第99話 ヒーロー? いいえ、俗物です
「あそこにドラゴンゾンビが居る!」
『ん? なんか襲われてねぇーか? 帝都に向かってる人間っぽいな』
『ですね。まぁ、モンスターですから人襲ってもおかしくありません』
呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!
モンスターは人間に限らず、他者を襲う。
その理由は至ってシンプルで、他者を食らって己の糧にするからだ。人間が普段する食事みたいなもので、モンスターと言えど、この世界で生き残るのに当然の行いをする。
逆も然りで、僕ら人類だってモンスターを狩っている。理由は同じだ。殺されないため、素材を得るため、と様々な欲を満たすために奴らを狩る。
だからドラゴンゾンビが突然飛び立って、餌を探し回るのもおかしくはない。
そして食らう。
それが今、理不尽にも僕らとは全く関係無い人間に向けられようとしている。
僕は全力疾走で森を駆け抜けた。道中で【紅焔魔法:
そして着陸したドラゴンゾンビが、瀕死の少女に向かって大きな口を開けている光景を目にした。
今まさに食い殺されそうな少女だったが、それよりも僕の攻撃の方が―――速い。
『ッ?!』
【打炎鎚】による爆撃がドラゴンゾンビの胴体を襲う。その勢いに抗えず、奴は盛大にぶっ飛んだ。
*****
「あっぶな。さすがに目の前で美少女が食べられたとか目覚め悪いって」
『あ? 美少女じゃなかったら助けなかったのかよ』
「ああーはいはい、美少女関係なく助けますよ。わかってますって」
『んだよ、その態度!』
う、うるさいな。ちょっと本音が出ちゃっただけじゃん。
まぁ、実際に美少女関係なく、自分たちが起こした騒動に他人が巻き込まれて死んだとか、夢見が悪いよね。
事の元凶はアーレスさんのせいだけど、器が大きい僕はこれを言わないことにする。
「だ、誰?」
すると後ろから掠れるような弱りきった声が聞こえてきた。
チラ見すれば、ドラゴンゾンビに食われずに済んだ瀕死の少女が居る。
黄金色の長髪と真っ赤な瞳が特徴の少女が居た。年齢も僕より下くらい。ルホスちゃんよりは少し年上と言ったところだろうか。
また装飾はそこまで施されていないが、ドレスを着ているので、どこかのお貴族様なんだろう。
辺りを見れば、その見解が正しかったらしく、護衛の騎士っぽい人が三人、あとは執事みたいな女性が一人居た。
誰一人例外なく、全身ボロボロで、汚れやら切り傷やらで見ていて痛々しい。
罪悪感がぱないのなんの。
「......マイケルと言います」
『『......。』』
偽名で行こう。うん。
貴族様巻き込んだとか洒落にならんわ。
魔族姉妹は、こいつ安定してるな、と言わんばかりの視線を僕に向ける。でも口にしない限り、彼女らも厄介事は避けたいと考えているのだろう。
ああー、異世界に来て、こんな関わりを貴族さんと作りたくなかった。
「逃げなさい」
「......はい?」
後ろの彼女が言ったことに、耳を疑った僕は思わず聞き返してしまった。
彼女の怪我の具合はわからないけど、一目見ただけでも大怪我だってことくらいはわかる。
そんな彼女が足をふらつかせながら力強く立ったのだ。その姿は貴族としての矜持か、気力だけで堪えているように思える。
「先程の攻撃は見事だったわ。でも相手はドラゴン。すぐに立ち直して襲ってくる。私たちも巻き込まれたとは言え、あなたまで無駄に命を散らす必要は無いわ」
「『『......。』』」
う、うおぅ......。
彼女の思いやりの言葉と、自身の先程の偽名発言が相まって、未だかつて無い罪悪感が僕を襲ってくる。
どうしよう、今すぐにでも別の意味で逃げ出したい衝動に駆られる。
よし、
「は、はは。あ、ああなたのような美少女を置いて逃げるなどできませんよ」
『『......。』』
「っ?!」
若干声が震えてしまったが、及第点としたい。
イケメンじゃなく、それどころか限りなくクズに近い僕だけど、こういった発言くらいしたい。
『アァアアアア!!』
と、幸か不幸か、ふっ飛ばされて離れた所に居るドラゴンゾンビが、僕らのやり取りに咆哮で割って入ってきてくれた。
ありがとう。モンスター相手に感謝するなんて初めてだよ。でも助かった。
「とりあえず下がっててください! この場から奴を引き離します!」
あんま僕の戦闘スタイルを他人に見せたくない。そんな思いからの言葉であった。
しかしそれでも少女は納得してくれない。
「だ、駄目よ! アレを相手にしては――」
「ロトル様!! この者に任せましょう!」
「ば、バート?!」
バートと呼ばれる女執事さんは、先程までの重症はどこに行ったのか、強がっている素振りなんか見せないほど、素早く主人の下へやってきた。
そして、失礼します、と一言断って、手にしていた青色の液体が入った瓶の蓋を開け、主人にぶっ掛ける。
すると見る見るうちに、少女の肌に青色の液体が浸透していくように消えていく。
その後、見ていて痛々しかった傷口が綺麗に塞がっていった。衣装は依然として所々破れていたが、色白の肌は本来あるべき姿へと戻っていったのだ。
あの液体......ポーションというやつか!
異世界に来たら、一度は口にしたいランキングトップ3に入る代物だ。どんな味なんだろう。良薬口に苦しという感じかな? 機会があれば飲んでみよ。
「バート! この者まで私たちと共に死ぬ必要は――」
「どの道、このままでは共倒れになります。それよりもこの者を囮――戦いの邪魔にならないよう、この場を離れるべきです」
おい、今そこの女執事、僕を囮にするとか言い出さなかったか。
元々僕らのせいでもあるけど、その事情を知らない上でそんな考えを思いつくのは腹が立つというもの。
また、先程倒れていた護衛の騎士を見れば、全員ポーションを使ったのか、最低限動けるくらいには回復していた。
「で、でも!」
「その執事さんの言う通りです。できれば離れてもらえると助かります」
「っ?!」
「それに、奴が放つブレスは危険です。僕では防ぎきれない」
「そ、それなら、あなただけでも――」
「言ったでしょう。あなたのような美少女に死んでほしくはないと」
少女は自身の赤色の双眼のように、顔を真っ赤にさせて僕を見つめてくる。
あ、これ、落ちちゃった系――
「へぶしゃ?!」
突然、握り拳を右頬に食らって盛大にふっ飛ばされる僕。
妹者さんがお怒りの模様。わかってる、口説いてる場合じゃないよね。陰キャが調子に乗ってすみませんでした。戦います戦いますって。
急に右頬に強烈な一撃を食らった僕を心配して、少女がこちらに駆け寄る。傍から見たらヤバい奴でしかないのは明白だ。
「だ、大丈夫なの?!」
「は、はい。それよりも早く」
「感謝する」
「あ、ちょ! バート!」
主を担ぎ上げた女執事は、護衛の騎士と共にこの場を離れていった。
そのとき、異様な雰囲気を感じ取った僕はドラゴンゾンビに視線を向ける。
奴は大きな口を開け、赤い光をその中に収束させていった。その狙う先は、僕とその後方に居る貴族様一行である。
『ブレスだ! 避けろッ!』
「僕だけ避けらんない! あの人たちが危ないでしょ!」
『だからって私たちにアレを塞ぐ手段は――』
僕は姉者さんの言葉を最後まで聞かずに、【打炎鎚】を構えた。
そしてそれを地面に対して思いっ切り叩きつける。
生じた爆発と共に辺り一帯の地面が剥がれた。これにより、僕のみならず、貴族様一行も衝撃波に乗じて宙にその身を浮かせる。
瞬間、赤いレーザービームが浮遊した僕らの真下を通った。瞬く間に通り過ぎていったブレスは、一直線に地面を削っていく。
また空中とは言え、さすがと言うべきか、お貴族様一行の護衛の騎士が、自身と共に宙を舞っている地面の断片を踏み場として利用し、主を見事にキャッチしてみせた。
狙った通りだ。さすが、護衛騎士。
綺麗に着地した一行は、そんな所業をしでかした僕を睨むどころか、感謝するように首を縦に振って、再び走り始めた。
『ひゅ〜。かっけぇーじゃん』
「はは。あの子、今ので僕に惚れちゃったかな?」
『っ?! んなわけねーだろ! お、お前はブッサイクなんだからな!! ブッサイク!!』
いや、冗談だけど、まさか外見をディスられるとは思わなかった。
そうか、僕はブッサイクなのか。
そんな馬鹿なことを考えながら、僕は姉者さんに聞く。
「で、どう? 奴のあの感じ......」
『......よくわかりましたね。お察しの通り、魔力が減っています』
『マジか?!』
僕の場合は直感であって、姉者さんには確信があったらしい。そんな僕らの会話に驚く妹者さんだ。
それもそのはず、先程まで幾度となくドラゴンゾンビにダメージを与え、追い詰めたとしても、最終的に奴は自慢の無限魔力で瞬時に全回復していたのだから。
魔族姉妹曰く、ドラゴンゾンビはアンデッド系モンスターなので、自己回復の源となる魔力が尽きれば活動できないとのこと。
無限魔力という強みを失った奴に、このままダメージを与え続けて、奴の生命力を削っていく。
おそらくだが、それが可能なまでに、先のダンジョンでアーレスさんが活躍してくれたんだろう。
「よっしゃ、バチクソ盛り上がってき――」
『ガァァアアァアア!』
「っ?!」
が、事はそう上手くいかない。
ドラゴンゾンビがその巨体からでは信じられないほどの速さで僕に接近し、鉤爪で襲いかかってくる。
僕は手にしていた【打炎鎚】で攻撃を受けるが、勢いを殺せずにふっ飛ばされる。その際、【打炎鎚】は衝撃で壊れてしまった。
近くの木々に打ち付けられて、口から盛大に血を吐き出したが、痛みに悶ている場合ではない。次の攻撃が来る。
妹者さんが瞬時に僕を全回復させてくれた後、すぐさま僕も次の行動に移る。
『毒ブレス、来ます!』
「待ってたよ! 妹者さん!」
『【紅焔魔法:螺旋火槍】ッ!!』
ドラゴンゾンビは件の猛毒のガスを体内から漏らしている。そのまま僕に近づいて、例の如く麻痺効果で動きを止める戦法なんだろう。そしてブレスを吐きながら僕をぺしゃんこに。
が、今度は大人しく殺られてたまるもんか。
姉者さんの合図と共に、僕は【打炎鎚】を生成し、横に持って振りかざす。
目の前には高速回転している【螺旋火槍】がちょうどいい高さで浮かんでいる。
その矛先は当然、ドラゴンゾンビ。
ドラゴンゾンビは見た目に反して地味にすばしっこい。でも全ての動きがそうとは限らない。
『龍さんよぉ! 毒ガス止めてコレを避けっか?!』
「それとも風穴あけられるか!」
「『二つに一つだッ!!』」
僕は力いっぱい【打炎鎚】を横薙ぎに振るった。
そして一際激しい爆発音と共に打ち込まれた【螺旋火槍】が、ドラゴンソンビを貫通する一本の直線を描いた。
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