だと思いましたが』
姉者!と妹者さんが怒鳴る。
僕の身体は、命は、決して僕だけのものではない。理不尽に寄生してきた魔族姉妹も運命共同体なんだ。
一歩間違えれば僕は死んでいたのかもしれないんだ。そうとわかっていて、僕は自分勝手にも行動した。
「さてと......じゃあ後は任せていいかな?」
『ええ。頑張った苗床さんに、素晴らしいものを見せてあげましょう』
素晴らしいもの?
僕は姉者さんの言葉に首を傾げる。
『今から使う魔法は、私が本来の力を取り戻した後に使えるような代物になります』
「そ、それって大丈夫なの?」
『さぁ? まぁ、失敗したら千年近くは氷の中でしょうね』
「却下。別の手段で――」
と僕は言いかけるが、姉者さんが柄にもなく『冗談です』と告げて、続ける。
『あなたが私たちの魔法を見様見真似で発動できる現状に、こんな魔法は使いたくなかったのですが......』
姉者さんがそう言った後、前に差し伸ばされた僕の左手から、突如として一輪の薔薇が現れた。
それは握り拳一つ分ほどの大きさで、葉も茎もない薔薇だった。
ただ異質なのは――その薔薇が氷で造られたということ。
「氷の......薔薇?」
『はい。美しいでしょう?』
「は、はぁ......」
花を愛でる趣味は持ち合わせていないんだけどね......。
そうこうしているうちに、敵は僕らとの距離をどんどん縮めてくる。
未だ弱った様子を見せないドラゴンゾンビだから、本当にここから勝てるのか想像つかないや。
そんなことを思っていた僕に、妹者さんが静かに口を開いた。
『今から瞬き厳禁だ』
「それってどういう――」
次の瞬間、氷でできた薔薇が淡い光を放ち始めた。
そして僕を中心に冷気が漂う。ぞくりと背中を冷たいものでなぞられた気分に駆られたが、それよりも目の前の氷の薔薇に意識が釘付けされて、目を背けられない。
辺りの何かが凍り始める音を耳にした。
森林地帯だから、獣や野鳥の鳴き声で多少なりとも騒々しかったんだけど、今はすごく静かだ。
急に雪原の地にやってきた、というには生易しい、まるで別の世界に迷い込んだような違和感を覚える。
地を這う虫も、茂る草花も、実を生らす木々も、野生動物も、蔓延るモンスターも......そして<屍龍>も。
氷の薔薇の花びらが一枚ずつ散っていく様と共に―――辺り一帯に存在する全てのモノが凍りつく。
『【凍結魔法:氷塊一輪】』
瞬きはしていない。
されど一瞬にして景色を変えたそれは、この地に静寂という名の死をもたらした。
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